新入学と腐れ縁と、非公認サークルと
新入学の季節はあらたな出会いの連続でもありますが、まあ多少の例外もあるようでして……。
桜の花咲く新入学から時間が過ぎ、一人暮らしもどうにか板につき始めた四月半ばのある朝。通りがかったサークル案内の掲示板に掲げられたあるポスターの字句に、私は思わず足を止めた。
ラジオドラマ研究生 第一期生募集
演劇経験者、声優志望の方、放送文化に興味をお持ちの方を大募集いたします。審査過程などは追って通知。
白川大学放送研究会 (通称ラジオKINKI)
名前のそばに押された「非公認」という丸いゴム判が目立つほど、そのポスターは余白だらけだった。周囲にあふれるイラスト満載、またはいらすとや満載のポスターと比較すると、あまりにも素っ気なさすぎる。
「――こっちはこっちで、いかにも! だもんね」
問題のポスターを境に、右奥の方へはずらりと「公認サークル」と札まで掲げられた一角があり、その目立つところに「マクベス」の舞台写真を伸ばしたB4のポスターが貼られている。
創部以来数十年、あらゆる演劇際の賞を総なめにしてきた、由緒ある白川大演劇部のポスターと比較すれば放送研究会のポスターは実に貧弱な感じがする。だが、その素っ気ない、貧弱なはずの意匠が却って際立たち、一目おかせる格好となっている。もしも狙ってのことならば、サークルの主はなかなかに知能犯とも言える。
「……冷やかしでも、別に罰は当たんないよねぇ」
ご丁寧に別紙で添えてあるQRコードを読み取ると、私はそこに出てきた複数の連絡先から、返事を急がなくてもよさそうなメールでのコンタクトを試みた。LINEより、読んだ読まないがわからないメールの方が気楽、という軽い理由からだった。おかしな相手なら、それっきり迷惑メール扱いにでもしておけばいい。
「とりあえず、一限のあとにでも連絡してみよっかなぁ」
返事が来るのはあまり期待せず、私はそのまま教室へといそいだ。急な斜面に無理やり校舎を建てたせいで、この大学はやたらとエレベーターのお世話になる。もっとも、それが遠回りになるような教室が大半だから、ほとんど階段の厄介になるのだが――。
そんな具合だからさほど興味がない、単位目当てにと入れた講義は身が入らない。あれよあれよと睡魔に誘われ、気が付けば休み時間のチャイムが盛大に頭上に響いていた。
「ちょっとアキ、生きてる?」
「――んあっ?」
垂らしかかったよだれを拭い、恐る恐る顔を上げる。高校以来の腐れ縁である桜庭あかりの困ったような顔に、ゆっくりと身体が覚醒してゆくのが分かった。生真面目な彼女のことだ、小言の一つ二つも出てこよう――そんな気がしたのだ。
「ごめんごめん、面白くなくてつい……」
こちらの正直な物言いに、あかりはきつい表情を投げてくる。セーラー服のパチモノみたいなワンピースを着ているせいで、なんだか風紀委員にでも叱られているような気持ちになる。
「それなら履修登録、修正してみたら? 今ならまだ間に合うでしょ、必修じゃないんだし。だいいち、あなたみたいに呑気に寝てるのがいると思うと、ほかの学生に迷惑だわ」
「なにさぁ、そこまで言わなくたっていいじゃん」
たまりかねて立ち上がると、あかりに見下ろされていたのが、今度は見下ろす格好へと変わる。世の平均よりなまじ背があるもので、だいたいの同級生は目の下、という具合になる。ところが、これがいつも裏目に出る。
「――どうしたのかなぁ、アレ。ケンカ?」
「わかんないぜ、いじめかもしれねぇよ……」
声もなまじ低いものだから、たとえこっちが被害者でもいつも悪い方にとられる。思えば演劇部でも、回ってくるのは悪役か男役ばかりだった――。
「わかりましたよぉ、身の振り方は考えますってば……」
「わかればよろしい。――それよりアキ、ちょっと聞きたいのだけれど……」
この期に及んでまだ何か言われるのか、と卑屈な顔になりかけたのを一生懸命戻す。だが、続いて出たのは小言ではなく単純な質問だった。
「あなた、またお芝居をやる気はないのかしら。演劇部、まだ新入生のオーディションをやっているのだけれど……」
おいでなすった、と同時に、言い草から否応なしにある事実が浮かび上がる。今演劇部に入れば漏れなく、この小姑みたいな腐れ縁もついてくるわけではないか。脳裏を様々な思い出――とくに苦いものばかりがよぎり、口をついてこんな啖呵が出た。
「――あいにくともう、学生演劇からは足洗っちゃったんだ。この四年間、授業以外はのんびり、Vtuberでもおっかけて過ごすよぉ」
半ば無理やりに会話を切ると、次の講義があるから、と言って大急ぎで教室をあとにした。高校の授業以来の駆け足で階段を降りきると、
「――やっぱりあかり、入ったんだなぁ」
あがる息より先に、そんな言葉が口をついて出た。かくなる上はあの非公認サークルが頼みの綱、ということになる。まさかまだ返事はないだろうとスマホを取り出すと、通知欄へ滅多に現れない、メールのマークが浮かんでいる。
「来た!」
嬉しさと怪しさが入り混じったまま本文へ目を落とす。内容は至って簡潔なもので、「連絡いただきありがとう、ついては今日の夕方、記載の場所でお会いできないでしょうか。活動資料を持ってゆきます」というものだった。
「あれっ、ここってたしか……」
指定された喫茶店の名前が脳裏にちらつく。純喫茶「地球儀」。たしか、大学の最寄り駅のそばに、そんな看板のついた古い学生マンションがあったはずだ。まじまじ見ていたわけでもないが、よく街角で見かける一階がお店になっているタイプの建物なのかもしれない。
「相手が変なのだったら、叡電で逃げちゃえばいっか。どーせ本数はあるし……」
ちょっとしたイベントが出来たおかげで、小姑に食らったダメージもいくらかやわらぐ。だからと言ってその後の講義への熱が入ったかと言えば、怪しいものではあったのだが――。
ラジオKINKIとはいったいどんなサークルなのか? その続きはまた次のお話で。




