作戦会議、はじまる ~おかしな不思議な先輩たち~
ことがあってもなくても、大学生って誰かのウチに集まりがちですよね。
ようやく先輩たちから連絡が来たのは、木曜日の唯一の講義になっている四限目が終わった直後だった。LINEの中身は、「近くの中華料理屋から出前を取るので、ひとまず六時半までにアースマンションのスタジオへ来てほしい」というものだった。なんでも、他の曜日の番組関係者も一同に集まるらしい。
「そういえば、他にもなんかやってるんだっけ」
アシスタントとして入った水曜日の番組以外は、ついつい慌ただしさにかまけて配信を覗くこともしていなかった。今後何かで顔を合わせる機会もあるだろうし、いい機会だ。
学食や図書館をうろついて程よく時間をつぶすと、私はアースマンションの405号室へ急いだ。扉の前へ近づくと、案の定、中からは日下・近江の両先輩と、もう一人によるにぎやかな声が聞こえてくる。ノックは無用、と聞いていたので、そのままドアを思い切り引くと、濃厚な煙草の煙が私に襲い掛かった。
「あっ、ごめんごめん。いま換気するから……」
反射的につぶった眼を恐る恐る開けると、ひげをあたってさっぱりした日下・近江の二人とは別に、背の高い、色の浅黒い女の人が咥え煙草で立っていた。
「あなたが戸村さん?」
ややハスキーな、ハリウッド女優の吹き替えのような声質で尋ねられて思わず背筋が伸びる。
「は、はい……あの、どちら様で……?」
「あれえ、あたしのことまだ教えてなかったの?」
刑事ドラマに出てきそうな、大きなガラスの灰皿へ吸いさしを押しやると、彼女はそっと手を出して、
「三回の佐伯柳です、よろしく。よかったあ、女の子が増えて。ここ、気楽だけど男くさいんだもの」
「なんか言いましたかァ、リュウ先輩」
アルミサッシを全開にして、なぜかうちわも使って空気を入れ替えていた両先輩が反応する。そのおかしさにリュウ先輩ともども笑っていると、背後でまた、ドアの開く音がした。
「あら、三人とも同着? 珍しいじゃん、オーシマが遅刻しないの」
「やあ、しばらく。――近頃ここの活動のせいで、時計を見るのが習慣になってさ」
やや猫背の、よれた革ジャンを着たロン毛の男の人が胸ポケットからマルボロの箱を出す。その後ろには紫のダウンを着た小柄な人と、日下先輩のほうへ手土産の入ったレジ袋を掲げる、眼鏡をかけた細面のチェスターコート姿の男の人が控えていた。
「とりあえずみなさん、打ち合わせの前に頼んじゃいましょ。本題と、新入部員の紹介はそのあとで、ということで」
後ろ手にサッシを閉めると、日下先輩は本棚の隅へ紐でかけておいた、例の中華料理屋のメニューをちらつかせた。もっとも、おのおの食べるものはハナから決まっていたようで、あっという間に注文の電話も済んでしまったのだが。
「さあて、前後しちゃって申し訳なかったですが……ここにいるのが今度、水曜日のアシスタントとして入ってくれた、一回生の戸村秋生さん。で、昨日の放送中に起きた事故の、耳の目撃者の一人というわけです」
あちこち傷の入ったローテーブルを囲んでの会議は、私の紹介で幕を開けた。先にあいさつの済んだリュウ先輩のほかは入ってきた順、同期の大嶋明、川内陸朗の両先輩。そして、日下・近江の二人の同期、境田仁平先輩、という具合にあいさつが進んだ。
「にしても災難だったね、初登板のその日にこんなトラブルに巻き込まれるなんて……」
「言ってくれるなジンちゃん、オレだってこんなことになるとは夢にも思わなかった。厄年なんてまだまだ先なのに、どうかしてやがる」
境田先輩の指摘をかわしながら、日下先輩は悠々とハイライトをふかし、灰を落としている。ラジオKINKIの関係者には愛煙家が多いらしく、境田先輩と私、川内先輩以外の手元にはそれぞれアルミの灰皿が置かれていた。
「とりあえず、放送同録のWAVはクギチョウさんへ渡しといたんだが、なにせオートバイだけで市内には何千台もある。イチから探すのはかなり骨が折れそうだと向こうは嘆いてたよ」
「厄介ねえ。これじゃウカウカしてる間に、屑鉄にされちゃうんじゃないの?」
「それなんです、そこが厄介でしてね……」
リュウ先輩の煙草へライターを差し出しながら、日下先輩は眉を器用に上げ下げする。
「ただ、昨日の今日で手配も始まってるはずです。うかつなことをすればお縄になるだろうから、犯人はまだ、平然とそのバイクに乗っているんじゃないか……と僕は思うんですよ。どう思います、リクローさん、メイさん」
火のついた煙草を手に持ったまま、近江先輩が川内、大嶋の二人へ尋ねる。
「そのセンが濃厚だけど、そうなるとよっぽど自信がある太いやつってことになるねぇ。気が大きくなって、二件目をやらかしても普通にしてるかもしれないよ、これは……」
小柄な川内先輩は、ダウンを着たまま着ぶくれした腕を組み、難しそうな表情で応じる。二件目は困ったものだが、実際あり得そうだから困る。かたや隣のメイさんこと大嶋先輩は、
「やれやれ、ロクなのがいないねバイク乗りは……死ねばいいんだ、そういうのは」
煙突のように真上を向けて煙草を吸いながら、平気な顔で物騒なことを言いだす始末である。どっちを向いても、なかなかクセの強いメンツが揃う空間であった。
「で? とりあえず何をしたらいいんだ? ――この辺の怪しげなバイクをピックアップしろ、とかいうんじゃないだろうね」
隣から上がる煙を手で払いながら、境田先輩がけげんそうに、眼鏡越しに日下先輩を睨む。とうの日下先輩は澄ましたもので、
「おお、ジンちゃん鋭いね。まさにそれを頼もうと思ってたんだよ。ついでに言えば、運転してるやつの顔つきで、さ」
「冗談きついぜ! 何台あるか、って警察もサジ投げたんだろ? おれたち素人で出来るのかよ、そんなの……」
「いや、正確には『やってるフリ』をして欲しいんだ。心理的に追い詰めて、それでもし向こうが良心の呵責から自首でもすればマル儲けさ。さすがにこの前みたいに、大勢関係者を集めて生放送、とまでは行かないだろうさ」
「ああ、そういうわけ。しっかしまあ、よくやろうとするよな、そんなこと。付き合うこっちもどうかと思うけれど……」
グラスの麦茶を勢いよく飲み干すと、境田先輩は手の甲でそっと口元を拭う。顔の造作がいいせいか、映画のワンシーンでも見ているような気分になる。なるほど、声だけとはいえ、ラジオドラマで二枚目役が多いと言う日下先輩の言葉は嘘ではないようだった。
「そりゃまあ、本来はオレ達大学生がしゃしゃり出ることはないんだがね。こうやって関わっちまって、しかもその相手がのうのうと捕まらずにいるようじゃ、いつなん時、我が身に災難が降りかかるかわからない。こいつはちょっとした、自衛戦とも呼べるかもな」
「なるほど、自由な日々のための犯人捜し、か……。悪かぁないね、日下ちゃん」
のったよ、とゆっくり手を挙げたのは大嶋先輩。続いて同期の川内、佐伯の二人が、ほっとくと何するかわかんないものね、オーシマは……と言いながら同意をする。
「まあ、とりあえずは日々の生活の中で、軽く注意を向けといてほしい、ってだけです。本日の議題はこれにて終了、ということで……」
案外早くに結論が出ると、それぞれの手元に置かれた麦茶もすっかり空になっていた。二杯目が行き届いてまた飲みかけた頃、中華料理屋の店員さんが大きな岡持ちを抱えて部屋へとやって来た。自分のワンタンメン代を払うべく鞄から財布を出すと、リュウ先輩が手を振って、
「いいわよ、ここはあたしが……」
「でも、なんか昨日からごちそうになりっぱなしで……」
「気にしないの、後輩はそうやってもらっとくもんよ。いつか後輩が出来た時、そうしてあげてね」
「は、はあ……」
いい顔で、しかもいい声で言われては断りようもない。あとから聞いたところによると、リュウ先輩は私と同じ演劇経験者で、境田先輩とも一時間、生放送でラジオドラマをやりきったこともあるのだという。いい女に見えないほうがおかしいわけである。
――こんな人になりたいなあ、私も。
逆立ちしても無理だろう、と思いつつ、ワンタンメンへありがたく箸をつける。結局、本題の早々片付いたのを幸いと、その日の集まりは場所を移し、私のささやかな歓迎会へ転じた。日付が変わるころまで、私は先輩たちと深夜営業の喫茶店をハシゴし、大いにはしゃぎまわったのであった。
こんな具合で幕を開けた大捜査線(?)、はたして行く末はどうなるのやら。
次回の更新は8/7の17時を予定しております。




