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第一話

第一話



「ふぁぁ~‥‥」


長年染み付いた癖で、朝早くから目が覚める。しょうがないので、パンとコーヒーだけの朝食を済ませ、風呂の掃除を始めた。

デッキブラシで床のタイルを擦っていると、カタカタと音が聞こえてきた。


「何だ?」


すると、ドンッと下から突き上げるようにして、建物が揺れ始める。浴場の隅に積まれた、黄色いプラスチックの桶が崩れて転がる。


「ゲッ、地震かよ!」


慌ててしゃがみ込むと、少しして揺れが治まった。

久しぶりに感じた強い揺れに、身震いする。

ポケットからスマホを取り出してみるが、電波が届いていない。通信障害が出る程の大きな地震というわけでもなかったと思うが‥‥。タイル等にヒビが入っていないか確認しながら見て回り、実質の被害としては、積んであった桶が崩れた程度で安心した。


「そう言や、外どうなってんだ?」


玄関と兼用になっている店の戸を恐る恐る開けると、そこに広がっていたのは見慣れた町ではなく、だだっ広い空間だった。

地面には草が生え、上には空が見える。風も感じるが、目を凝らすと遠くに岩肌が見える。


「何だ、ここは‥‥どうなってんだ?」


家から離れて見渡すと、四方が岩肌に囲まれていた。というか、よく見ると、雲の向こうに薄っすらと岩肌が見える。まさか、洞窟の中なのか? 俺は夢でも見てるのか? それとも、さっきの地震で死んで‥‥?

頭を抱えてしゃがみ込むと、遠くから声が聞こえてきた。


「ほんっと最悪! 早く休みたいぃ」

「今日はここで野営するから」

「マジ、ダンジョン最悪!」


声のした方を見ると、五人の若い男女が歩いてきていた。なんだ、あいつら? コスプレ集団? 白い法衣姿の女の子や、腰に剣を差した男‥‥まるで、RPGゲームの勇者ご一行様だ。


「え、何あれ? 前来たとき、こんなの無かったよね?」


集団がこちらに気付き、近付いてくる。

いかにもな若いイケメンに、美少女。魔法使いっぽいローブを纏っている奴に、軽装‥‥ああ、スカウトか?そして、集団の中で一つ頭の大きい男がいる。大きな盾を持っているから、盾役のタンクか? ゲームなんて中学の頃しかやってなかったから、忘れたな。


「おい、そこのオッサン」

「オッサン‥‥?」


立ち上がってみれば、俺の方がデカかった。見た感じ、イキってる高校生って感じだな。


「俺達、何度かこのダンジョンには来てるけど、こんな家見た事ないんだけど?」


勇者っぽい奴が若干ビビってるのが分かる。まあ、分からんでもない。俺は、背もあるし若干‥‥若干、強面だ。


「俺も知らん」

「はぁ⁉ 何だよそれ」

「俺に言われてもなぁ‥‥ってか、さっき、ダンジョンって言ったか?」

「何言ってんだ? ここはダンジョンの中だけど?」

「ジェイク、こんなオッサンどうでもいいから、もう休もうよぉ!」


いやいやいや、意味分からん! こいつ等がコスプレじゃなく、ここがダンジョンの中?


「分かったって、エミリア。おい、野営の準備しろよ!」

「お、おい!」


若者達はさっさと俺から離れ、何か準備をし始めてしまった。


「どうなってんだ、いったい‥‥」


銭湯の中に戻り、再びスマホを取り出すが、やはり圏外。ネットも繋がらない。

テレビは、電源は入るが真っ黒な画面のまま。試しに、水道やガスと電気も確認したが、問題無かった。


「わけわかんねぇ」


バタバタと確認していたら、外が暗くなっている事に気付いた。窓から外を見ると、若者ご一行が焚火を取り囲んでいた。益々意味が分からない。混乱していると、一階から戸が開く音が聞こえてきた。

下りていくと、そこには先程のタンクの男が立っていた。


「どうした?」


声をかけると、男は物珍しそうに周りを見渡した後、ボソリと呟いた。


「何か、困っているようだったから‥‥」


外を見ると、残りのご一行がこちらを見ていた。なるほど、大方、様子を見て来いとでも言われたか。とは言え、俺としてもありがたい。しかし、どう言ったもんかね。突然、「ここはどこ?」とか聞いたら変な奴だと思われ‥‥まぁ、思われてもいいか。


「ここはどこだ?」

「‥‥ダンジョン」


彼は一瞬目を少し大きくした後、一言だけ答えた。


「あ、うん、俺の聞き方が悪かったな。ここは日本でいいんだよな? で、お前さん達はコスプレだよな?」


居た堪れない静寂が訪れる。やめてくれ、憐れみの目で見るのは。


「ここはリッツメイヤ国の、ラステダンジョン。ニホンとかコスプ? は、分からない」

「‥‥悪い、もうい一回言ってくれ」

「リッツメイヤ国の、ラステダンジョン」


なんっだ、その国の名前! 聞いた事ねぇよ! え、これって俺が世界史の授業をまともに聞いてなかったからとかじゃねぇよな? いや、そもそも俺だけじゃなくて銭湯もあるし、誘拐と移築なんてアホな事やっても意味ねぇし。


「もう一つ、聞いていいか?」


なんとか声を振り絞って聞くと、男は小さく頷いた。


「お前さん達、剣やら盾やら持ってるが‥‥冒険者、とか言わないよな?」

「違う」

「あ、何だ、やっぱりコスプ‥‥」

「勇者のパーティ」

「おぅ‥‥」


マジかよ‥‥。聞いた事ない国名、勇者‥‥そして、ダンジョン。地盤沈下で銭湯ごと地下に落ちたのかと思ったが、家には傷一つないし、上にはそんなデカい穴も無かった。それどころか、太陽みたいなもんもあって、ご丁寧に今は暗い。

まるで、異世界転移のマンガやアニメじゃねぇか。俺みたいなオッサンを異世界に飛ばして、どうしろってんだ。


「あの‥‥」

「あ、ああ、悪い‥‥」

「ここって、何?」

「うちは、湯屋‥‥風呂屋だ」

「風呂屋?」

「そう。金を払えば、風呂に入れるぞ」

「そうか‥‥分かった」


男はそれだけ言うと、外へと戻って行った。

口数は少ないが、ちゃんとした奴なんだと思った。


「どうしたもんかねぇ‥‥」


後頭部を掻く。

本当は、ここを閉めるつもりだった。祖父さんから継いで、今まではなんとか踏ん張っていた。最後の常連客が逝って、潮時だと思った。

そんなときに異世界? アラフォーが異世界なんか来てどうすんだよ。


「ちょっと! お風呂入れるって本当⁉」

「ぉわっ、びっくりした‥」


突然勢いよく扉が開き、白いローブの女の子が入って来た。


「お風呂よ、お風呂!」

「あ、ああ‥‥湯を入れれば‥‥」

「お金なら払う! 金貨でもいい! お風呂!」

「お、おう‥‥」


あまりの必死さに、考えている事も吹っ飛んで、急いで開店の準備に走った。


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