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第十九話

第十九話



朝、湯屋の暖簾を出していると、ローガンに声をかけられた。


「シュウイチ、ちょっといいか?」

「どうしたんだ、今日は早いんだな。風呂なら沸いてるぞ?」

「風呂は後で入らせてもらうが、俺と一緒に来てほしい」


そう言って、連れて来られたのは少し離れた場所だった。

大きな樹の下に、石畳と石碑みたいな物がある。


「シュウイチ、お前にこれを渡しておく」


そう言ってローガンに手渡されたのは、二つの腕輪だった。


「これって、この前のだよな?」

「そうだ。これでダンジョンの外に出る事ができる。お前と、もう一つはレイナの分だ」

「どうして?」


あの夜、俺は腕輪をいらないと言った。この世界の事は知らないし、魔法も使えない。剣を持って戦うなんて、今のところは考えられない。湯屋を離れても、俺には何もできない。


「セーフエリアとは言え、ここはダンジョンの中だ。何が起こるか分からない。他の者達は、元冒険者や戦える者達だ。もちろん、何かあればお前やレイナを守るつもりでいる。だが、万が一の事もある」


忘れそうになるが、ここはダンジョンの中だ。俺が出会った魔物なんて、スライムのユズくらいだ。だが実際、ここにたどり着く冒険者達は怪我をしている事が多い。リゼルの魔法で、千切れた腕が生えた時は腰を抜かしそうになった。


「一時でも、逃げる手段は必要だ」


ドゥガン達やシア、レステルやメルルでさえ、自力で戦える。もしかしたら、俺達が足手まといになるかもしれない。

そう思い、俺は腕輪を受け取る事にした。


「分かったよ、ローガン」

「そうか」


少しホッとしたような顔になったローガンから腕輪を受け取り、腕に嵌める。


「どうすれば良いんだ?」

「その石柱に腕輪をかざしてくれ。それで使えるようになるはずだ」


正直、かなりドキドキしている。ザ・異世界! 恐る恐る腕輪をつけた腕をかざすが―――何も起きない。


「これでいいのか?」


もうちょっと、光るとか音が鳴るとか期待していたんだが?


「おかしいな‥‥」


ローガンが自分の腕をかざすと、ほんのり光を帯びて石畳に魔法陣が淡く光る。


「おお!」

「もう一度やってみてくれ」


言われた通りにすると、魔法陣がスンッと消えた。え、どういう事?


『認証できません』


突然聞こえて来た機械音に驚く。


「もしかして‥‥シュウイチ、ちょっと来い」


連れて行かれたのは、冒険者ギルドだった。


「レステル、シュウイチの魔力量を測ってくれ」

「はい、こちらの板に手を乗せてください」


訳も分からず、とりあえず言う通りに手を置くが、何も変化がない。


「これは‥‥魔力がないか、検知できない程の微量と言う事になります」

「やはりそうか」

「おい、いい加減説明してくれよ」

「ああ、すまない。この腕輪は、持ち主の魔力を識別して登録されるらしいんだ」

「なるほどね‥‥」


これはたぶん、俺が異世界から来たからだろうな。しょんぼりと肩を落とすローガンの背中を叩く。元気づけるつもりが、叩いた俺の手の方が痛いんですけど⁉ どんだけ硬いんだよ!


「りゅ‥‥レイナは知らんが、俺は元々ここを離れるつもりは無かったし、そんなに落ち込むなよ!」

「だが‥‥」

「いざとなったら、風呂桶でも投げて戦うさ」

「そんなんじゃ、スライムにも勝てないだろ」

「マジか‥‥まあ、なんとかなるって!」


封印が解けかけた中二病心を再び封印し、ローガンを励ました。龍之介も後で試してみたが、案の定うんともすんとも言わず、持っているだけでもと押し付けられた俺達の腕輪は引き出しの中へと押し込まれた。


腕輪騒動から数日後、とうとう龍之介の理容室がオープンした。どうやって作ったのか、俺にとっては見慣れた回転灯が店先に置いてある。


「なんで床屋なんだ? お前、美容室で働いてたんだろ?」

「あたし、理容師と美容師、両方資格持ってるもの」

「へぇ‥‥お前、意外とスゲェんだな」

「見直した?」

「ミジンコ程度にはな」


中に入ってみると、ここが異世界だと言う事を忘れるくらい、向こうの床屋そのものだった。

髪を洗う台や椅子まである。


「さあ、座ってちょうだい」

「はいよ」


大人しく椅子に座る。

コイツがこの道に行こうと決めた頃、よく練習台にされていたのを思い出す。

俺は元々外見にこだわりは無かったから、多少失敗しても気にしなかったからだろう。

ケープを巻かれ、髪を洗われる。


「相変わらずのねこっ毛ね」

「そうか?」


髪を切り、髭を剃られ―――久しぶりに、かなりサッパリした。


「どう? 元カリスマ美容師の腕前は」


鏡の中の自分を見て、少し驚いたが、口には出してやらない。


「まあまあだな」

「アンタの「まあまあ」は、かなり良いって意味ね」

「よく言う。俺を練習台にして失敗しまくってたくせに。お前のせいで何度坊主頭にされた事か」

「アンタの髪が細くて誤魔化し効かなかったのよ! それに、大人しく座ってないからでしょ」

「客のせいにすんのかよ」

「お金もらってないんだから、客じゃないわよ」


ギャアギャアと言い合っていると、店のドアが開く音が聞こえて来た。

入って来たのは、ドゥガン三兄弟だった。


「一度だけタダで髪とヒゲを整えるって言ったら、建築代金、値引きしてくれたのよ」

「ちゃっかりしてんな」


椅子から立ち上がり、出口へと向かう。


「サンキュ」


それだけ言うと店を出たシュウイチ。その姿を見て、龍之介が目を丸くした後に嬉しそうにほほ笑んだ。


「‥‥お礼を言われたのは、初めてね」


龍之介の店は、セーフエリアを訪れる冒険者達に人気となった。特に女性冒険者からは重宝され、男性陣からも髭剃りが人気となっているようだ。

意外だったのは、獣の姿に近い獣人からも人気が出た事だった。

戦闘続きで鎧と毛が擦れ、毛玉が出来るとか‥‥。「あたしはトリマーじゃないのよ!」と、龍之介の叫び声が響いた。


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