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第二十九話

第二十九話



最近、何かと発展を続けているこのセーフエリアだが、ここにたどり着く冒険者達が中級から上と言う事もあり、わりと落ち着いた雰囲気となっている。

ゆっくりと体を休め、無理をしないように引き返す者もいれば、最深部へと挑戦する者もいる。幸い、最深部に向かって帰ってこなかった‥‥なんて話は、今のところ聞いていない。


朝の掃除をユズとフラッフィーたちに任せ、朝一番でやって来るのはヴァリスとハインツだ。相変わらず周りとは打ち解けていないが、風呂上りに少し雑談しては帰っていく。因みに、アレの症状については‥‥多少の変化はあるものの、完治はしていない。良くなってほしいとは思うが、改善の兆しが見えたとかで、腰にバスタオルを巻いただけの状態で飛び出して来たときは、思わず持っていた空の牛乳瓶を投げつけた。


ユズは相変わらず女性客に人気で、最近はユズのフェイスエステに保湿効果があるとかで引っ張りだこになっている。それに、以前ユズが洗濯の桶に落ちたタオル、ほんのり柑橘系の香りが移ったらしく、こちらも人気だ。


ローガンたちの宿も盛況らしく、長期滞在する冒険者も増えて来た。宿のオーナーであるレッツェルが増築を考えているらしいが、それだとローガンとシアでは手が回らなくなると悩んでいるらしい。

俺は今も、偶にギターを持って呼ばれている。最近では、カウンター席にローガンとシアが座り、なんだかいい雰囲気を出している。ローガンが目配せをしてくるので、リア充が‥と思いながらも、ちょっとしっとりとした曲にしてやる事もある。


俺はと言うと‥‥最近、気になる客がいる。

背が低く、真っ白な口ひげが地面に付きそうなくらい長い。鼻以外、髪や眉でほぼ顔が隠れ、ちゃんと見えているのか心配になる。風呂上りにソファで寛ぐのが好きらしく、一度温かい緑茶を淹れて出したら気にいったようだった。その爺さんは、客が途切れた頃にやって来るのだが、ローガンに聞いてもそんな人は見た事がないと言っていた。

冒険者と言うよりは、仙人とかそっちの雰囲気で、時折見える目がどことなく油断できない感じがする。

ここに来られるくらいだから、冒険者なのだろうが‥‥今のところ、正体不明だ。


受付でぼんやりと考えていたら、ティムがやって来た。


「こんにちは~!」

「おう、いらっしゃい」


湯屋でのルールと料金の説明をした後、ティムが男湯の方へと歩き出した。


「お、おい!」


思わず声をかけてしまった。脱衣所に入る戸には暖簾が掛かっていて、それぞれ男湯と女湯と書いてある。勿論日本語なので、ガルドに頼んでこちらの文字でも張り紙をしてある。


「どうしたんですか?」

「い、いや、何でもない‥‥」


キョトンと首を傾げるティムに、それ以上何も言えなかった。


「大丈夫‥‥だよな?さっき口頭でも説明したし、張り紙もある‥でも、と言う事は‥‥」


思わず頭を抱える。

ティムは、ロングの髪に三つ編みおさげ。一人称は「僕」だが、てっきり女の子だと思っていた。それと言うのも、ここ数日、ガルドが何度かティムの牧場へと足を運んでいる。うちでもティムの牧場の牛乳を買うようになったからと言うのもあるが、何と言うか‥‥こっちがむず痒くなるくらいの、初々しい空気が漂っていたのを見てしまったのだ。


「どうしたの?」

「ひっ!」


突然聞こえて来たガルドの声に、思わず飛び上がる。


「大丈夫?」

「え?あ、うん、だいじょ」


そこまで言いかけて、脱衣所の戸が開く音が聞こえて来た。


「ば! ないかもしれないかもしれない!」

「え?」

「ガ、ガルド、ちょっとお使いに」


ヤバいぞ! これはヤバい! 若者の淡い恋心が粉砕する!


「あ、ティム、来てたんだね!」

「ガルド!」


おや‥‥? 今、男湯から出て来たティムを見て、ガルドが嬉しそうに手を振る。


「どうだった?」

「ガルドが言った通り、とっても気持ち良かったよ! 体力も回復したし、小さい傷も治っちゃうなんて、凄いね!」

「良かった‥あ、ティムに飲んでほしい物があるんだ」


ガルドはそう言うと、冷蔵庫からラムネを一本取り出し、代金をカウンターの上に置いた。


「シュウイチ、ちょっと出てもいいかな?」

「お、おう、いいぞ」


そして二人は仲良さそうに、湯屋を出て行った。

その光景を見て、俺は思わずカウンターに突っ伏した。

そしてその夜、龍之介と食後の晩酌をしていた時に、ポロッと喋ってしまった。


「気付いてないの、アンタくらいよ?」

「‥‥マジ?」

「本当、バカの朴念仁ね。まぁ、年も近いみたいだし、ガルドちゃんもお友達ができて良かったじゃない」

「どうせ俺は、頭の固い昭和生まれの男だよ‥‥」


龍之介が、じっとこっちを見て言う。


「嫌なの?」


龍之介が珍しく、いつもの軽口じゃなく真剣な顔で聞いて来た。

俺はその顔を知っている。最近では時代が変わって来ているが、そう簡単に人の偏見なんざ消えるわけがない。こいつがこうなってから、妙な目で見てくる奴がいるのも知ってる。こいつは今でこそ何でもないって顔をしているが、俺が知らない所で色々あったんだろうと想像はつく。


「‥‥嫌じゃないさ。驚いただけだ」


そう言うと、何故か頬を引っ張られた。


「いってぇな、何すんだよ!」

「修一のくせに、ムカつく」

「何で俺、ディスられてんの?」

「あら、そんな言葉知ってるのね」

「うるせぇ! そこまで年寄りじゃねぇわ!」


龍之介が、ふっと笑って酒をあおった。

‥‥まぁ、いいか。


あいつらが楽しそうなら、それで十分だろ。


だが、間違っても、俺に恋愛相談なんか持ってくんなよ!

俺の恋愛経験値なんて、微塵も役に立たねぇからな!


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