第二十六話
第二十六話
セーフエリア水没危機の後、セーフエリアは夏日を迎えていた。
元の世界ほどの湿気はなく、俺がガキだった頃の暑さに近い。フラッフィーたちに掃除を任せ、脱衣所にある扇風機のスイッチを入れて回る。暫くして戻ると、掃除を終えたフラッフィーたちが扇風機の前で列を作っていた。
何をやっているのかと見てみると、先頭のフラッフィーがジャンプをし、扇風機の風に流されていく。そして次、また次へとフラッフィーが飛ばされては最後尾に並ぶ。
「それ、楽しいのか?」
そう聞くと、フラッフィーたちが答えるようにワサワサと揺れた。どうやら楽しいらしい。
俺はいつもの様に、飴が山積みになったカゴを置いておく。気が済んだら勝手に帰るだろ。
この暑さのせいか、水風呂が人気だ。特に、大きなトカゲのような獣人たちは、水風呂で伸びている事が多い。
そして、意外だったのは龍之介の床屋だった。あそこには今、毛のある獣人たちが列をつくっている。
汗や埃で、防具と毛が擦れて毛玉が出来ると泣きつかれたらしい。ハサミよりもバリカンを握っている時間の方が長いと、龍之介がぼやいていた。
出て来た獣人の客が、プードルのサマーカットみたいになっていて、吹き出しそうになった。
「さて、俺も仕事するか‥‥」
ガルドに店番を頼み、大量のバスタオルが入ったカゴを抱え、ある場所へと向かった。
そこは、先日の水没危機の原因である川だ。
壁から噴き出していた水の勢いも穏やかになり、ダンジョン猫たちが作った川には、いつの間にか魚が泳いでいる。偶にローガンが釣りに来ているらしい。
俺は壁の方へと向かう。その理由は、洗濯だ。客が増え、うちの洗濯機では追いつかなくなった。
滝つぼのようになった場所、水が落ちる先には、ドゥガンたちが作った大きな木の桶のような物が置かれている。そこにバスタオルを投げ入れていく。桶の中でバスタオルがぐるぐると回る。自然の洗濯機だな。
ドゥガン達の故郷で使われていたらしく、共同で使う洗濯場。魔法でも綺麗になるが、こっちの方がふんわり仕上がるらしい。まぁ、魔法が使えない俺にはとても有難い施設だ。
滝つぼの中を覗いてみると、ユズとは違う半透明のスライム達が泳いでいた。
このスライム達は、洗濯物から出た汚れを食べるらしい。なので、どれだけ洗濯しても川は汚れないのだとか。向こうの世界にもスライムがいたら、環境問題も解決だろうに。
洗濯場の周りは、ドゥガンたちによって快適に作られている。木の橋や、待っている間に休める東屋なんかもある。
「キュ~?」
一緒について来たユズが、滝つぼの中を覗き込む。
「気を付けろよ、落ちるぞ」
「キュ! キュ~!」
言った途端、ユズが桶の中へと落ちた。
「やれやれ、言わんこっちゃない」
洗濯物と一緒に楽しそうに回っていたユズを、棒で引き上げる。この棒は、水から洗濯物を引き上げる為の物だ。
「大丈夫か?」
「キュ~‥‥」
目が回ったのか、プルプルと揺れるユズ。ついでにバスタオルを引き上げ、水気を絞る。
今は夏だから良いが、冬になったらきつそうだな‥‥。
絞ったバスタオルをカゴに放り込み、湯屋の横にある干場に向かった。
そこには、木と木をロープで結び、真ん中に棒を立てただけの物干しがある。
全てのバスタオルを干し終え、木陰でユズとまったりする。
「そう言えば、これを見つけたんだっけ」
今朝、何気に開けた引き出しから古いハーモニカを見つけて、ポケットに入れて忘れていた。
「キュ~?」
「こいつはな、こうやって鳴らすんだ」
ハーモニカを口に当てて息を吐くと、懐かしくも物悲しい音が響く。
「キュ~!」
「気に入ったか?」
「キュ、キュ~」
適当に思い出した曲を吹き始めると、音に合わせてユズが身体を揺らす。
高校時代、小遣い欲しさに近くのスナックで数曲弾いていた。今思うとアウトな気がするが、当時は色々と緩かった時代だからな。
亡くなった親父が持っていたギターとハーモニカを引っ張り出し、父親の影を追うようにのめり込んだ時期があった。
途中で間違えて、変な音が出る。
「やっぱ、久しぶりだと忘れてんな‥‥」
ハーモニカから口を離すと、背後から拍手が聞こえて来た。
慌てて振り返ると、ローガンや数名の冒険者たちが立って行った。
「聞いてたのかよ。声かけろよな!」
「いや~、気持ちよさそうにしてたんで、ついな」
ニヤリと意地悪そうに笑ったローガンを見て、思わず後頭部を掻く。
「茶化すなら、もう双狼の宿で弾いてやんねぇぞ」
「おっと、悪かったって。お前の演奏、好評なんだぞ? 一杯奢るから、な?」
「じゃあ、あの白いボトルの奴な」
「ゲッ! それ、一番高い奴だろ」
「一杯は一杯だろ?」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
ブツブツ言いながらも、言いたい事を言い合える。ガルドが弟なら、ローガンは少し年の離れた従兄って感じだ。
しょうがないから、今夜は龍之介とガルドも誘って、ギターとハーモニカを持って行くか。




