第十二話
第十二話
ドゥガンの初恋は、あっさりと砕け散った。
「わ、わわっ、待ってください~!」
転びそうになりながら、二足歩行の猫の後を追いかける、眼鏡を掛けた、三つ編みの少女。
息を切らせて、ギルドの前で立ち止まる。
「はぁ、はぁ‥‥やっとついたぁ」
湯屋の前で草刈り中の俺と目が合う。
「あ、あの~‥‥冒険者ギルドはどこでしょうかぁ?」
「あ、ああ、そこだけど‥‥」
少女の向こう側にある建物を指差す。
「あらまぁ、ありがとうございますぅ」
「冒険者‥‥じゃないよな?」
「ち、違いますよぉ! 私は――」
彼女が言いかけた瞬間、最早名物になりつつある、ドゥガンが診療所から外へと吹き飛ばされた。
「まったく‥‥毎日毎日、飽きないねぇ。おや?」
リゼルが杖をつきながら出てくると、少女の方を見た。
「おや、ようやく到着したのかい、メルル」
「お祖母ちゃん!」
そう言って、少女がリゼルに抱き着いた。
「「お祖母ちゃん⁉」」
同時に叫んだのは、俺とドゥガンだった。
「リ、リゼルさん、結婚されてたんですね」
「ああ、そうだよ。もうかれこれ五百年くらい前に亡くなってるけどねぇ」
「ご、五百年‥‥」
情報量多すぎだろ! ってか、あの二足歩行の猫はなんなんだよ! 可愛いじゃないか!
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはラブラブなんですよぉ。今も、指輪をネックレスにして大切にしてるんですぅ」
「そ、そうなんだ‥‥」
俺は、心の中で叫んだ。「もう、やめてあげて! ドゥガンのライフはゼロだ!」
恐る恐るドゥガンを見ると、彼がゆっくりと立ち上がった。そして、無言で背を向け、工房の中へと入って行った。
俺は、なんと声をかけて良いか分からず、そのまま見送った。
「シュウイチ」
「は、はい!」
リゼルに呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「聞いた通り、この子は私の孫のメルルだ。薬師をしている。薬草や植物なんかに詳しいから、困ったら言うといい」
「あ、ありがとうございます」
「メルル、彼はシュウイチ。そこの風呂屋の主だ」
「よよよ、よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
祖母には似ず‥‥と言うか、中身はほぼ正反対みたいだな。外見は、リゼルの若い頃ってこんな感じかなぁ、というくらい似ている。
メルルを見ていると、リゼルさんの方から冷たい空気が漂う。
「万が一手を出したら‥‥殺す」
「するわけないでしょ! 冗談はやめてくださいよ!」
勘弁してくれ! 俺に少女趣味は無い!
「それより、この子達は‥‥?」
二匹の二足歩行の猫が立っている。
「彼等はダンジョン猫さね」
「ダンジョン‥猫?」
「このダンジョンに住む一族だよ。気まぐれで、戦闘能力は低いが、その分危険を察知する事には長けてる。ダンジョンを知り尽くしているから、戦闘を回避しながらダンジョン内を移動できる」
「凄いですね」
思わず、大きなリュックを背負って冒険者のサポートをする猫が思い浮かんだが、どうやら違うらしい。
「殆ど姿を見せないから、見たら幸運になれる、なんて噂もあるくらいさね。こんかいは、メルルの案内役をたのんだのさ」
リゼルが猫達に麻袋を手渡すと、彼等はそれに頬ずりをした。
「何が入っているんですか?」
「木の皮だよ。ダンジョン猫はある木の匂いが大好きなんだ。ダンジョンの中で金貨なんざなんの役にも立たない。報酬として渡してるんだ」
「なるほど‥‥マタタビとか、かつ節みたいなもんか」
俺が呟くと、猫達の耳と尻尾が勢いよく立った。
「カツブシを知っているのかにゃ!」
「カツブシを知っているんだにゃ⁉」
「お、おう、知ってるぞ」
「「はわわわ‥‥」」
物凄くキラキラした目で見上げられた。
「ちょ、ちょっと待ってて‥‥」
急いで湯屋の中に駆け込み、パソコンを起動させる。
「本枯節‥‥あった!」
俺は、本枯節一本丸ごとを二本ポチった。すると、小さな箱が足元に現れる。急いで段ボールの蓋を開けて中を確認。余計な梱包を取り除き、和紙に包まれたその二本を持って猫達のもとに戻った。
「「こ、この匂いは!」」
「どうぞ」
「い、いいのか⁉」
「本当にいいんだにゃ⁉」
「ああ、いいよ」
一本ずつ渡すと、まるで聖剣でも受け取るみたいにして、両手で受け取る猫達。
「「はわわわ‥‥」」
「気にってもらえてよかった」
「お前、いいやつだにゃ!」
「いいやつだにゃ!」
「俺は修一だ。そこで風呂屋をやってる」
「ふろってなんだにゃ?」
「身体を洗ったり、温かいお湯に入る所だ」
そう言えば、猫って水に入るの嫌がるよな‥‥。
「温かい水に入る? 面白そうだにゃ!」
「次は、仲間もつれて来るにゃ!」
「おう、いつでも来てくれ」
猫達が帰って行くとリゼルが不思議そうに俺を見た。
「良かったのかい? カツブシなんて、高価なものなんだろう?」
「いやぁ‥‥俺、猫に弱いんですよねぇ」
実は、大の猫好きである。撫でまわしたくなる衝動を必死で堪えていた。二足歩行で喋る猫なんて、世界中の猫好きの夢だろう! 今度来てくれるって言っていたし‥‥ブラッシング用のブラシ買っておこうかな‥‥。
「猫の獣人娘、紹介してやろうか?」
「‥‥遠慮しておきます。こんなオッサンの相手なんて、誰もしませんよ」
「まだ若いのに、枯れとるのぉ」
年寄りがお節介なのは、どうやらこっちの世界でも同じらしい。




