第三十話
第三十話
朝、開店の暖簾を駆けていると、大柄な男がやって来た。
彼の名はアゼス。筋肉ムキムキのゴリマッチョで、もちろん冒険者だ。
「おはようさん、今日は早いな」
「おう! 今日は、気合入れないとな!」
「ああ、とうとう行くのか」
アゼスは、暫く双狼の宿に泊まり、ダンジョン攻略を目指していた。
そして今日、ついに最下層へ向かうらしい。
「準備は万端! あとは、ここの風呂に入って気合入れていくぜ!」
朝から熱い‥‥と言うか、暑苦しい。見た目通り脳筋で、武器は両手のナックル。要は、ぶん殴って倒すだけ。
Sランクに、今一番近いと言われているらしいが、脱いだタンクトップを振り回しながら高笑いする姿からは想像できない。
受付にいる俺の所にまで、「はーーーっはっはっはぁ!」と聞こえてくる。今のところ、他の客からは苦情が来ていないから良いが‥‥。
アゼスは風呂から上がると、颯爽と下層へと向かって行った。
「このダンジョンを攻略したら、俺は結婚を申し込む!」
と、見事なフラグを残して行った。
「アイツ、大丈夫か‥‥?」
アゼスが下層へ向かってから一週間後。突然セーフエリア全体が揺れた。
俺が、双狼の宿で昼ご飯を食べている時だった。
「じ、地震⁉」
こっちの世界に来てから、初めて感じる地震に心臓がバクバクする。
「いや、これは‥‥アゼスがやったな」
「どういう事だ?」
「最奥にいるダンジョンの主を倒すと、こうなるんだ」
「そうなのか‥‥」
アゼスがダンジョンを攻略した事よりも、地震じゃなかった事に胸を撫でおろしてしまった。
「確か、攻略すると入り口に戻れるんだっけ?」
「ああ、転移ポータルを使って行ける」
「それじゃ、もうここには戻ってこないのか」
うるさいと思いつつ、底抜けに元気で明るい性格のアゼスがいなくなると思うと、少し寂しいもんだな。
「いや、それは‥‥」
ローガンが言いよどんでいると、外から雄叫びが聞こえて来た。
「うぉぉぉ!」
宿の扉が勢いよく開かれる。
そこに立っていたのは、転移ポータルで入り口に戻ったはずのアゼスだった。
汗と血に塗れ、息を荒くしている。ってか、腹から結構な血が出てるんだが⁉
「お、おい‥‥」
「シア! 俺と結婚してくれ!」
勢いよく花束を突き出し、シアの前に膝をつくアゼス。
それはまるで、褒めて欲しくて尻尾を振りながら待っている大型犬のようだった。
シアがにっこりと微笑むと、一言「〇ね」と言ってアゼスを蹴り飛ばした。
「やれやれ‥‥」
ローガンがため息を吐き、宿の外まで蹴り飛ばされたアゼスの首根っこを掴み、気絶したアゼスを診療所へと引き摺って行った。
「いや、普通に死ぬだろ」
「あれくらいしなきゃ、あのバカは分からないからいいんだよ」
シアを怒らせるのは止めておこうと、心に誓った。
三日後、診療所で目を覚ましたアゼス曰く、ダンジョンを攻略後、ポータルでダンジョンの入り口に戻り、そのままの勢いでセーフエリアまで爆走して来たらしい。しかも、日ごろからシアには結婚してくれと言っていたらしく、毎度断られていた。
「アゼスが目を覚ましたことだし、宴会するぞ!」
誰が言い出したのか、その日の夜は外で宴会が始まった。
セーフエリアの住人と、居合わせた冒険者たち全員でアゼスのダンジョン攻略を祝う。
大量の酒と、大量の料理。シアが焼いた肉を、泣きながら食べるアゼス。まるで祭りだ。
「アゼス、元気出せ」
俺は、昔飲み会で使った「本日の主役」と書いてあるタスキをアゼスにかけ、ついでにプラスチック製の花冠を頭に乗せてやる。
「うぉぉぉ、シュウイチ~! 俺は、もっと強くなるぞ!」
「お、おう、頑張れ」
「あんまり暴れるんじゃないよ! 腹の傷が開くだろ!」
何故か脱いだタンクトップを振り回しているアゼスがリゼルにどつかれ、笑いが起きた。
それから数日後、完全に傷が癒えたアゼスは、正式にギルドからSランクの称号を与えられ―――
「他のダンジョンも攻略して、俺はもっと強くなるからな! 待っていてくれ、シア!」
そう言い残し、爽やかにセーフエリアを去って行った。
*
その日の俺は、至福の時を過ごしていた。
ダンジョン猫数匹が湯屋を訪れ、ブラッシングを注文。丁寧に毛を梳かしていく。
いいな‥‥猫。犬も好きだが、猫‥‥。
「ただいま」
そんな時、ティムの牧場に行っていたガルドが帰って来た。
「おう、おかえり」
「何か、甘い匂いがするにゃ」
「いい匂いだにゃ」
ダンジョン猫たちが一斉にガルドに群がる。俺の至福が!
「え、えっと‥‥ティムの所のミルクなんだけど‥‥」
「ミルク?」
「ミルクって何だにゃ?」
「これだよ」
ガルドが袋から瓶に入った牛乳を取り出し、ダンジョン猫たちに見せる。
「甘い匂いがするにゃ!」
「ミルク!」
猫達がガルドの身体にすがり付く。くそっ‥‥うらやましい。だがガルド本人は困った顔をして、俺の方を見た。
「いいよ、一本あげたらいい」
ガルドがダンジョン猫に牛乳瓶を渡す。蓋を開けると、甘いミルクの香りが広がった。
匂いを嗅ぎ、一口舐めると、ダンジョン猫が目を見開く。
「美味しいにゃ!」
そして、次々と別のダンジョン猫がミルクを舐める。
「これは、どこで採れるにゃ⁉」
「ここから少し離れた牧場で」
「分かったにゃ!」
ダンジョン猫たちはそういうと、あっと言う間に湯屋を出て行ってしまった。床に崩れ落ちる、俺。
「俺の‥‥至福の時間が‥‥」
「えっと‥‥ごめんね?」
それから数日後、ティムの牧場近くにグランピング用みたいな大きなテントが建てられた。そこには数匹のダンジョン猫が滞在し、ティムの仕事を手伝う代わりにミルクを貰っているようだった。
「羨ましい‥!」
それまで、どこに住んでいるかも分からなかったダンジョン猫たちの拠点が、セーフエリアにできた。猫と一緒に働けるとか、天国だろ!
至福の時間を奪われたが――牧場の仕事で汚れたダンジョン猫たちが、湯屋に来てくれる頻度が増えたから、許してやろう‥‥。
「‥‥大人気ない」
「うるせぇ」
ガルドの呆れた様な目を見ない様にしながら、俺は今日も受付で彼等を待つのだった。
作者の独り言:ファンタジーカップ、あと6日(ノД`)最後まで、がんば‥る‥ぞ‥たぶん




