第六話
第六話
「はぁ‥‥今日は色々あったなぁ」
営業後、銭湯の風呂に入る。二階にも一応風呂はあるが、こっちの方が断然良い。広いし。
身体全体を伸ばして入っていると、身体を洗い終えたガルドが、少し離れた場所に座った。
「そう言えば‥‥朝、何か言いかけたよな?」
その後、カオスな状態になり、すっかり忘れていた。
「俺を‥‥ここに置いてもらえないか?」
「置いてって‥‥冒険者はどうするんだ?」
「元々、冒険者なんて俺には向いていない。勇者一行にいたのも、彼等が偶々俺のいた村に立ち寄って誘われたからだ」
「それなら、故郷に帰った方が良いんじゃないか?」
ガルドが顔を横に振る。
「孤児で‥‥身体がデカいから、皆怖がってた。力仕事をして金を貰ってたけど、いい思い出もない」
「なるほどなぁ」
なんとなく、少し前から思っていた。目を隠すように長い前髪。猫背。こいつ―――無口で不器用なんじゃなくて、ただのコミュ下手か!
「‥‥たぶん、暫くは、給料出せないぞ? その変わり、寝床と食いもんは面倒見てやれる。それでも良いか?」
ガルドは嬉しそうに笑い、頷いた。
やれやれ、従業員を雇う日がくるとは思わなかった。
次の日から、騒がしい日々が始まった。外からは、トンカンと工事の音が聞こえて来る。
ドゥガンたちが、自分たちの工房兼自宅を立て始めた。そして、リッツェルとローガンは、測量したり書類を書いたりと忙しくしている。どうやら、冒険者が立ち寄る拠点を作ろうとしているらしい。
町づくりなんて俺には分からんが、夕方になるとドゥガンたち五人が風呂に入りに来るので、偶に皆で晩御飯を食べたりして過ごした。
そうして一週間ほどが経ち、ドゥガンたちの工房兼家が完成。さすがドワーフと言うか、あっと言う間だった。そして、リッツェルとローガンたちは、地上に戻って行った。寂しくなるかと思ったが‥‥。
「フルーツ牛乳」
「コーヒー牛乳」
「いちご牛乳」
ドゥガンたちは毎日風呂に入りに来てくれたので、騒がしいままだ。
そんなある日、掃除を終えて風呂に湯を張っていると、柚に似た柑橘系のいい匂いがしてきた。
「なんだ?」
辺りを見渡してみると、半分ほどお湯の入った湯船に、黄色い半透明のプルっとした物が浮いていた。
「クラゲ‥‥んなわけないか」
桶で掬ってみると、まるで水饅頭みたいなそれが、プルプルと揺れる。
思わず顔を近づけてみると、それが鳴いた。
「キュ?」
「うわぁぁ⁉」
情けなくも叫び声をあげると、男湯を掃除していたガルドが、男湯と女湯を隔てる壁を軽々と飛び越えて来た。
「シュウイチ、どうした⁉」
「ぅおい、お前どっから来てんだ!」
「‥‥なんだ、スライムか」
ガルドは、俺が持っている桶の中を見ると、ホッとしたようにため息をついた。
「スライム‥‥これがか!」
おお、あの有名なスライム! ガキの頃、夢中でゲームやってたな。
枯れ果てたと思っていた中二病が疼くぜ‥‥。
「害はない。襲ったりしないから、大丈夫」
「へぇ、そうなのか」
「ダンジョンの水辺にいる」
「もしかして、風呂が水辺認定されたのか? こいつ、なんかいい匂いするんだよなぁ」
「匂い?―――本当だ、いい匂いする。色も黄色いし‥‥こんなスライム、見た事ない」
「ガルドも見た事ないとなると‥‥どうすっかなぁ」
後頭部を掻くと、スライムがピョンと桶を飛び出し、俺のズボンに張り付いた。
「お、おい⁉」
まさか、服を溶かすとかか? オッサンのそんな姿なんて、需要ないだろ!
慌てて引きはがそうとするが、服は溶けていない。それどころか、今朝コーヒーをこぼしたシミが、綺麗に消えている。
シミが消えると、スライムは満足したように桶に戻った。
「便利だな‥‥」
これ、使えるんじゃないか?
そんな事を考えていたら、風呂のお湯が溢れ、慌てて湯を止めた。
スライムを湯船に戻してやると、気持ちよさそうに泳ぎ始める。
「雑食だから、ダンジョンの掃除屋って呼ばれてるよ」
「お、それはいいな!」
正直、どうしようかと困っていた―――ゴミ問題。
水道やトイレ等のインフラは、何故か使える。だが、ゴミだけはどうにもならない。
スライムを再び桶で掬い、二階に持って走る。
「これ、食えるか?」
冷凍庫に入れておいた生ゴミの袋を開けて見せる。
「キュ~!」
スライムがピョンと飛びつき、袋ごと体内に取り込むと、跡形も無くゴミが消えた。
「ス‥‥ゲェ! お前、凄いな!」
「キュ、キュ~」
「よし、お前は今日からユズだ!」
「飼うんですか?」
ユズを抱きしめ、頬ずりをしていると、ガルドが階段を上がって来た。
「もしかして、ダメなのか⁉」
「ダンジョンの外に出すのは駄目。でも、中なら良いんじゃないかな‥‥たぶん」
「こんなにも賢いのになぁ」
もしこのスライムが元の世界にもいたら、環境問題とか全部解決するのに。それくらい凄いと思う。
「基本、魔物は人に懐かないから‥‥」
「そうなのか? かなり人懐っこいが‥‥?」
ユズが、撫でてくれと言っているように、俺の手に頭をグイグイと押し付ける。
「たぶん、ユズはここで生まれたんだと思う」
「銭湯の風呂か‥‥まぁ、懐いてくれるなら、何でもいいか」
「キュ!」
こうして、俺とガルドとスライムの、奇妙な生活が始まった。
ユズは、家具等を齧ると言った事はせず、ちゃんと食べて良いと言ったものしか食べない、なんとも賢い子だった。ただ、一応好き嫌いはあるようで、一度洗濯を頼もうと思ったら微妙な反応が返ってきた。
ところが、ガルドが自分の鎧や武器の手入れをしようとした時だった。
「あ、ユズ!」
ガルドの鎧を飲み込んだのだ。
「いいよ、俺はもう引退したし。何かあった時に必要かと思って残してあるだけだから」
そう言って、少し寂しそうに笑ったガルド。だが次の瞬間、ユズがガルドの鎧を吐き出したのだ。
「え‥‥?」
吐き出された鎧は、新品のようにピカピカになっていた。
「凄い‥‥鎧って、綺麗にしても細かい部分の汚れとか取れなくて‥‥ユズ、凄いな」
「キュ~」
ユズが得意げに伸びる。
これが後に、冒険者に喜ばれるサービスになるとは、その時は思ってもいなかった。




