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第三十一話

第三十一話



その日は珍しく、昼になっても客があの謎の爺さんだけの日だった。

いつものように風呂上りの緑茶を出すと、初めて、隣に座るように促された。


「ここはな‥‥昔はよう栄とったんじゃ」


突然話し始めたが、年寄りにはよくある。うちに来ていた常連たちも、突然戦前の話とかし始めてたからな。


「遺跡があるって聞いたな」

「今じゃ瓦礫しか残っとらんが、人も大勢おってのお」


爺さん曰く、ここには地上よりも大きな町があり、独立国家みたいな感じだったらしい。


「魔法技術も発展しておってなぁ。だがその分、他から狙われる事も多かった」


統治者がおらず、税金もない。富と技術を狙って、度々争いが起きていた。外からやって来た貴族が、自分の領地内にあるのだから、ここは自分の物だと言い張ったり、王国の軍とも度々衝突していた。その度に、セーフエリアの住民が一丸となって守っていた。


「だが‥‥慢心もあった。ここは、ダンジョンの中‥‥ある意味、化け物の胃袋の中だと言う事をな」

「何があったんだ?」

「‥‥スタンピートじゃ」

「スタンピート?」

「ある日突然、下層から魔物たちが溢れた」


俺はその言葉に、目を見開いた。セーフエリアは絶対に安心。そう言われて来たし、信じていた。


「居合わせた冒険者や住民たち総出で対抗したが、数の力に負け、ここは魔物たちに蹂躙され尽くしたんじゃ‥」


爺さんの話を聞いて、背筋に冷たいものが走った。


「儂はな‥‥もうあの光景を二度と見とうないんじゃ」

「爺さん‥‥」


その時、戸が開く音が聞こえ、一瞬目を離しただけだった。


「ローガン、いらっしゃ‥‥あれ?」


ほんの一瞬で、爺さんの姿が消えていた。

辺りをキョロキョロと見渡し、思わず爺さんが座っていた場所に触れる。座っていたはずなのに、温かくない。


「どうしたんだ、シュウイチ。幽霊でも見たような顔して」

「いや、今ここに‥‥」


俺は、爺さんと話した内容をローガンに話した。幽霊なんて、いるわけがないだろうと言われると思っていたが、ローガンは難しい顔をしている。


「ダンジョンってのは、外と比べて魔力が高い。人の強い想いや思念なんかが残りやすいって言われてるんだ。亡くなった家族や仲間を見た、なんて話しも聞いた事がある」

「そう、なのか‥‥」

「スタンピートの事は、俺の方でも調べておくから、心配するな」


そう言うと、ローガンは風呂に入らず湯屋を出て行った。

何とも言えない不安感に、俺はその日の夜、ガルドと龍之介のこの事を話した。


「スタンピートねぇ‥‥魔物の事ってなると、あたしたちではどうしようもないものねぇ」

「そうなんだよなぁ」

「スタンピートの話は、僕も知ってるよ。前に文献で読んだ事があるんだ。ダンジョンの外にも被害が出たみたいだけど、そこまで酷くなかったって。ここに住んでた人達が頑張ってくれたおかげなんだね‥‥」


ここを突破した魔物たちが、外にまで出るのか。俺はまだ、ここから出た事がない。外の世界がどうなっているとか、どんな所なのかも知らない。だが、だからと言ってどうなっても良いとは思えない。


「ローガンが調べるって言ってたなら、任せるしかないね」

「そうだな‥‥」


それから数日後、ダンジョン内を調べたローガンが皆を集めた。


「スタンピートの兆候が見られる」


そう告げられ、全員が息を飲んだ。


「下層の魔物が明らかに増えている。それに、凶暴化も見られた」

「おいおい、どうするんだよ」

「ここから逃げて‥‥」

「逃げたって、どっちみち溢れるぞ」


そこかしこから、狼狽した声があがる。だが―――。


「やかましい! ったく、デカい図体して、狼狽えてんじゃないよ!」


カツを入れたのは、リゼルだった。


「スタンピートが起こる前に知れたのは、僥倖だよ」

「ああ、これで準備ができる」


リゼルとローガンが頷き合う。


「魔法が使える奴は、結界と防御壁の準備をするから、私について来な!」

「前衛の者たちは俺の方に来てくれ!」


いつも緩んだ顔で風呂に入っている冒険者たちの顔が、一気に引き締まる。その姿を始めて見て、俺は改めて冒険者というのは命がけで生きているのだと身につまされた。


「龍之介、俺たちは、俺たちの出来る事をするぞ」

「もちろんよ。魔物なんかに、あたしの大切な店を壊されてたまるもんですか!」


湯屋を見上げる。

一度は、廃業も考えた。だが、今は―――常連たちの顔が脳裏に浮かぶ。俺は拳を握りしめた。




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