第二十七話
第二十七話
「店主は、いるか」
それは、丁度昼頃の事だった。
二階で龍之介とそうめんを食べていると、下から声が聞こえて来た。
一階へと下りて行くと、そこには全身鎧を身にまとった男が立っていた。
始めて見るその男は、俺と同じくらいの年か少し上。背は高いが、中性的な顔立ち。ピンクベージュの長い髪を一つで束ねていた。
いつも見ている冒険者たちとは毛色が違う。どこか、品のある佇まいだった。
「貴殿がここの店主か」
「え、ああ‥‥はい」
見た目がチャラそうなのに、真面目そうな口調に違和感を感じる。
「私は、王国騎士団団長、サシリア・リッツメイヤだ」
騎士団? そんな物があるのか。
「この度、ラステ・ダンジョンにて訓練を行う。一週間程滞在する予定だ」
「は、はぁ‥‥」
「ここには、体力や魔力を回復する不思議な湯があると聞いた。団員は二十名。一日に何度か世話になると思う。これで足りるか?」
サシリアが懐から麻袋を取り出し、前に突き出した。その麻袋を受け取り、中を覗いてみると、金貨が十枚入っていた。あまりの驚きに呆然としていると、サシリアが首を傾げた。
「足りなかったか?」
「いやいやいや! 多すぎ! 一日中ずっと浸かってるつもりか!」
「そのような事はない。ここの貴重性を鑑みた結果の対価だ。問題が無ければ受け取ってくれ」
「はぁ‥‥こんなに貰っても、うちは貸し切りはしてないぞ?」
「問題無い。では、よろしく頼む」
それだけ言うと、サシリアは去って行った。
「まいったな‥‥」
二階に戻って龍之に説明すると、あっけなく「貰っとけば?」と軽く返ってきた。
「いいじゃない。余りはチップだと思っておけば?」
「風呂屋にチップってなんだよ」
「好意を突っ返すのは、良くないわよ? あれよ、近所の爺さんたちがくれたミカンとかお菓子みたいなもんだと思いなさい」
「はぁ‥‥」
「あんた、ほんとそう言う所生真面目ねぇ」
「うるせぇ、お前がチャランポランなだけだろ」
「‥‥バリカンで逆モヒカンにするわよ?」
俺はうるさい龍之介を放置し、コーヒーを一口飲んだ。
その日から、騎士団の団員たちが風呂に来るようになった。礼儀正しく、ちゃんとマナーを守ってくれている。なんと言うか‥‥爽やかイケメン軍団って感じだ。オッサンの俺には眩しい。
ユズの鎧洗浄も好評で、「帰りにスライム捕まえて帰るか?」「騎士団で飼えるのか?」と本気で悩む団員までいた。
そして、その団員達をまとめるのが、サシリアだ。言葉は少なく、必要最低限。部下からの信頼は厚く、慕われているようだが‥‥無言、無表情で風呂に浸かる姿は、かなりシュールだ。
騎士団が来て二日目の朝、いつもより早く目が覚めた俺は、朝食前にバスタオルを洗おうと、洗い場にやって来た。バスタオルを桶に放り込むと、足音が聞こえて来た。それは、セシリアだった。
「おはようさん」
「風呂屋の店主か。何をしているんだ?」
「見ての通り、洗濯だ」
「洗濯‥‥魔法を使った方が早いのではないか?」
一拍置いた後、セシリアがそう言った。これだけでも、俺が聞いたセシリアの言葉の中で、一番長い。
「俺は魔法が使えないんでね」
「え‥‥?」
普段の鉄面皮が、少し崩れた。驚いたような表情だが、それはどこか嬉しそうに見えた。
「魔法が使えない? 生まれつきなのか?」
「生まれつきって言えば、そうだな。俺は元々、この世界の人間じゃないんでね。魔法はおとぎ話の中だけだな」
「この世界の人間じゃない? どういう意味だ」
若干険しい顔付きになったセシリアに、思わず顔が緩む。
こいつ、物凄く分かりづらいだけで、表情は結構豊だ。
「信じられないか? 俺はある日突然、あの湯屋と一緒にここに来たんだ。別の世界からな」
「‥‥いや、信じる。王家の記録にも、異世界から来た者達の記録が僅かだがある」
「王家? 何、お前さん王族なの?」
からかったつもりだったが、セシリアが驚いた顔をして俺を見た。
「私の名は、サシリア・リッツメイヤだ」
「あ? あぁ、最初に聞いたけど?」
「リッツメイヤとは、このラステダンジョンがある国の名だ」
「マジか、知らんかったわ。すまん、俺ここから出た事ないから‥」
思わず後頭部を掻く。王族とか言われてもなぁ‥‥あんまりピンと来ない。
「いや、いいんだ。私は、王族とは言っても第五王子で、王位継承権も殆どない。それに‥‥魔法が使えないから‥」
セシリアが自身の手をギュッと握る。この世界にいて、魔法が使えないと言うのは、そんなにも辛い事なのか。
「へぇ、この世界にも魔法が使えない奴がいるんだな‥‥って、王子かよ!」
戦闘特化のローガンやシアも、簡単な魔法は使えると聞いた事がある。もちろん、ドゥガン達も魔法は使える。属性の得手不得手はあるらしいが、大体は子供の頃から習うらしい。俺や龍之介は保有魔力ってのがそもそも無いから、習っても使えないらしいけど。
「まぁ、魔法が使えなくても、あれだけ剣が使えるなら立派なもんだろ」
実戦ではどうか知らないが、騎士団の連中に教えている時のセシリアは、素人目に見ても頭一つ抜けて凄い。
「俺は魔法の習得がどれくらい大変か知らないが、自分の身体を使って戦う剣の方が、俺は凄いと思うけどね」
「‥‥そうか」
高校のダチが剣道部にいて、両手をマメだらけにしていたのを思い出した。
「ってか、俺だったら、あんなクソ重たい鎧着た時点で動ける自身がねぇ」
「ふっ‥‥それは、少し鍛えた方が良いんじゃないか?」
「うるせぇ、俺の仕事は風呂を沸かす事なんだよ。薪割の斧振ってるだけで十分だ」




