第三話
第三話
「なんじゃ、なんじゃ、このけったいな建物は!」
突然現れたのは、巨大なリュックサックを背負った、
背の低い髭モジャのオッサンだった。
「そこの兄さん、これは何じゃ」
「あ、えっと、風呂屋です‥‥」
よく見ると、腰にピッケルとシャベルがぶら下げてあり、服も土で汚れている。まるで、鉱山から出て来たみたいな風貌だ。これじゃまるで、ドワーフだな。
「風呂屋か! そいつは丁度いい! ダンジョンに籠り過ぎて、もう一か月近くこのままじゃからな!」
申し訳ないが、俺の所まで匂いがしてきそうだ。
「風呂は高いと言うが、いくらだ!」
「え、いやぁ‥‥」
思わず後頭部を掻く。
「なんじゃ、歯切れがわるいのぉ。よし、俺に話せ!」
なんとも豪快と言うか、気風の好さに、思わず昨日からの事を説明してしまった。
「なるほど、異世界なぁ‥‥」
「何か分かりますか?」
「分からん!」
分からんのかい! 凄い頷いてたし、納得した感じだったんですけど!
「まぁ、ここはダンジョンの中だしの! 細かい事を気にしとったら、死ぬぞ!」
物凄く良い笑顔で、怖い事を言われた。
「ここって、本当にダンジョンの中なんですね」
「そうじゃ。ラステダンジョンと呼ばれとる。百階層あって、ここはちょうど真ん中あたりじゃ。セーフエリアになっておって、魔物もここへは入ってはこん。故に、冒険者や儂みたいなもんが、気を緩めて休める。飲める水もあるしの!」
「え? そうなんですか?」
「おう! あっちの壁際に、遺跡の跡があってなぁ」
オッサンが指さした方を見るが、ここからは遠くて見えない。
「ここは、大昔は町があったと言われておるが、今は遺跡の欠片くらいしか残っておらん」
「遺跡‥‥」
「儂は時折ダンジョンに鉱石を採りに来るんじゃが、見た事もないもんが建っておって、びっくりしたわい。まぁ、ここに街がありゃ、冒険者や儂みたいなもんには大助かりじゃがなぁ」
「あ、そう言えば、風呂でしたね。湯は入ってるんで、どうぞ」
オッサンと一緒に中に入ると、「ほほう」と興味深そうにあたりを見渡す。
「靴は脱いで、そこに入れてください」
木製の靴箱を指すと、オッサンが玄関の上り口に腰を下ろし、靴紐を解き始めた。
「そう言えば、まだ名乗っておらんかったな。儂はドゥガン。見ての通り、ドワーフじゃ」
「ドワーフ⁉」
「なんじゃ、異世界とやらにドワーフはおらんのか」
「は、はい、初めてですね。俺は、湯川修一です。人間、で良いのか?」
「シュウイチだな! よっこらせ、と」
ドゥガンが背負っていたリュックを床に降ろすと、ドスン! と見た目よりも重そうな音が響いた。
「やれやれ、儂もそろそろ年じゃのぉ。重ぉてかなわん」
いやいや! あれ、どう見ても俺じゃびくともしなさそうなんだが?
「さて、金じゃったが」
「すみません、こっちの金の事とかさっぱりで‥‥」
そういうと、彼が懐から麻袋を取り出し、テーブルの上に硬貨を並べ始めた。
「銅貨、銀貨、金貨じゃな」
昨日、勇者ご一行からもらったのは、銀貨二枚。一枚で千円だったから、銅貨が百円で金貨は一万円ってとこか。
「入浴は銅貨三枚、タオル貸出付きなら、銅貨五枚ってとこですね」
「ほう! そいつは随分と良心的だな! こんなけったいな場所にあるんだ、もっと取ってもいいくらいだぞ!」
「いえ、うちはずっとこの金額なんで。あ、石鹸とかいります? 銅貨‥‥一枚ですけど」
祖父さんの頃から、ずっと値上げはしていないと聞いている。まぁ、そのせいで経営が傾いたってのもあるが。ドゥガンは石鹸も買ってくれた。
「そんじゃ、行ってくる!」
ドゥガンが銅貨六枚を渡して来たので、受け取る。受付の奥からバスタオルと石鹸の入った箱を取り出して渡した。
「ごゆっくり‥‥ふぅ、本当にダンジョンの中とはね‥」
ドゥガンが男湯の方に入っていくのを見て、一息ついたのだが、少しすると中から雄叫びが聞こえてきた。
「うぉぉぉぉ!」
「な、何だ⁉」
慌てて男湯の脱衣場に入ると、全身が泡に包まれたドゥガンがガラス戸の向こうに見えた。
「おい、何やってんだ?」
「この石鹸、凄いな! こんなに泡立ちの好い石鹸は初めてだ! 三十は若返るぞ!」
「いや、あんた幾つだよ」
「二百五十三歳じゃ!」
「にひゃ‥‥⁉」
おいおい、マジかよ。漫画や小説みたいに、やっぱりエルフやドワーフは長生きなのか。それにしても、二百五十三って‥‥三十若返っても、あんまり変わんねぇだろ。
「シュウイチ、あの壁画はお主が画いたのか?」
ドゥガンが銭湯定番の富士山の絵を指差した。泡でモコモコのまま。
「いや、あれは専属の職人が描いてくれたもんだ」
「この床や風呂も、実に良い仕事だ!」
「そりゃどうも」
「このシャワーとやらも興味深い。なんの素材で‥‥」
「俺に聞かれても、分かりませんからね?」
先に釘を刺しておく。こういう職人気質の人間ってのは、質問攻めにしてくる奴が多い。その前に、退散しておく。
暫くすると、ドゥガンが男湯から出て来た。
「ふぅ‥‥ちぃとぬるいが、いい湯じゃった!」
ボサボサだったヒゲや髪が、サラサラになっていて、噴き出しそうになった。
「なじゃ、これは」
ドゥガンが、受付カウンターの上にある、ガラスケースの冷蔵庫を指差した。
「こいつは牛乳ですね。ピンク色のがイチゴ、茶色のがコーヒー味で、黄色っぽいのフルーツ味。どれでも銅貨一枚ですよ」
「ふむ、ではふるーつとやらを貰おう!」
「まいど」
銅貨一枚を受け取り、フルーツ牛乳の瓶を一本取り出す。
「瓶は返してくださいね」
「うむ」
紙の蓋を開けて渡す。すると、ドゥガンは一口飲んだあと、目を見開き、息をするのも忘れて一気に飲み干した。
「美味い!」
「いい飲みっぷりですね」
「これも美味いが、酒はないのか?」
「ありませんよ」
「つまらんのぉ! これで、美味い酒と飯があれば、儂はここに住むぞ!」
「はい?」
「儂は、ダンジョンに来る冒険者相手の鍛冶屋だ。ここにはその材料になる鉱石を採りに来とる。ひよっこ冒険者相手に、金にならん安い武器を作るのにも飽きたしな」
やっぱり、ドワーフと言えば鍛冶か。鉱石を採りに来たって言ってたしな。
「良い素材を採るには、もっと深い場所に行かんといかん。だが、儂一人だとここまで来るのも毎回面倒でなぁ。ここで鍛冶ができりゃ、上級冒険者相手の武器も打てる!」
ドゥガンが瓶を握りしめた。実際、俺もパソコンで買い物出来なけりゃ、食料が尽きてヤバかっただろうしな。
「こうしちゃおれん!」
瓶をカウンターに置くと、ドゥガンは靴を履いてリュックを背負うと、慌てて玄関の戸を開けた。
「またな、小僧!」
「ぅえ‥‥?」
あっという間に去って行ったドゥガンに、ポカンと口を開ける。
「まぁ‥‥二百五十三歳からすりゃ、アラフォーの俺も小僧か」
最後の常連だった爺さんも、俺の事を「坊主」と呼んでいた。二人は似ても似つかないが、なんとなく感じた懐かしさに、カウンターに肘をついた。




