第四話
第四話
ドゥガンが去ってから二日目の朝だった。
「どうすっかねぇ‥‥」
お客が来ないかもと思いながらも掃除を終え、今日も湯を張る。
このままだとマジでヤバい。とは言え、どうしたもんかと暖簾を手に持って外に出ると、こちらに向かって歩いて来る人を見つけた。だがそれは、勇者ご一行やドゥガンが来た方とは逆だった。反対側にも入り口があるのかと思っていると、その人影がふらりと横に傾き、地面に倒れた。
「おいおいおい!」
持っていた暖簾を落とし、急いで駆け寄ると―――それは、勇者ご一行のタンクの男だった。
「おい、大丈夫か⁉」
「ぅ‥‥」
傷と土で汚れ、出血も酷い。
「救急車!‥‥なんざ、来るわけねぇよな」
スマホを取り出そうとして、思いとどまる。
「おい、しっかりしろ!」
彼の頬を軽く叩くと、男がゆっくりと目を開けた。
「こ‥こは‥‥」
「あんたらで言う、セーフエリアってやつだ!」
「そうか‥‥ぅっ‥‥」
「とりあえず、中に入るぞ。救急箱くらいならある」
何とか立ち上がった彼の腕を肩に回して支え、湯屋の中へと入った。
ソファーに置いてあった座布団をかき集めて床に敷き、彼を座らせた。
「鎧、外せたら外しとけよ!」
男湯の方に駆け込み、黄色いプラスチックの桶を引っ掴んで、水風呂から水を汲み、適当にタオルを抱えて玄関に持って行く。それから、受付の机の下にある救急箱を引っ張り出して戻ると、男が何とか鎧を全て外していた。
「一番深い傷分かるか?」
「腹ん所‥‥」
彼の左脇には、鋭利な物で切った様な深い傷があった。服が赤黒く変色している。
「酷いな」
フェイスタオルを当て、バスタオルで胴を巻いてきつく縛ると、男が低く唸った。
「少し我慢しろ」
他に大きな傷は見当たらなかったため、タオルを濡らして小さな傷の周りを拭う。
「なんだ‥‥?」
血も出ていないような切り傷だったが、濡れたタオルで拭うと、傷が消えていった。
「マジかよ‥‥」
そう言えば、勇者ご一行の女の子が、肌がどうとか言っていたな。
他の傷でも試してみると、小さな傷なら消えるようだ。うちの風呂、どうなっちまったんだよ。
戸惑いつつ、一番深い傷の脇腹、出血が止まらないのか、タオルが血で染まっていく。
「試してみるか」
押さえてあったタオルを取り、プラスチック桶に入れた水を手で掬い、傷口にかけてみた。
「くっ‥‥」
男が再び呻く。傷口が消えるなんて程の効能は無いようだが、出血は止まった。
「怖っ‥‥まぁ、でもこれで一安心か‥‥そういや、お前さんの仲間はどうした?」
盾役であろうこの男がこの状態だ。最悪、全滅している可能性もある。自分が何かできるわけでもないが‥‥。
「あいつらは‥‥先に行った」
「は? 先? 重症のお前さんを置いて?」
それは、「俺を置いて先に行け!」的な流れなのか? だが、あの白いローブの子は回復系っぽかった。
「俺は不器用だし、盾になるくらいしかできないから‥‥」
「‥‥置いていかれたのか?」
俺がそう聞くと、男は小さく頷いた。あんのクソ勇者共‥‥。思わず拳を握りしめる。
あんな奴等、出禁だ、出禁!
「悪い、変な事聞いちまったな。そういや、名前聞いてなかったな。俺は修一だ」
「‥‥ガルド」
ガルドがゆっくりと起き上がる。
「動いて大丈夫なのか?」
「血が止まれば、大丈夫」
「まぁ、ゆっくり休んでいけばいい。どうせ、客も来ねぇしな」
「ありがとう‥‥助かった」
大丈夫だと言うガルドをソファに誘導して寝かせると、暫くして小さな寝息が聞こえて来た。傷は良くなっても、体力はそんな直ぐには治らないからな。そう言えば、HPがどうのとかも言っていたが‥‥今は風呂よりも寝た方が良いだろうと、二階から持って来た毛布をガルドにかけた。
ガルドが目を覚ましたのは、夕方頃だった。
着替えを貸そうと言うと、持っているから大丈夫だと言われた。しかも、ウエストに着けられた小さなポーチが、かの有名なアイテムポーチだった。生き物以外なら何でも入るらしい。異世界ってのは、本当に凄いな。
普段着に着替えたガルドは、幾分か若く見えた。年齢を聞くと、二十六歳! 若いなぁとしみじみ思うあたり、俺も年くったなと感慨深い。
野営のテントやら、他の荷物もポーチに入っているから大丈夫と言うガルドに、ケガ人を外で寝かせられるかと言うと「ダンジョンだから外じゃない」とか屁理屈こねやがった。意外と頑固らしい。
「飯も作ってやるから、とにかく中で寝ろ!」
そう言うと、飯につられたのか、ガルドが頷いた。どうやら、ポーチの中には食材は入っていなかったようだ。
男二人ならこれだろうと、カレーを作ってやる。ガツガツと良い食べっぷりに、思わず笑った。誰かと晩飯をこの家で食べるなんて、随分久しぶりだ。
「これ‥‥」
ガルドが金を渡して来たので突っ返すと、返すなら外で寝ると言うので、渋々受け取った。
ガルドの傷は思ったよりも深く、風呂に入って少しずつ治していく事になった。そうなると、ずっとソファーに寝かせているのも微妙だ。彼は身体がデカく、ソファからはみ出て寝ている。それでは身体も休まらないだろうと、祖父さんが使っていた部屋を片付けた。
「今日からここ使え」
ガルドがいるのは、正直悪く無い。余計な事は言わないし、飯は美味そうに食べる。風呂掃除も無理のない範囲で手伝ってくれるので、かなり助かっていた。
そうして一週間くらいが経った頃だった。ガルドの傷もかなり良くなり、傷跡が残る程度になった。
「シュウイチ、話が‥‥」
デッキブラシでタイル床を擦っている時だった。ガルドがそう言いかけた瞬間、玄関の戸が荒々しく開かれる音が聞こえて来た。




