特別放送、DJヒゲマル対ひき逃げ犯人
お待たせしました、いよいよ対決のお時間です。
来たるべき日の到来は、思いがけず早くに訪れた。いつものように明日はスタジオへ、と思っていた火曜日の晩、ラジオKINKIの連絡網にこんなメッセージが流れてきた。
【各位へ】
明日水曜日、かねてからの臨時放送を決行する運びとなりました。「水曜日のたわけたち」レギュラーの日下・近江はいつもより遅く夜の九時にスタジオへ集合ののち、現地へと移動。その他の皆様は目撃者の一人として、午前零時スタートの臨時放送をお聞きください。(日下)
「なーんか、ロクなことしなさそうだなあ……」
何が起きるのかはまるで想像がつかなかったが、あの二人なら絶対、まともなことをしないだろう、という予想だけは容易にできた。そんなメッセージをを寝入る前に見たせいか、その晩の眠りはどうも、頭がさえてよろしくなかった。
眠気を引きずったまま講義を受け、そのけだるさが消えるころにはすっかり日が暮れていた。あまり得意ではないのだが、濃い目に入れたブラックコーヒーで目を覚ますと、私はPCにイヤホンをはめ、はじめてリスナーの側としてラジオKINKIの放送を聴くことになった。十二時少し前ではあったが、エガ動のチャンネルページには早くも待機状態の画面が出ている。ところが、何の気なしにスクロールして出た番組名に、私は声を上げてしまった。
番組タイトルは「――寺墓地裏よりの臨時放送」。前触れもなしに見て、いい気持がするわけがない。さらにそこへ、土曜日に日下先輩が口にした「招待状」という言葉が結びつき、あるフレーズが脳裏をよぎる。
「『墓場からの招待状』……?」
安いホラー映画のようなタイトルだが、一人暮らしの部屋では十分恐怖をそそってくれる。そんな独り相撲で震えているところへ、待機状態の画面が「SOUND ONLY」に変わる。そしてイヤホンからは、耳馴染みのある日下先輩の声が飛び込んできた。いつの間にか、時刻は午前零時をまわっていた。
「――ラジオKINKIをお聞きの皆様こんばんは、DJヒゲマルです。本日は予定を変更して、京都市――寺墓地裏の空き地から、特別番組をお送りしたいと思います。さて、桜の方もだんだん散りだしまして、青葉の香りが一層強まるようになってまいりました。連日の快晴続きで夜空もいたって穏やか、今夜も頭上には心地の良い三日月が古都全体を照らすよう、青白く輝いております。――えー、どうやら今夜の特別ゲストが現れたようです。今しばらく、そのままで番組をお楽しみください」
慣れた調子の長台詞の後半から、あの忘れようがない排気音がすでに聞こえ始めていた。日下先輩の言葉が終わるころには、盛大なBMWのエンジン音がイヤホンからあふれんばかりに流れ出していた。
「――お前か、あんな変な手紙を寄越したのは」
エンジンが切れるのと交代に飛び込んできたのは、あの日郵便局前で聞いた、蔵前くんの声であった。顔こそ見えないが、声のトーンにまるで余裕がないのが伝わってくる。
「蔵前くん、待ってましたよ。あんな手紙で来てくれる程度には、やっぱり罪の意識があったということかな?」
「――な、なんのことだいったい」
あの晩のようにガンマイクでも使っているのか、蔵前くんの声がまるでスタジオのラジオドラマのように鮮明に聞こえてくる。おそらく現地で、近江先輩あたりがマイクの操作をしているのだろう。
「とぼけたって無駄だよ。二週間前の水曜日の晩、きみが叡電茶山駅の前でおじいさんを跳ね飛ばしてトンズラこいたのは、もう明らかになっているんだ」
「――けっ、そんなことのために呼び出したのか。なにもこんな薄暗いとこへ呼び出さなくたってよぉ」
そこで今度は、砂利の上を踏みしだくブーツの足音がマイクに入ってきた。
「見てたのか、あんた。――いくら欲しいんだ?」
「ほーう、そう来たか。そうだねえ、三途の川の渡し賃に、六文ばかりもらおうか。渡す相手も出来たことだし」
「はあ? 何言ってんだお前。三途のなんとかって……」
「おんや、ご存じなぁい? 君みたいなお金持ちのぼんぼんと違って、仏様はあの世に行くのにおゼゼが入り用なのよ……」
「は、はあ?」
最前よりうろたえた声をあげて、数歩仰け反る足音がつづく。いつの間にかこちらも、背中いっぱいに冷たい汗が噴き出しているのがわかった。
「君が跳ね飛ばしたおじいさん、谷さんっていうんだがね。実の家族はもういない、天涯孤独の身だったんだよ。それがまあ、あの時跳ね飛ばされたのが致命傷になって数日苦しんだあげく、ついおととい、無縁仏として納められばかりなんだ。――そこの裏手のお墓にさあ」
風防をはめてあるはずのマイクに、盛大な風音が乗る。それだけでもひどくびくついたというのに、今度はカラスにしては大きな、鳥のギャア、ギャア、という声が響く。
「おい、冗談よせよ。お前そうやって、オレをからかおうってわけじゃ……」
「まさか、そんなわけないじゃないの。――ただ、ちょっとばかりこの辺の学生が噂しててることがあってさ。無縁仏がそこのお墓に納まると、こんな月が隠れた晩に限って青白いものがふわり、ふわりって……」
「――うわああ!」
背中から転げ落ちるようなすさまじい音が耳へ入って来る。ふと、コメント欄へ目をやると、予告なしの放送にしてはかなり多い、八十人近くがこの放送を見守っているのがわかった。もっとも、みんな聞くのに夢中なのかコメントはほとんどなかったのだけれど――。
「ほーら、おいでなすった。今度はお前も道連れだ、なんて思ってるんじゃないかなあ? どうなんだぁ、おじいさぁん」
すると今度は、マイク越しに不気味な老人の笑い声が伝ってきた。地の底から響くような、うねうねとした生身の人間らしからぬ、高くなったり低くなったりを繰り返す笑い声。それと一緒になって流れてくるのは、
「悪かった! オレが悪かった! 頼む、助けてくれぇ……」
腹ばいなのか仰向けなのか、それすらもわからないが、じゃらじゃらと小石をかき回しながら泣きじゃくる蔵前くんの動物のような涙声だった。
「蔵前! お前さん認めるんだな、跳ね飛ばしたことを……」
「オレがやった! オレがやったんだ……だから許してくれぇ……」
「――どうします? こんなこと言ってるけど、許してあげます?」
泣きはらす蔵前くんを相手にしていたはずの先輩が、誰かに向かって声をかけた。まさかリスナーにではないだろう、と空いた間とともに不思議に思っていると、
「……許してやろうかねぇ」
ひどくハッキリとした声が、マイクロホンによって拾い上げられた。脳天の裂けるような蔵前くんの悲鳴とともに、音声が切れてしまったのはその直後のことであった。それまで凪いだ海のように静かだったコメント欄がにわかに荒れだし、「今の何だったんだ」「何事」「京都の――寺って近所じゃん」という異口同音が流れ出す。
「そっか、目撃者になってほしいっていうのは、こういうわけだったのか……」
立て続けの出来事と、遅まきながら効き始めたブラックコーヒーのせいで目が冴えて仕方がない。音が消えて、コメントばかりが荒れる画面を見つめていると、置きっぱなしのスマホが鳴りだした。見ればそれは、リュウ先輩からのLINE通話であった。
「もしもしっ」
「――もしもし、佐伯です。戸村さん、聞いてた!?」
言われた通り、リュウ先輩も放送を聞いていたのだろう。上ずる声があの実況放送の生々しさを思い起こさせる。
「いま、境田くんの家で大嶋たちと見てたんだけど……大丈夫かしらあの二人」
「わかんないです。行った方がいいんですかね、やっぱり」
「とりあえずそうしようと思って、これからみんなでそっちのほうへタクシーで移動するつもりなのよ。戸村さん、あなたおうちは何処だったかしら――」
ここまで聞かれて合流しないわけにはいかない。集合場所に一乗寺のコンビニの名前を出して通話を切ると、私はパジャマを脱ぎ捨て、着替えが済むなり一目散に部屋を飛び出した。
コンビニの前で十分ほど、落ち着きなく足を鳴らしていると、一乗寺の通りの山側から行燈の消えたタクシーが二台、足早に近づいてきた。おそらく、二人ずつ乗り込んでここまで来たのだろう。
「リュウ先輩!」
一台目の後部座席に座っていたリュウ先輩と目が合うと、左のドアが勢いよく開いた。
「早く乗って! 運転手さん、――寺の墓地まで!」
リュウ先輩がこちらの手を引っ張り、私が座席の上へ崩れ落ちたのと同時に、タクシーは勢いよく発進した。
「大丈夫かい、戸村さん」
助手席に座っていた境田先輩が心配そうに声をかける。
「あれ、いったい何があったんでしょう……」
「わかんないんだ、さっきからLINEも電話も、反応がなくって……」
細道を駆け回り、再び――寺へ出るべく北大路へ躍り出たタクシーは、左右に激しく揺れまくっていた。
心配するラジオKINKIのメンバーたち、はたして現地では何が起きているのか?




