第二十八話
第二十八話
「おお、ついにできるのか」
ついに牧場と畑が出来たと聞き、ガルドと見に行ってみる事になった。
てっきり家庭菜園くらいから始めるのかと思ったら、北海道の農地並みの広大な広さに驚いた。
「農家やりたいって言ったの、アッシュだったよな? 一人で大丈夫なのか?」
「どうだろう‥‥魔法も万能じゃないしね」
魔法で何でもできるってわけじゃないらしい。
「あ‥‥シュウイチ、見て」
ガルドが指した方を見ると、かなり体格の好いアッシュが、馬に乗ってやって来た。
「デカッ!」
思わず一歩後退ってしまった。 アッシュを乗せた馬はかなり大きく、百七十センチある俺ですら、見上げる程だ。
「こっちの馬って、こんなデカいのかよ」
「シュウイチとガルドか! こいつは馬でも、魔物だからな」
「魔物⁉」
「あ、大丈夫ですよ、噛んだりしませんから」
どこかから、女性の声が聞こえてきて、周りを見渡す。
「すみません、ここです!」
アッシュの後ろから、か細い女性の手が見えた。そして、その手がアッシュの手に掴まると、吊り上げられながら地面に下ろされた。次いで、アッシュも馬から降りる。
「初めまして! 私はターニャです。主人がお世話になってます!」
「へ? 主人‥‥? アッシュ、結婚してたのか⁉」
「いや、実はな‥‥」
アッシュ曰く、冒険者ギルドに引退を申請しに行ったら、偶々ターニャも居合わせたらしい。彼女はまだ若いが、テイマーとして冒険者になったものの、可愛い魔物たちを戦わせる事が嫌になり、冒険者を辞めようと思ったらしい。
「なんて言うか‥‥意気投合しちまってなぁ」
照れたように頬を掻くアッシュ。
「私達、結婚しましたぁ」
二人の左薬指には、真新しい指輪がはめられていた。クソ‥‥リア充め。
「そりゃあ、おめでとうさん」
「おめでとう、アッシュさん」
「ありがとな! これも、シュウイチのおかげだ」
「俺?」
「俺はずっとソロの冒険者としてやって来た。自分の体力が全盛期とは違うと思っていても、気付かないフリをしていたんだ。でも、双狼の宿でシュウイチの曲を聞いて、背中を押してもらったきがしてな。今、すっげぇ幸せだ」
「お、おう‥‥」
「シュウイチ、照れてる?」
「うるせぇ!」
からかって来たガルドの脹脛を軽く蹴るが、ダメージを受けたのは俺だけだった。なんで俺のスネより硬いんだよ!
「ま、まあ、幸せになれよ」
「おう、ありがとな!」
俺たちは二人に見送られ、畑から離れた。
「結婚ねぇ‥‥」
「シュウイチは結婚しないの?」
「ガルド‥‥年上としていい事を教えてやる」
「な、何?」
「結婚はな‥‥一人じゃできないんだよ」
「う、うん、そうだね‥‥?」
ガルドよ‥‥この意味が分かったら、お前も一人前の男だ‥‥って、イケメンのコイツには一生分からんかもな。
遠い目をしながら歩いていると、牧場が見えて来た。
「お、あそこか」
牧場とは言っても、肉ではないらしい。まぁ、経営するのがテイマーだからな。
「きゃ~~!」
突然聞こえて来た悲鳴に、急いで走りだす。だが、あまりの俺のあしの遅さに、途中からガルドの小脇に抱えられてしまった。いや、ガルドよ‥‥俺を置いて行くと言う選択肢はないのか。
小荷物のように抱えられ、数十メートル。たどり着いた先で見たのは、ガルドと同じくらいの背がありそうな、妙にばかでかい鶏だった。
「ガルド‥‥こっちの世界の鶏って、みんなデカいのか?」
「う、ううん。シュウイチ、よく見て。鶏の後ろ」
「後ろ‥‥ひっ⁉」
そこには、俺なんて軽く飲み込んでしまいそうな蛇がいた。
「あれ、コカトリスだね」
「コ、コカ‥‥うっ」
そこで襲って来る、突然の吐き気。
「ど、どうしたの?」
「‥‥気持ち悪い」
胴を締め付けられ、全力疾走に近いガルドに運ばれたおかげで、酔った。
「ご、ごめん、大丈夫?」
「お、おう」
ゆっくりと地面におろしてもらい、なんとか一息つく。
「ってか、さっきの悲鳴はなんだったんだ?」
「きゃ~~!」
再び聞こえてきた悲鳴に、声のした方を見ると、そこにはハートが飛びそうな程に別のコカトリスを褒めちぎる女性の姿があった。
「かわいい~! ってか、かっこいい~! 今日もいいツヤしてるね! 尖ったクチバシも素敵!」
「もしかして‥‥あれがテイマーってやつか?」
「たぶん、そうかな」
俺達が彼女の事を見ていると、視線に気づいた彼女が走って来た。
「もしかして、あなた達はこのセーフエリアに住む方たちですか⁉」
「あ、ああ」
かなり元気が良い娘らしく、圧に押されたガルドが俺の背に隠れる。いや、隠れてねぇからな。お前の方がでかいんだよ!
「俺は修一。こっちのは、ガルドだ」
「よろしくお願いします! 僕、テイマーのティムっていいます!」
ツナギを着て、長いツインの三つ編み姿。昔からのイメージの、わりとベタな農家の娘って感じだ。こっちの世界にもいるんだな、所謂「僕っ娘」ってやつか。
「俺達は湯屋って風呂屋だ」
「そうなんですね! よろしくお願いします! 僕、お風呂大好き!」
「そうか。いつでも来てくれよな」
「はい! あ! 良かったら、ミルクモーも見て行ってください!」
名前からして、牛‥だよな?
ティムについて牛舎に入ると、そこにはコカトリスだけがいた。
「こっちです!」
奥の部屋に入ると、そこには猫カフェのような空間が広がっていた。日当たりが良く、至る所にクッションが置かれている。よく見ると、そのクッションで気持ちよさそうに眠っているのは、小さな牛だった。小さいと言っても、手のひらサイズだ。
「この子達のミルクは、とっても美味しいんですよ!」
ティムが、ちょうど足元に来たミニ牛を掴まえた。テーブルの方に向かうと、そこには板の上に瓶がセットされ、その上には網板が置かれていた。
「お願いね」
ティムが牛を網板の上に乗せ、瓶の下にある板のスイッチを入れた。
すると、ブブブブブという音と共に、ミニ牛が小刻みに揺れる。俺は、猫が振動マシーンに乗っている動画を思い出した。
「モォォォォ」
牛の鳴き声が揺れる。
そして、振動がピタッと止まった次の瞬間、ジョバッ!と瓶が牛から出た白い液体で満たされた。
いや、明らかに牛の体積よりも液体の方が多いだろ!
「どうぞ! 飲んでみてください!」
断る事も出来ず、一口飲む。
「うまっ‥‥」
ガルドも頷きながら、もう一口飲んだ。
異世界に来て数か月。俺はこの日、ここに来て一番の「異世界」感を味わったのだった。




