第十五話
第十五話
ドボォォォンッ‼
湯しぶきが、夜空にまで跳ね上がる。
「ぶっ―――⁉ な、なんだ⁉」
「キュウ⁉」
湯しぶきが治まり、現れたのは―――人⁉
うつ伏せの状態で湯に浮かぶ‥‥多分、男性。大柄で、しかもこっちの世界の服装ではなく、デニムとシャツ。
「お、おい! 大丈」
そこまで言いかけると、その人が勢いよく立ち上がった。
「ぶはぁ! ああ、もう! 死ぬかと思ったわよ!」
湯しぶきを上げ、湯に滴る前髪をかき上げる。
その声と顔を、俺は知っていた。
「お前‥‥龍之介⁉」
「あ? 誰だ、俺をその名前で呼ぶのは‥‥って、修一⁉ 修一じゃない!」
「ぎゃ! 抱き着いてくんな!」
力任せに抱きしめられ、アバラと背骨が悲鳴を上げる。この、バカ力め!
「おい、放せっ」
「シュウイチ?今、すごい音したけど‥‥」
「ガルド、良かった。コイツ引きはがし」
「えっと‥‥邪魔だった?」
「違うから!」
コイツが落ちて来た音を聞きつけて様子を見に来たガルドが、微妙な顔で俺達を見た。
「俺はそういうの、偏見ないからさ‥‥でも、もう少し場所考えようよ。せめて脱衣所とかさ」
「だたら、違うって! 龍之介、お前もいい加減放せ!」
「うるさいわね! どれだけ探したと思ってるのよ!」
「は? 探した? お前、東京のデカい店で働いてるって言ってただろ?」
「そうよ! やっと独り立ちできるようになったから、地元でお店を開こうと思ったの! なのに‥‥帰ってきたら、アンタどころか湯屋も無くなってるし! 誰に聞いても、いつの間にか無くなってたとか、訳わかんないわよ!」
湯屋ごとこっちの世界に来たから、元の世界の湯屋も無くなったのか。
「それなのに、アンタときたら! こんな所で呑気に風呂なんか入って!」
「いや、ここ一応、湯屋で‥‥」
「嘘おっしゃい! 湯屋に露天風呂なんかないわよ!」
「いや、まぁ、そうなんだけど‥‥」
どうやって説明したら良いんだ? 正直に言うか?
「キュ~!」
「何よ、変な声だして!」
「いや、俺じゃなくて‥‥」
ユズが湯に浮きながら、俺と龍之介の間に入って来た。
「何よこれ‥‥クラゲ?」
「あ~‥‥スライムのユズだ」
「は‥‥? スマイルの渦?」
両手でユズを掬い上げ、龍之介の目の前に付き出す。
「ス・ラ・イ・ム」
「キュ、キュ~!」
ユズが俺の手の上で飛び跳ねるのを、龍之介が呆然と眺める。
そして、何故か俺の頬を摘んだ。
「いってぇな! 普通、自分のでやるだろ!」
「嫌よ、痛いの嫌いだもの。ってか、スライム? あのゲームとかの?」
「そうだ。ここはな‥‥異世界らしい」
そう言うと、龍之介が俺を憐れみの目で見てきた。
「‥‥もっと早く戻ってこれば良かったわ‥‥」
「そんなに風呂に沈められてぇか」
「これからは、あたしがいるからね! あたしたち、幼馴染で家族みたいなもんじゃない!」
「はぁ‥‥」
コイツは昔っから、人の話を聞かねぇんだよなぁ。
「いいから落ち着け!」
ゴスッと音がして、俺のチョップが龍之介の頭にクリーンヒットする。
「とりあえず、来い」
痛がる龍之介を置いて立ち上がり、脱衣所に向かう。
「ガルド、俺の服を適当に持って来てくれるか? 二人分な」
「う、うん、分かった」
ガルドが持って来てくれた服を着て、龍之介を湯屋の外に連れ出す。
「な、なによ、これ‥‥」
外には、ドゥガンたちや、野営の準備や双狼の宿に入っていく冒険者達がいた。その中には獣人や、鎧を付けた二足歩行の大きなトカゲもいる。
「信じるか?」
「‥‥こんなの、まるで漫画やアニメじゃない」
「だよなぁ。一か月以上ここにいるが、俺もまだ慣れない」
「‥‥分かった、信じるわよ! ってか、アンタ、昔から致命的に嘘つくの下手だしね!」
「うるせぇ!」
「そうとなれば‥‥知ってる事全部吐きなさい!」
俺は龍之介に引き摺られるようにして湯屋の中に戻り、ここに来てからの事を全て話した。すると、パソコンの画面を見ていた龍之介が肩を震わせる。落ち込んでいるのかと思い、彼の肩に手を伸ばした瞬間だった。
「ふふ‥‥ふふふ‥‥」
「お、おい、龍之介‥‥?」
「いいわ‥‥やってやるわ!」
「は?」
「どうせアンタの事だがら、異世界でも食っていければいいくらいなんでしょうけどね!」
「お、おう」
「ほんっとに‥‥爺さんの代から欲が無いっていうか‥‥いいわ! こうなったら一蓮托生よ! あたしに任せておきなさい!」
いや、何をだよ‥‥と言う前に、龍之介はあっという間に外に飛び出して行った。
「嫌な予感しかしねぇ‥‥」
学生時代を思い出し、頭を抱えたくなった。




