第二話
第二話
「さて、そろそろいいか」
湯屋の煙突から煙が上がり、暖簾を出す。
「おい、準備できたぞ」
「遅いわよ!」
文句を言いながら近づいてきた女の子。
「靴を脱いで上がれよ」
「はぁ? 何でそんな面倒な事しなきゃいけないのよ」
「お前、靴履いて風呂に入るのか? 今脱いでも後でぬいでも同じだろ」
「‥‥分かったわよ」
ブツブツ言いながらも、言われた通りに靴を脱ぐ。
「脱いだらそこの箱の中に入れて、木札を抜く。そうしたら、ロックかかるから」
後から来た勇者たちも、渋々と言った感じで従う。ただ、デカい男だけは黙々と言われた通りにしようとしているが、スネの部分と一体化しているのか、手間取っていた。
「本当にグズね」
「遅いんだよ」
おっと‥‥不穏な空気だな。面倒な事にならなきゃいいが。
「あっちの赤い暖簾が女湯。青い方が男湯だ。中は分かれてるからな」
「当然でしょ!」
「あ、身体は洗ってから入れよ!」
聞いているのか聞いていないのか、それぞれの湯の方に向かって行った若者達を見送った。
やれやれ、なんだかなぁ。まあ、ああいう客は偶に来るしな。異世界ってのはまだ実感はないが‥‥。
暫く受付でぼんやりと待っていると、女湯と男湯の両方から、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「ちょっと! 何よここ!」
「何なんだよ!」
「え、は?」
勇者と白いローブの女の子に詰め寄られ、訳が分からない。
「肌がツルツルなの!」
「HPが少し回復したんだ!」
「ちょ、落ち着け」
「落ち着いていられないわよ!」
「落ち着いていられるか!」
何なんだよ‥‥。
「ジェイク、ミーリャ、落ち着けって」
後からやって来たスカウトと魔法使いが二人を遠ざけてくれた。
「それで?」
「お肌がツルツルなの! 小さい擦り傷も治ったのよ! 何ココ、聖域⁉」
「いや、そんな効果は無いと思うが‥‥」
「HPが回復したんだよ! ほんの少しだし、ポーションとかの方が回復量は多いけど!」
「お、おう‥‥?」
聖域とかHPとか、益々もってゲームみたいだな。ってか、温泉じゃあるまいし、ただの風呂だぞ。うちの湯にそんな効果ある訳ないだろ。
「これからは、ダンジョン潜る時の、俺達の拠点にしてやるよ!」
捨て台詞のような言葉を吐き、勇者たちは外へと出て行った。
まったく‥‥何だってんだ。
「あ、金もらうの忘れた‥‥まあ、いいか」
ここが本当に異世界だっていうなら、こっちの通貨の事なんか分からないしな。
湯を張った時は、いつもと同じだったし、湯に変化は見えなかった。気のせいだろ。
受付カウンターの中にある椅子に座ると、再び扉が開く音が聞こえてきた。
「あの‥‥」
そこには、あのタンクの男が立っていた。
「どうした? 忘れもんか?」
受付から出て近づくと、小さな袋を渡された。中を開けてみると、銀色の硬貨が二枚入っていた。
「いいのか?」
俺がそう聞くと、男は小さく頷き、また外へと戻って行った。
「律儀な奴だな‥‥まぁ、ありがたく受け取っておくか」
結局、その日の客はこの五人だけ。閉店時間の十時に暖簾を下げ、湯を抜いた。
「これ、売り上げにどうやって入れりゃいいんだ?」
小さな麻袋を摘まみ上げ、受付の椅子に座る。
「ってか、銀行とかどうすんだ‥‥」
スマホは相変わらず圏外だ。恐る恐るパソコンを立ち上げる。テレビと違って、こっちはちゃんと動くようだ。問題は、ネットだ。マウスをカチカチと鳴らす。
「なんじゃ、こりゃ」
ログやアイコンが、たった二つのアイコンを残して全て消えていた。それは、湯屋の備品や俺の生活用品を買っているネット通販サイトと、帳簿だった。
「マジか‥‥」
アレなサイトが見れない事を嘆いたら良いのか、この二つだけでも残っていた事を喜ぶべきか‥‥。とりあえず帳簿を開いてみる。すると、初めて見る項目を見つけた。
「入金?」
試しにクリックしてみると、マウスの横に光る枠が現れた。指を近づけてみるが、入らない。麻袋から銀貨を一枚取り出して近づけると、あっさりと吸い込まれるようにして銀貨が消えた。そして、パソコンの画面には「1,000」と出た。どうやら勝手に円に両替してくれるようだ。
仕組みがどうとかはさっぱり分からないが、これならなんとかなりそうだと、少し安心する。
ここが本当にダンジョンの中なら、俺に戦闘なんてできない。周りに他の建物もない。このままじゃ店どころか飢え死にだってあり得る。その中で、この機能があるのは本当にありがたい。
「とは言え‥‥客が来なけりゃ、貯金と一緒に俺の命も尽きるが」
若干、背筋に冷たい物が走る。祖父さんには悪いが、いよいよヤバくなったら誰かに頼んで外まで連れて行ってもらうか。
今までの経営難に加え、命の危険まで追加されるとはなぁ。ため息を吐きながら、パソコンを閉じた。
次の日の朝、いつもの様に目を覚ますと、勇者ご一行様は既にいなかった。
いつものように朝食を食べ、風呂の掃除をして湯の準備をする。暖簾を出そうと外に出ると、ダミ声の鼻歌が聞こえて来た。
「なんじゃ、なんじゃ、このけったいな建物は!」
現れたのは、自分の身体よりも大きなリュックサックを背負った、髭もじゃの小さなオッサンだった。




