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八十人の目撃者(リスナー)たち ~ラジオKINKI、こちら白川大学放送研究会~  作者: ウチダ勝晃
第二章 「ラジオ禁忌」のおかしな二人

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ふたたび、「地球儀」にて ~ラジオ禁忌と呼ばれる理由?~

京都の朝はパンとコーヒーがないと始まらないと申します。まあ、例外は多少あるんでしょうが。

 もらったぽち袋の中の三千円は翌朝、借りている部屋のそばにあるおしゃれなカフェのモーニングセットへと化けた。さすが学生の街なだけあって、こういう店はやたらとある。

 だが、ちょっと奮発して頼んだメニューとセイロンティーを前にして、どうも気分が晴れない。ついでに言えば、寝付きも悪くてまぶたがひどく腫れぼったい。

「今頃になって効いてきたなぁ……事故のショック」

 自分が跳ね飛ばされたわけでも、その瞬間を目の当たりにしたわけでもないのだが、すぐそばであんなことが起きて胸の内が穏やかなはずはない。半ば義務的にサンドイッチをかじり、小さなサラダとデザートのブドウが片付くと、紅茶のほうも猫舌にありがたい温度へ下がっていた。

「おお、いいお味……」

 紅茶はストレートが一番おいしい、と教えてくれたのはあかりだったが、とうの本人とは近頃めっきりすれ違うこともなくなった。誰か新しく友達でも――それとも、恋人でも出来たのかもしれない。あんな堅物でも、そういうロマンスがないとは限らない――。

「それよりあの二人、大丈夫かな……?」

 お手洗いの鏡でさっと顔の支度を済ませると、私は昨日、二人と別れたアースマンションへと向かった。手始めに「地球儀」の方へ入ると、案の定奥の二人掛けの席に、煙草をくわえて日下・近江の両先輩がとぐろを巻いていた。

「――あれえ、戸村さんじゃないの」

「よお……おはようさん」

 ひげをあたった気配のない顔には、疲労の色がこれでもかと満ちている。なんとなくそばにいるのは気まずく、カウンター席へ腰を下ろす。間髪入れずにヨーコさんが、何があったの? とこちらへ尋ねてきた。

「あ、ご存じなかったんですか。――昨日私とそこの二人で、ひき逃げ目撃しちゃって」

「えっ、すぐそこの……?」

 おそらく、事故のことは他のお客などから聞いて知っていたらしいが、その関係者が常連のこの二人とは思わなかったらしい。正確には音だけをキャッチした、とだけ補足しておくと、ヨーコさんはグラスへ氷水を注ぎながら、

「じゃ、よっぽど根掘り葉掘り聞かれたのね。前にもあの二人、そういう意味で警察沙汰になってるから……」

「――ヨーコさん、教えてくれませんか? いったい二人とも、前に何やらかしたんです?」

 こちらの問いかけに、ヨーコさんは二人の様子をそっと見てから事情を話してくれた。

「まだ二人のラジオごっこが始まったばかりの頃なんだけれどね。白川大の学生に、いわゆる迷惑系の配信者がいたのよ。それがあるとき、自撮り棒が叡電の架線に触れて感電しかけたのを駅員に注意されて、その逆恨みに根も葉もないことを動画にしてアップしたわけ。おかげで再雇用のそのおじいさん、クビになっちゃって。で、その人はうちの常連でもあったから、そうこうするうちにあの二人へも事情が伝わる。これは捨て置けない、と思った二人が、仲間とおじいさんの関係者を総動員して『仕返し』をしたわけ」

「し、仕返しって……何をしたんですか?」

 いつの間にか身を乗り出していたのに気づいて、そっと元の位置へ戻る。だが、ヨーコさんはそんなことなど気にも留めず、

「枝切ばさみを持って行って、配信中の自撮り棒をチョッキン、虫取り網でスマホは没収。怒る彼の前に、苦心して探し集めた当日の目撃者たちをわさっと出現させて、駅員の無実を証言する様子、うろたえる様子をネット中継――」

「ええ、そんなことしたんですか?」

「――まあ、すぐに警察が出てきて、早々取りやめになっちゃったけれどね。結構大ごとになったから二人ともあわや退学、と思ったけれど、向こうの親がまともで助かったの。先方のとりなしで二人のクビは繋がり、おじいさんも復職。むしろ相手のほうが退学になって、今はどこかのお寺で厳しい修行の真っ最中、ってもっぱらの噂ね。それ以来、警察関係者は親しみやら何やらを込めて、あの二人のやってるラジオ局のことを『ラジオ禁忌』なんて洒落で呼んでるわけ。まあ、その後も色々、警察に知恵を貸したり、借りたりが続いてるみたいだけど……その辺はいつか、あの二人が教えてくれるでしょ」

「は、はあ……」

 思っていたよりハチャメチャな行動と、くわえ煙草でしおれている二人がどうにも一致しない。人は見かけによらない、ということなのだろうか。

「そんなわけだから、いささか暴走気味でも変なことはしないだろうって、あの二人にはそれなりの信用があるわけ。昨日会わなかった? 克美さんって二枚目の刑事さん……」

 ダンナ、と呼ばれていた克美刑事の顔が脳裏をよぎる。そこですかさず、気になっていたことをヨーコさんへとぶつけてみた。

「あのー、クギチョウさんっていうのは何者なんでしょうか。ちょいちょい出てくるから気になってて……」

「あら、そっちには会ってなかったのね。それなら簡単、部長刑事の釘宮(くぎみや)さんの通称よ。変に略すのって、放送マニアのサガなのかしら」

「あ、それでクギチョウ……」

 疑問が片付くと、私はオレンジジュースを頼み、しばらく横目で先輩たちの様子を見守った。だが、面白いくらい変化はない。むやみと煙が上がって、時折ヨーコさんが灰皿を替えに向かうぐらいである。

「……戸村さん、ちょっといいかい」

 近江先輩が声をかけてきたのは、こちらのグラスがあとわずかになったころだった。万年ひげ面のはずの日下先輩より、ふだん綺麗に剃っているこちらの方が無精ひげの具合が濃い。

「いちおうラジオの関係者に、事情を共有しとこうと思ってさ。今夜集まって、作戦会議をしようと思うんだけど……」

「またやるんですか、迷惑配信者退治みたいなこと」

 話を聞いた直後だったせいか、そんなことが口をついて出た。まずったか、と慌てて唇を隠してももう遅い。だが、近江先輩はそれを怒りもせず、愉快そうにケラケラと笑うばかりだった。

「――おおい日下、この子けっこう肝がすわってるぜ。ヨーコさんもひどいなあ、どういう風に伝えたんです」

 コーヒーの代金を渡しながら苦笑いする近江先輩へ、ヨーコさんはなんのことかしら、とそらトボけた顔を向ける。

「まあ、また詳しいことは連絡するよ。とりあえず夕飯は食べずに、暇だけ作っといて」

「は、はい、わかりました……」

 それだけ言い残すと、近江先輩はまだしょぼけた格好の日下先輩へ肩を貸し、ゆっくりと店を出て行った。いつの間にかジュースの代金が払われていたのに気づいたのは、もうちょっと後のことだった。



ラジオ「禁忌」のおかしな二人、いったい今度はなにをやらかすのか?

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