第二十五話
第二十五話
「ダンジョンの中なのに、雨が降るんだな」
窓の外を見ると、しとしとと雨が降っていた。蒸し暑いしじめじめするしで、シャツが肌に張り付く。
暫くすると、雨がさらに強くなった。
「おいおい、大丈夫なのか?」
これまでにも雨が降った事はあるが、ここまでの強さは初めてだ。地面には、水たまりを超えて川のように水が流れている。
「まさか、水没したりしないよな?」
ガルドは朝からローガンの手伝いに駆り出され、龍之介は自分の店に行っている。
湖があるし、ある程度の排水は機能しているはず。
「こりゃぁ、上に避難する事も考えた方がいいかもな‥‥」
パソコンで水や食料を注文しようとした時だった。ドカン!と、何かが爆発するような音が聞こえ、慌てて外に出る。遠くの方に見える壁の一部から、もの凄い勢いで水が滝のように流れ落ちていた。
「マジかよ!」
思わず駆けだしていた。現場にたどり着くと、ローガンやガルド、リゼルが水をくい止めようとしていた。
泥にまみれ、皆が必死で魔法を使い、穴を塞ごうとしている。
「水の勢いが強すぎて、土魔法も氷魔法も効かない!」
リゼルが魔法で土を盛ろうとするが、流されてしまう。
続いてメルルが植物の蔦で穴を塞ごうとするが、やはり失敗。
水かさが増し、足首まで水に浸かっている。
「このままじゃ、セーフエリアが水に浸かっちまう。皆、ふんばりな!」
リゼルが魔法で大きな土の球体を作って穴を塞ごうとするが、ボロボロと水に流されてしまう。
俺はただ見ている事だけしかできず、奥歯を噛みしめた。
「くそっ‥‥」
漫画や小説なら、異世界に来たら「俺TUEE」的に何かできるんじゃないのか⁉
魔法も使えず、腕力も普通のオッサン程度しかない。何か‥何か出来る事はないのか?
「修一!」
「龍之介、お前も来たのか」
「ねぇ、避難した方がいいんじゃ」
龍之介がそう言いかけた時だった。ザクザクと、物凄い勢いで地面を掘るような音が背後から聞こえて来て、振り返る。
「な、なんだありゃ‥‥」
俺は、自分の目を疑った。
そこには、土埃を上げ、地面を掘り進めながら何かがこちらに向かって進んできていた。
「あれは‥‥ダンジョン猫達か?」
五匹のダンジョン猫が横一列に並び、ショベルのような物を使って掘っていた。掘り出された土が綺麗に脇に積みあがり、あっと言う間に目の前までやって来た。
「危ないから退くにゃ!」
「一緒に掘っちゃうにゃ!」
その声に、一斉に皆が離れた。すると、水が落ちている部分に五匹が一斉に飛び込む。土、水、泥が辺りに盛大に飛び散る。
あっと言う間に穴が掘られ、壁の穴から溢れていた水が、その穴に溜まっていく。そして、ダンジョン猫達が掘り進めてきた道へと流れ込む。
「川にゃ!」
「川ができたにゃ!」
「お魚取れるにゃ!」
全員が呆然とする中、ダンジョン猫たちは大はしゃぎしている。
先程までの、絶望的な緊張感はどこかへ吹き飛んでしまった。
誰かが笑いだし、皆が安堵と驚きで笑い始めた。
「皆、泥だらけね」
「そうだな。みんな、湯屋に来てくれ! お代いらねぇよ」
リゼルの水魔法で泥だけ落とし、俺達は湯屋へと向かった。ダンジョン猫達も一緒に。
「どうした、シュウイチ。暗い顔をして」
風呂に浸かってぼんやりしていると、ローガンが声をかけてきた。
「別に、大した事じゃないよ」
「嘘ね。修一は嘘吐く時、右の耳が動くのよ」
「なっ‥‥」
思わず自分の耳を手で隠した。
「それで?」
「はぁ‥‥分かったよ。俺‥‥何もできなかったなって思っただけだよ」
「どういう意味だ?」
「俺は魔法も使えないし、剣も持てない。出来る事なんて、風呂を沸かす事くらいの、ただのオッサンだ」
時々、思い知らされる。ここが異世界なんだって事を。そして、自分は異世界でもただの凡人って事を。
「はぁ‥‥何を言ってんだ‥よっ!」
ローガンに頭を押さえられ、一瞬湯に沈められる。
「ぶはっ! 何すんだよ!」
「見てみろ」
慌てて顔を上げると、ローガンに肩を組まれた。
「は? 何だよ」
そこには、穴を塞ごうと奮闘した冒険者たちやダンジョン猫、ここに住んでいる人達が気持ちよさそうに湯に浸かっていた。
「この湯屋があったから、俺達は今ここにいる」
「そんなの、ただの偶然で‥‥それに、俺が声をかけたわけじゃないだろ。ドゥガンたちや、ローガン。あんた達が冒険者たちを呼んだんだ」
「俺はな‥‥もう二度とこのダンジョンで笑う事なんてないと思っていた。だが、今、こうしてここにいる」
ローガンの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「このユヤと、お前がいなかったら――このセーフエリアは、未だにただの草原で、冒険者は十分に腹を満たす事も、身体を休める事もできなかった。壊れた武器をドゥガンの店で直す事も出来ず、残りのポーションを節約して怪我も治せない。撤退か、進むか‥‥ここにたどり着けたとしても、力尽きる者も多い」
改めて周りを見渡してみる。みんな、身体の何処かに傷が残っている。冒険者とは、常に命がけで生きている。
「ここが無けりゃ、ダンジョンの中で暮らそうなんて考える奴は、一人もいなかっただろうよ」
「ローガン‥‥」
危うく‥‥隣のイケオジにトキメキそうになった瞬間、バケツをひっくり返したような大量の水が降って来た。
「冷たっ! な、なんだ⁉」
「うわっ⁉」
「ひぃっ⁉」
ローガンと龍之介も巻き込まれたようだ。
「私の腰痛は、ここがないと困るんだよ」
「そうそう。それに、レイナのカットとユズの顔パックもね!」
女湯の方から、リゼルとシアの声が聞こえてくる。多分、今の水はリゼルの魔法だろうな。
本来なら、ここでの魔法は禁止だが‥‥今のは、リゼルなりの励ましなんだろうと思い、不問にした。
そして、やり返そうとしたローガンが返り討ちにあう。この人、意外と子供っぽいんだな。




