第十三話
第十三話
新しくやってきたメルルは、リゼルと一緒に暮らし始めた。そして、ギルドの隣に俺達で言う薬局を作るらしい。
あれからと言うもの、日常になりつつあったドゥガンのプロポーズは止まった。
ローガンとシア曰く――潰れるまで飲んで、想いを断ち切ると言うよりは、飲み込んだらしい。そこまで一人の人を愛せるっていうのは、凄いなと感心した。
「あ、シュウイチさん、おはようございます」
「ああ、おはようさん。朝から外にいるなんて、珍しいな」
湯屋の暖簾を出していると、メルルに声をかけられた。
彼女は何と言うか‥‥薬草オタクだ。放っておくと、一日中何かの実験をしたりしているらしい。
「今から、薬草の畑を作ろうと思いまして」
「畑? ここで育つのか?」
忘れそうになるが、ここはダンジョンの中だ。俺は不思議なパソコンでなんとかなっているが、外からの供給が途絶えたら詰む。今は週一でリッツェルの雇った人間が物資を運んで来るが‥‥まぁ、いざとなればローガンやシアもいるし、自力で外には出られるだろうが。
「少し土の改良が必要になりますが、できますよ。草も生えていますしね」
「そう言やそうだな。でも土壌改良なんて、大変そうだな」
「そんな事ないですよ? 魔法でやれますから」
「あ~、魔法かぁ‥‥なあ、見に行っても良いか?」
ユズやダンジョン猫等、異世界生物はちょこっと見たが、魔法らしい魔法は見た事がない。
メルルは快諾してくれて、早速見に行く事にした。畑はメルルとリゼルの家の前に作るらしく、湯屋をガルドに任せてついて行く。
「私、他の魔法は苦手なんですが、植物に関するものだけは得意なんです!」
「いやいや、十分だろ。俺なんて、魔法どころか剣も無理だよ」
胸を張っていばれる事ではないが、異世界から来たからって、ウルトラ超人ってわけじゃない。
「私も剣は無理です。それに、得意とは言ったものの、偶に失敗してお祖母ちゃんに怒られるんですよぉ」
メルルの家の前に着くと、四角く土が掘り返されている場所があった。広さから言って、あの部分が畑になるんだろう。
「じゃあ、いきますね!」
メルルが地面に手をつくと、彼女の身体が僅かに光り始めた。そして、掘り起こされた土の部分も光り始めたのだが――。
「あ、あれ? おかしいな‥‥」
段々と光りが強くなっていく。そう言えば、さっき失敗がどうのって言ってたよな?
「お、おい、大丈――うわぁ⁉」
思わずメルルの肩に触れると、目が開けていられない程の光に包まれた。その光はメルルを中心として、一瞬でセーフエリア全体に広がる。五秒ほどだろうか、光が治まり、ゆっくりと目を開ける。
「メルル、大丈夫か⁉」
「は、はいぃ‥‥すみません、ちょっと魔法がちょっと暴走しちゃったみたいでぇ」
「身体は大丈夫なのか?」
「はい、問題ありません。すみません、驚かせてしまって」
「いや、俺は大丈夫だが‥‥魔法の暴走って?」
「範囲を畑に固定したはずが、セーフエリア全体に広がってしまったみたいで。ダンジョンの中だから、魔力が安定しなかったのかもしれません」
これが攻撃系の魔法だったらと思うとゾッとするが。
「まぁ、良かったんじゃないか? これで、何処を掘っても畑が‥‥」
そこまでいいかけると、地面が揺れ始めた。
「じ、地震⁉」
ダンジョンで地震⁉ 下手したら、生き埋めになるぞ⁉
「急いで避難を‥」
そう思った矢先、突然、地面から植物が伸び、タンポポが咲いた。
「え?」
そして次の瞬間、まるで至る所で何かが弾けるように地面が割れ、花や木まで生え始めた。
「な、なんじゃこりゃ⁉」
「はわわわ‥‥」
それまで草だけだったセーフエリアが、木々に溢れ、遠くの方には森まで見える。
「おいおい‥‥すげぇな」
地震に驚いたのか、皆が外に出て来た。
「なんじゃぁ、こりゃ!」
「どうなってんだ‥」
皆が驚く中、一人が猛スピードでこちらに向かって走って来る。
「メ~~~ル~~~ル~~~!」
「ひぃ⁉」
それは、リゼルだった。普段の動きが嘘のように、砂埃を上げ、鬼の形相で走って来た。それを見たリゼルが、俺の背に隠れる。おいおい、人を盾にすんな!
「この馬鹿孫! また魔法を暴走させたね!」
「ひぃぃ、ごめんなさいぃ!」
「ま、まあまあ、リゼルさん。落ち着いて。メルルも悪気はなかったんだしさ」
「悪気があったら、しばいてるよ!」
怖っ! 今にも杖を振り回しそうだな。
「こんな、見た事もないような植物まで!」
リゼルが杖で、近くに生えていたタンポポを指した。
「え?」
「あれも、あの木も!」
リゼルが杖で指したのは、イチョウに松――あ、今は葉だが、桜の木まであるな。
「ちょっと待って、リゼルさん」
「何だい!!」
「その花とか木を見た事が無いって、どういう事だ?」
「そのままの意味さね。長い事生きてるが、こんな種類の花も葉も、見た事がない」
え、マジ? 俺にとっては、見慣れたものなんだが‥‥。
「あ~‥‥ってことは、これ全部、俺のせいかも?」
「‥‥どういう意味だい?」
「俺にとっては、この花も木も、見慣れてるんだ‥‥俺、異世界から来たんだよね」
後頭部を掻きながら、リゼルに説明した。ある日突然、湯屋と一緒にここに来てしまった事。スキルやらなんやらは分からないが、ここから出た事が無い事。
「異世界ねぇ‥‥聞いた事はあるが、直接会うのは初めてだね」
「え? 俺の他にも異世界から来た奴がいるのか?」
「古い伝承に、少しだけ載っていたのは覚えている。それにしても、異世界か‥まぁ、色々と納得はできるがね。お前さんところの湯屋は、私でも見た事がないもんばかりだからねぇ。今まで不思議に思っておったが、そういう事か」
「それで、メルルの魔法が暴走しかけた時に、俺が彼女の肩に触れたから‥‥」
「まあ、その影響はあったかもしれないね。だが‥‥もとはと言えば、メルルが魔法を暴走させたのが悪い! 今回は偶々良かったが、部屋を吹っ飛ばされたらたまったもんじゃないよ!」
「いやいや、いくらなんでもそこまでは」
「店に研究所‥‥ここへ呼んだのも、職場の壁を吹っ飛ばして、町じゃ働く所が無くなったから呼んだんだよ」
おいおい、思った以上にやらかしてんなぁ!
「おまけに、自分でポーションを作って売ろうにも、直ぐに騙されるか壊すか‥‥」
「ああ~‥‥」
「だから、リッツェルに頼んだよ。店の運営や販売はリッツェルの所に任せて、この子は売るものを作るってね」
リゼルなりに、孫を心配しているのだと分かる。
「店ができるまで、魔法制御をみっちり叩き込んでやるからね!」
「ひぃぃぃ⁉ た、助けてください、シュウイチさん!」
「えっと‥‥頑張れ?」
「心配しなくても、MPが尽きたらシュウイチんとこの風呂に叩き込んでやるからね!」
「いやぁぁ!」
その日から、時折メルルの悲鳴がセーフエリアに響き渡るようになった。




