第十六話
第十六話
嫌な予感ほどよく当たる。最初にこの言葉を言った奴を褒めてやりたいくらいだ。
龍之介は、こっちの世界に来たその日に全ての住人と話し、あっという間に溶け込んだ。
しかも、今じゃ俺よりもこの世界に詳しい。
「レイナ、こっちの確認してくれ!」
「今行くわ!」
レイナとは、龍之介の愛称だ。自称だが。俺以外が本名を呼ぶとブチ切れる。
あいつは所謂、同性愛者だ。自覚したのは中学の頃。初めの頃はかなり荒れて、何度も夜中に探し回っては首根っこを掴まえて連れ戻した。
高校に入る頃には落ち着いたのと引き換えに、あの喋り方になっていた。本人曰く、「顔につられて寄って来る女除け」らしい。父親はドイツ人、母親が日本人。
そして今じゃ、ドゥガンたちと肩組んで酒飲んでやがる。
「なんでお前が一番馴染んでんだよ‥‥」
「あ、修一も見に来たの?」
「見に来たって距離じゃねぇだろ。隣に店建てるとか‥‥金どうしたんだよ」
湯屋の隣には、湯屋によく似た日本家屋風の平屋が建設中だが。建てているのはドゥガン達三つ子だ。
「これよ、これ」
龍之介が腰をくねらせて見せて来たのは、美容師が腰に下げているポーチだ。
龍之介が落ちて来た後、露天風呂の中に彼の鞄が沈んでいるのを見つけた。たぶん、一緒にこっちの世界に来たんだろう。鞄の中には、服と商売道具―――それに、こっちの世界の金だった。計算してみたら、開業資金で貯めてあった預金全部らしい。
俺と似たようなもんか。まあ、俺は全部パソコンにぶち込まれてたが。
「どうでもいいが、ケツを振るな」
「可愛いでしょ?」
心底嫌そうに顔をしかめてやった。
「何よ、朴念仁」
「やんのか、中坊デビューが」
「あたしに勝てると思ってんの?」
「毎回俺にとっ捕まってたくせになぁ‥‥」
「ま、まあまあ‥‥」
お互い睨み合っていると、ガルドが仲裁に入る。
「大丈夫よ、ガルドちゃん。じゃれ合ってるだけだから♡」
俺達は、終始こんな感じだ。昔から。親友とか幼馴染というより、腐れ縁だ。
「お前、これ店だけだろ。住む所どうすんだよ」
「今のままで良いじゃない。ってか、あたしがいた方がいいでしょ?」
コイツは今、俺たちと一緒に湯屋の二階に住んでいる。
「あんな大雑把な料理食べてたら、身体壊すわよ!」
「うるせぇな! 不味くねぇんだからいいだろ。お前こそ、何で飯なんて作れるんだよ!」
「あたしは、祖母ちゃんから叩き込まれたのよ」
「そう言や、お前の婆ちゃんの飯美味かったもんな」
うちでは今、龍之介が料理担当をしている。正直、田舎の家庭料理でかなり美味い。俺みたいに、適当に野菜と肉をぶち込んで煮るか焼くかみたいなものとは比べ物にならない。
「お店が出来たら、一番にアンタの髪切ってあげるわ」
「適当でいいぞ」
「アンタって‥‥結婚しても、奥さんに「飯、簡単なもんでいいぞ」とか言いそう」
「‥‥何が駄目なんだよ」
「もしあたしに同じ事言ったら、顔面にカップラーメン投げつけるからね」
「なんでだよ!」
「簡単じゃない。お湯を注ぐだけでしょ?」
再び睨み合っていると、突然ローガンの声が聞こえて来た。
「痴話喧嘩か?」
「違う!」
「違うわよ!」
「息ぴったりだな」
「「違うって言ってんだろ!」」
全身全霊で否定しておく。龍之介も、思わず素が出るほどだ。
「ローガン、どこか行くのか?」
ローガンは、いつものラフな格好ではなく、初めて会った時の冒険者の恰好をしていた。
「ああ、ちょっとダンジョンにな」
「そうか、気をつけてな」
「ありがとな。行ってくる」
そう言うと、彼はダンジョンの深層に向かう方へと歩いて行った。
彼は現役を引退したとは言っていたが、まだ鍛錬は続けているらしく、偶に出かけている。ガルドやシア、ドゥガンたちも同じらしい。俺にはよく分からんが、彼等がダンジョンが好きだと言う事は分かる。
少しだけ寂しそうに見えたローガンの背を見送り、湯屋へと戻った。
*
数時間後、ダンジョン最深部、最後の扉。その前に、ローガンの姿があった。
「遅くなったな‥‥」
ゆっくりと、マジックポーチから出した花束を扉の前に供える。
そこはかつて、仲間と共に最後に戦った場所だった。
そっと目を閉じると、膝の古傷が疼いた気がした。
ふと魔法の気配を感じる。それは警戒すべきものではなく、懐かしい気配だった。
「お前も来たのか―――アルヴィン」
「当たり前だろう‥‥今日は命日だからな」
一人分の小さな魔法陣の中から、深い緑色のローブを羽織った中年男性が現れた。
メガネを指で押し上げ、その奥の眉間には深いシワが寄せられている。
かつての親友であり、戦友だ。
パーティメンバーは五人。命を拾ったのは、二人だけだった。
アルヴィンがそっと花束を手向ける。
「単独踏破したらしいな」
「宮廷魔術師様の耳にも届いたか」
自傷気味に笑うローガンの胸ぐらを、アルヴィンが掴んだ。
「‥‥何故、言わなかった」
「ただの、バカげた復讐だ。八つ当たりみたいなもんに、お前まで巻き込めなかった」
「俺だって、同じ事を考えていた! だから、魔法を極めて王国魔術師長にまでなった!」
ローガンの服を掴んだアルヴィンの手が、僅かに震える。それは、怒りと――恐れだった。
「お前まで失っていたら‥‥」
「‥‥すまん」
親友であり戦友。一人で、死地とも言える無謀な戦いに挑んだ。共に戦ってくれと――一緒に死んでくれと言われても、構わなかった。ただ一人、残されるくらいなら。
「貴様は昔から馬鹿だ。馬鹿にはポーションも治癒魔法も効かん」
アルヴィンの手から力が抜け、ローガンから離れる。
「口の悪い王国魔術師様だな」
「王国魔術師、長だ」
二人が手向けた花束が、まるで安心するようにダンジョンへと吸収されて行った。




