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第二十話

第二十話



「暑い‥‥」


異世界に銭湯ごと飛ばされてから数か月が経った頃だった。

朝、暑さで目が覚めた。こっちに来てから季節を感じたのは、初めてだった。


「こっちにも四季があるのね」

「そうみたいだな」


リビングに行くと、龍之介も暑さで目が覚めたみたいだった。

そして、ガルドも汗だくで起きて来た。


「おはよう、シュウイチ、レイナ」

「おはよう、ガルド。ねぇ、ここってダンジョンの中なんでしょ? 四季があるの?」

「殆どないはずだよ。冬にセーフエリアに来た事もあったけど、あまり寒くなかったし」

「あら、そうなの?」

「ここの外は、今は夏のはずだから‥‥」

「季節的には合ってるのね」


俺達は風呂を掃除するついでにシャワーを浴び、それぞれの仕事へと向かった。

受付の奥でパソコンをいじっていると、ローガンがやって来た。


「珍しいな、こんな昼間にくるなんて」

「こう暑いと、汗も流したくなるさ」

「なあ、この暑さって大丈夫なのか?」

「俺も何百回とここに来ているが、こんなの初めてでな」

「大丈夫なのか?」

「今、シアとレステルが調査に出てる。二人が帰ってくるまでは、なんとも言えないな」


ローガンが風呂から出ると、いつものようにラムネを美味しそうに飲み干した。


「はぁ~、この暑い中で飲むと格別だな!」

「確かにな。俺もビールと焼き鳥で一杯やりたいね」

「びーる? やきとり? 何だそれ」


そう言えば、向こうの世界の食べ物を、ガルド以外に出した事なかったな。


「なあ、ここにバーベキュー‥‥外で調理できる場所ってあるか?」

「ああ、あるぞ。冒険者が外で野営できるように作ってある」


ローガンが指した方を見ると、ちょっとしたキャンプ場のようになっていた。

レンガで周りを囲っただけの焼き台や、キャンプファイヤーが出来そうな場所まである。


「いいな‥‥今夜、使えるか?」

「ああ、今日来てる冒険者たちは、皆宿に泊まるから大丈夫だぞ」

「よし、楽しみにしてろよ! あ、ドゥガンや他の人達にも声をかけておいてくれ!」

「お、おう‥‥」


困惑しているような顔のローガンを置いて湯屋に戻ると、さっそく準備を始めた。

冷蔵庫に入るだけビールを押し込み、焼き鳥やバーベキューの準備をしていく。

夕方になり、龍之介が帰って来ると、奴を引っ掴んで手伝わせた。そして帰って来たガルドを捕まえ、荷物を持ってキャンプ場に向かう。

肉を焼き始めると、匂いにつられて皆が集まり始めた。


「美味そうな匂いだ!」

「わぁ、美味しそう!」


ローガンやシアも手伝ってくれて、泊り客の冒険者達も集まってきた。

全員にビールの缶を手渡し、開け方をレクチャー。初めて見る缶ビールに驚いていたが、酒が入っていると言うと、明らかにウズウズし始める。

あちこちでプシュッ!と蓋が開けられる音が続き、歓声が上がる。


「みんな、いいわね―――乾杯!」

「乾杯!」


こういうのは龍之介が得意なので、押し付け‥‥任せておく。俺はビール片手に、黙々と焼き鳥を焼いていく。


「美味っ!」

「なんだこれ⁉」

「シュウイチ、こんなにも美味い酒と肉があるなら、もっと早く言え!」

「うるせぇ、こっちの食いもんも酒も美味いんだから十分だろっ」


等々、驚きの声に交じってヤジが飛んで来る。特に酒好きからは、もっと出せと煩いので、大きなクーラーボックスに水と凍りを入れ、酒の瓶やら缶やらを放り込んでおく。


「まったく、突然バーベキューなんて言うから驚いたじゃない」


龍之介が話しかけて来た。俺は焼き鳥を一串つまみ、頬張る。


「偶にはいいだろ」

「小学校のキャンプ思い出すわね」


周りを見渡すと、皆が楽しそうに談笑している。ドワーフやエルフ、獣人等―――あの時とはかなり毛色は違うが。


「ねぇ、アンタ昔ギター弾いてたわよね?」

「‥‥そんな昔の話、よく覚えてんな」

「そりゃ覚えてるわよ。高校の学園祭でもやったしね」

「ああ、あったな」


俺の少ない趣味の一つだった、アコースティックギター。大人になって湯屋を継いでからは、部屋の押し入れの中で埃を被っている。

高校の学園祭、今と同じようにキャンプファイヤーを囲んだ後夜祭で、やっぱり今と同じように龍之介に引っ張り出されたんだっけ。


「‥‥今も弾けるか分からねぇぞ?」

「いいじゃない。ちょっとくらい音が外れても、どうせここには知ってる人なんていないんだし」

「ったく、しょうがねぇな」


渋々という体を保ちつつ、自分の部屋に向かう。

押し入れを開けると、懐かしいギターケースを引っ張り出した。

埃をふき取って蓋を開けると、懐かしい木の香りが漂う。そっと持ち上げると、不思議と何をすれば良いか思い出す。絃を張り、音を調整していく。


「‥‥覚えてるもんだな」


ギターをケースに戻し、キャンプ場へと戻ると、皆それぞれ出来上がっていた。


「来たわね」


ニヤリと笑う龍之介に急かされ、丸太を置いただけの椅子に座る。


「なんだ、そりゃ?

「楽器か?」


やれやれ、あんまり注目されるのは好きじゃないだがな。

コードを探るようにゆっくりと絃の上に指を滑らせると、低い音が響き渡る。それまでのざわめきが止み、火が弾ける音だけが聞こえる。

かすれた声で、懐かしいカントリーソングを口ずさむ。それは、帰る場所を失った者ほど胸に刺さる旋律。


「~~~♪」


夕日とキャンプファイヤーのオレンジ色が混ざり、柔らかい空気が広がる。

ローガンが、伏し目がちに缶ビールを傾け、いつも騒がしいドゥガン達でさえ、聞き入りながら遠くを見つめていた。

歌詞の意味なんて分からないはずがないのに、誰もがしっとりと聞き入る。その旋律だけで胸の奥が静かになる。

曲が終わると、静寂に包まれた後、ポツポツとした拍手から歓声へと大きくなっていく。


「シュウイチ、すげぇな!」

「もっと聞かせてくれよ!」


お世辞にも上手いと言えない、つたない演奏。それでも皆が喜んでくれた事に、思わず頬を掻く。


「修一、次はあれね」

「へいへい‥‥」


龍之介の催促に苦笑いし、ケースの中からピックを取り出す。

リクエストはいつも決まってる。

独りではないと、傍にいるからと安心させるような、懇願するような歌。

炎が揺れ、音が夜に溶けていく。


偶にはこんな夜があってもいいだろう?


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