戦いすんで夜は更けて
思っていたよりも、騒ぎは大きくなっていたようで……?
放送にも名前が出た、白川大のすぐ近くにある――寺の墓地まで近づくと、一台のバンがハザードを焚いて停まっているのが分かった。すぐ真後ろでタクシーを降り、境田先輩と運転席へ向かうと、見覚えのある顔がひょいと姿を見せた。
「あれー、どうしてまた……」
「近江先輩! どうなってるんです、いったい」
「いやー、それがさあ。ちょっとばかり薬が効きすぎちゃって……蔵前のやつ気絶しちゃってさ。今、手伝ってくれた子と様子を見てるとこさ。そのうち、じいさんの呼んだパトカーが来ると思うんだけど……」
じいさん、という言葉に、放送が切れる間際に聞こえた「許してやろうかねぇ」という声がよみがえる。
「先輩、あれはいったい何だったんですか。まさかほんとに幽霊……」
怖い話がダメなのか、横目に見える境田先輩が失神しかかりそうな顔になっている。ところが、近江先輩は澄ました顔で、
「そんなわけないじゃないの、アレは正真正銘の人間さ。――実はひかれたじいちゃん、元自衛官でさ。出血多量の割に、案外元気だったんだよね」
「――へ?」
平然とした近江先輩の顔を、二人そろって穴が開くほど覗き込む。聞けば、被害者となったおじいさんは頑健な体が幸いして早くも退院済みで、それを聞きつけた日下先輩たちがひと芝居打つのに協力してほしい、と当人に頼んだのだという。おじいさんはノリノリでそれを引き受け、むかし町内会の余興で使ったという死に装束を着て、背後から蔵前くんを脅かしたそうなのだが――。
「美大の連中まで呼んで、音響効果やアルコールの人魂までやったのがよくなかったらしい。すっかり弱ってた蔵前のやつ、あっという間にバタンキューでさ。ライダーズの下半身がしょんべんでビショビショだぜ。レンタカーの清掃代、高くつきそうだなぁ……」
そこまで近江先輩が話してくれたところへ、どこからともなくおならの様な凄まじい音が響く。すると、それまで静かだったバンの中から、日下先輩と手伝ってくれていたらしい美大の学生らしい二人が姿を見せた。
「――やあ、来てたのか。見てくれよ、この不届き者の末路を……」
「わっ、なんですかこれ……」
鼻を刺すウィスキーの香りに顔をそむける。見ればそこには、感情の上下に付き合いきれず、すっかり二枚目ぶりを失った蔵前くんが眼をしばつかせながら横たわっていた。
「ウィスキーぶっかけたら目を覚ましてね。いやあ、危うくこっちのお手々にお縄がかかるとこだった。――ほれっ、キリキリ歩け、お迎えが来てるぞ」
関係者を下ろして走り去るタクシーと入れ違いに、パトカーのサイレンが景気よく近づいてくる。夜の一時は、もうすぐそこまで迫っていた。
駆け付けた三台のうちの一台によって蔵前くんが連行されてゆくと、残された私たちはクギチョウさんこと釘宮部長刑事のお小言拝聴、と相成った。
「――相手がションベン漏らして気絶しただけだったからよかったものの、お前まかり間違ってたら今頃刺されてたかもしれないんだぞ! わかってるのか日下!」
相撲取りのような立派な体躯通りの、お腹から響くような声で叱られているとだんだん頭が下がって来る。ところが日下先輩はそれを気にも留めず、
「そりゃま、そうだけど……こうでもなきゃあ捕まらなかったでしょ、あれは」
「ちくしょう、痛いところをつきおって……」
相手の扱いを心得ているのか、どこ吹く風の日下先輩にクギチョウさんはすっかり参っている。なんでも、蔵前くんのバイクを捉えた監視カメラの映像は早くに見つかっていたのだが、無灯火走行や速度超過、色々な条件がそろったせいでどれも鮮明に姿がとれておらず、警察はかなり苦い思いをしていたのだという。
「お前からもらった音源は、まだ科警研で調査中だったんだ。それなのにお前ときたら、簡易検査のうちから早まって……」
「あらー、さいでしたか。そいつは申し訳なかったです。まあしかし、ああしてホシも捕まったんだし、いいじゃあありませんか」
「まったく、お前ってやつは~!」
とうとう怒りが頂点に達したのか、なりふり構わずクギチョウさんは日下先輩へ飛び掛かった。どうにか後ろから克美刑事がそれを引きはがすと、日下先輩はおお、怖い怖い、と言って、ポケットから出したハイライトを盛大にふかしはじめた。
「まあ、今日のところはこれでカンベンしてくださいよ。いいコはもう寝る時間ですから……聴取はまた、そのうちにでも」
最前からの騒ぎで、近隣の住民も起き出している。それを気にしたのか、クギチョウさんは拳を下ろし、
「しょうがないっ、今夜はさっさと帰って寝ちまえっ!」
「そいつァどうも。――ほいじゃあみんな、帰ろうか」
置きっぱなしになったBMWを運ぶべく、下鴨署から呼ばれたらしい小型クレーン付きの中型トラックが路地へ入って来る。それに押し出されるように、私たちは配信機材・音響機材を積み込んだ前線基地、あのバンへ乗って現場を離れることとなった。
美大の二人を住んでいるアパートの近くで下ろすと、車内にいるのはすべて、ラジオKINKIの関係者のみとなった。近江先輩の隣に日下先輩、二列続きの三人掛けへ残るメンバーがすわり、バンは一路、平安神宮の裏手へ向かって走り続けていた。
「――あー、怖かった。あんなにおっかないクギチョウ、ひっさびさに見たぜ」
「やれやれ、お前といると、心臓がいくつあっても足りねえよ」
右へウインカーを出して、バンはゆっくりと神宮丸太町のほうへ曲がってゆく。店の明かりも消えて、見えるのはコンビニか、街灯の薄明りのみである。
「みんな、心配かけてどうもすいませんでした。――にしてもまさか、みんなして聞いてるとは思わなかったなあ」
ヘッドレストを下げて、日下先輩が後部座席へ詫びを入れる。一番後ろで私と一緒に座っていた境田先輩が、
「あれから日下、なにを聞いても全然答えてくれなかったからなあ。手配を手伝ったオーシマさん達も、そこから先はわからないって言ってたから……」
「でもなんか、薄々派手なことをする気はしてたねえ。だってあの二人、美大祭のお化け屋敷でお客を恐怖のどん底に陥れたコンビだったからねえ。さすが、将来の映画美術家のタマゴなだけはある。けど怖かったなあ、アレは」
ドラマだったら百点だねえ、と不気味な笑いの川内先輩に、いい気味だったよ、と大嶋先輩も続く。
「これじゃ結局、あたしと境田くん、戸村さんだけが驚かされっぱなしだったわけかあ。あーあ、蚊帳の外でつまんないの」
小さな換気窓を開け、ぬるい夜風を浴びていたリュウ先輩が不満の声を上げる。
「そうムクれないでくださいよリュウ先輩、いやあ、最初は先輩に僕の役目を頼もうかと思ったんですけど……何かあったらさすがにマズいし、と思って」
嘘か誠か、わざとらしい困り顔で応じる日下先輩をリュウ先輩はずっと見つめていたが、
「――仕方ない、ありがたい配慮として受け取っておくわ。その代わりどっかでまた、面白い生ドラマ用意してよね。それこそ、そこにいる演劇経験者の戸村さんとも一緒に出来るようなの、ね」
思いがけない申し出と、振り向いてこちらへウィンクをのぞかせるリュウ先輩にたじたじになる。とうの日下先輩は慣れた具合に、
「だってよ近江。よろしく頼むぜぇ」
「ちぇっ、気楽に言いやがって……」
ハンドルを捌く近江先輩の肩を叩き、どこへ行こうかねえ、と呑気な口ぶりである。このままどこまでも、とめどもなく走り続けていけそうな気がする、そんな夜のことだった。
これで退学にならなそうなのが我らがラジオKINKIの安定ぶりと申しましょうか。
次回、泣いても笑っても最終話です。




