第二十一話
第二十一話
あの夜以来、俺は時々双狼の宿に呼ばれるようになった。
一階にあるシアの酒場の一角、そこで一時間ほどギターを弾く。お代は一杯の酒。
セーフエリアを訪れる冒険者達からも好評で、飲み仲間も増えた。
ふとカウンター席を見ると、曲を聞きながらいつも一人でグラスを傾けているローガンの横に、眼鏡を掛けた、年はローガンと同じくらいの男が座っていた。あれは確か、少し前にローガンと一緒に湯屋に来たやつだ。
「お前がここに来るなんてな」
「ふんっ‥‥お前がダンジョンを踏破したせいで、研究を急ぐ必要がなくなったからな」
「へいへい、すいませんねぇ」
二人が何を話しているかは聞こえないが、俺なんかには分からない、重い何かを背負っているように見えた。
そんな二人に安易な言葉など無粋だ。俺はゆっくりとギターを鳴らす。
どんなに悲しく、暗い道を歩いていても、抗う必要はない。そのままでいいと、きっと何とかなると‥‥どこか優しい声がそっと囁いてくれる、そんな想いの曲だ。
二人の顔が、ふと和らぐのが見えた―――そんな時だった。二人と同じように酒を飲みながら聞き入っていた冒険者の一人が、意を決したように立ち上がった。大柄の男で、確か昼間にスライムのユズに大剣のクリーニングを頼んだ男だ。
「よし、決めた―――俺は冒険者を引退する」
突然の宣言に、そこにいた者達が目を丸くする。
「おいおい。どうしたんだよ、アッシュ。もう酔ったのか?」
苦笑いしながら声をかけたのは、ローガンだった。
「ずっと考えてたんだよ。冒険者なんて、いつまでも続けられるもんじゃない。俺もいい年だ。身体にもガタが来てる。Aランクまで来たが、そろそろ潮時だ」
他の冒険者達も、各々思い当たる事があるのか、ある者は目を伏せ、ある者はそっとグラスを傾ける。
このセーフエリアに来られるのは、中堅以上の冒険者だと聞いた。そのせいか、ここにいる冒険者達の年齢はわりと上の方だ。
「故郷に帰って、畑でも耕すさ」
「それなら‥‥ここでやればいい」
「どういう事だ?」
「お前さん、家族はもういないって言ってたよな? だったら、ここで畑をやればいい。俺やシアだって元冒険者だ。セーフエリアの中なら、畑を荒らす害獣もいない。それに、場所なら余りまくってるしな」
「そうか‥‥そいつはいいな!」
いつしかしんみりとした空気は消え、仲間の新しい門出を祝う飲み会へと変わって行った。
*
「おいおい、マジかよ‥‥」
いつものように、朝の掃除をしに来た俺とガルド。外に出ると、露天風呂スペースが拡張されていた。
そこには、陶器で作られたような、一人用の風呂が三つ並んでいる。
「うちは銭湯だってのに‥‥」
「シュウイチ、女湯にも同じ物があったよ」
「はぁ‥‥ったく、掃除するのも一苦労だな」
「キュ、キュ~!」
ユズが、任せろと言わんばかりに飛び跳ねる。
「ありがとな。でも、俺とガルドとユズじゃなぁ。開店時間を遅くするか‥‥」
正直、ここまでの規模の掃除はキツイ。最近はありがたい事に客も増え、タオルの洗濯も増えた。従業員を雇おうにも、ここに来るのはすでに冒険者かセーフエリアに住んで仕事を持っている連中だ。
それに、最近は女湯の方の客も増えている。一応注意書きを張ってあるが、何かあった時に俺やガルドが入って行けない。とは言っても、一人や二人増やした所で‥‥。
「キュ~~~!」
悩みながら掃除をしていると、ユズが空に向かって大きく鳴いた。
「な、なんだ?」
思わず見上げると、上からフワフワと綿毛が大量に降って来るのが見えた。
「ガ、ガルド! あれ何だ⁉」
「あれは‥‥フラッフィーだね」
「フラ?」
「フラッフィー。スライムの亜種で、毛に覆われてる。あまり害はないけど、昔、毛の乱獲で殆ど見なくなったって」
「大量に降って来てるな?」
「そ、そうだね‥‥」
そのフラッフィーと言うのが、まるで降り積もるように露天風呂に着地。ユズが近付くと、フワフワの小山がワサワサと揺れる。
「ユ、ユズ、大丈夫なのか?」
「キュ~!」
ユズが鳴いた瞬間、その小山が爆発したように散っていく。
「うわっ⁉」
そして、散ったフラッフィーたちが風呂の掃除を始めたのだ。
「え?は?」
「掃除してるね‥‥」
ガルドと一緒に呆然と見ていると、あっと言う間にピカピカになった。しかも、普段手の届かない壁や天井まで!
「凄いな‥‥」
「キュ~」
掃除が終わったフラッフィーたちが集まり、ユズが俺の肩に乗る。
「キュキュッ!」
ユズが触手を伸ばし、俺の目の前に小さな飴が入った袋を出して見せた。それは、俺が給料の代わりにユズに渡しているものだった。
「もしかして、フラッフィーたちに渡せばいいのか?」
「キュ!」
急いで受付に走り、個別包装の飴が入った袋を五つ引っ掴んて戻る。
「これでいいのか?」
袋を破り、フラッフィーたちの上にばらまく。すると、嬉しそうに飛び跳ね、一匹一個ずつの飴を持ち、ふわりと浮くとそのまま風に乗って飛んで行ってしまった。
「やれやれ、異世界ってやつはとんでもねぇな‥‥」
一瞬にして起こった夢のような出来事に、驚きと混乱が混ざり、後頭部を掻く。
何にせよ、これで掃除問題は解決してしまった。その日から、俺の朝の日課は掃除から飴撒きへと変わったのだった。




