事故と煙草とマイクロホンと
災いはいつも突然、前触れもなくやってくるものでして。
「おいっ、今の一体なんだっ。すげー音だったけど……」
降ってわいた急ブレーキの音、そして、下手なビンタのような破裂音がヘッドホン越しに飛び込んでくる。
近江先輩がミキサーから伸ばしていたガンマイクが拾ったのはそんなおかしな、なんとも形容しがたい音だった。
「――あっ! あそこだ」
近江先輩がベランダの下を指さして、遠目にもわかる青い顔をしている。つられて不安にかられるこちらをよそに、向かいに座ったヒゲマルこと、日下先輩は冷静な調子でマイクロホンへ話を続ける。
「えー、どうやら我らがマコトちゃんが、何やら音の出どころを発見した模様であります。これより現状確認に移るためいったんスタジオからの放送を休止いたします。再開時刻は未定です、いましばらくお待ちください」
慣れた調子でマイクを落とすと、普段出ている静止画の「水曜日のたわけたち」が引っ込み、虹の断面のようなカラーバーの画面へ切り替わる。会話代わりの非常用BGMをループ再生に切り替えると、日下先輩は近江先輩に中へ引っ込むようジェスチャーを送った。
「――近江、やっぱりアレだったか」
ガンマイクを受け取る日下先輩へ、後ろ手にサッシを閉めた近江先輩は黙って頷く。
「百パーひき逃げだよ。小さくてわかんないけど、ありゃどっかのじいちゃんが轢かれたんだ。通報したほうがいいよな?」
「誰かしてるかもしれないけど、念のため頼むわ。それより、近所の人とか、外へ出てたか? いちおう様子見に行くつもりだけど……」
カーペットの上へ脱ぎ散らかした上着を羽織りながら日下先輩が聞くと、近江先輩はふたたびベランダへ降りた。開け放たれたサッシの間から、この騒ぎで出てきたらしい近所の人たちの声が響く。
「よかった、自転車屋のおやじさんが助けに出てる。大丈夫なんじゃないかな、あれなら」
「それならよかった。――だが、一つだけ問題がある」
難しい顔になる日下先輩に、近江先輩も、そして座りっぱなしで呆気に取られていた私の視線が集中する。
「――ビックリしすぎて、このまま普通に進行できる気がしねえ。ちょいとしばらく、リラックスタイムとしゃれさせてくれないか」
「……お前もかぁ」
それぞれ、胸ポケットやズボンに押し込んだよれよれの煙草の箱とライターを出すと、テーブルの上へ放ってあった灰皿を持ち、二人はベランダへと出かかった。が、
「……人が死にかかってるのを見ながら煙草というのもなんだなぁ」
「……大丈夫って言ってたの、甘えさせてもらっても構わないかい?」
どうやら気が咎めるところがあったらしく、二人はしょぼくれた顔で部屋へと舞い戻った。たしかに、人が弱っているのを遠目に煙草、というのは絵面がよろしくない。
「どうぞどうぞ。うちは両親もパカパカやってる家だったので……」
心のざわめきを無理に鎮めるような、むやみとふかす煙草の匂いが部屋いっぱいに充満しだしたのは、その直後のことだった。
この不思議な三人はいったい何者なのか? 時間は少し遡り、次回はその出会いのお話ということで。




