第十一話
第十一話
朝、湯屋の暖簾を持って外に出ると、双狼の宿の隣に建設中だった冒険者ギルドが完成していた。
「おはようございます、シュウイチさん」
声をかけて来たのは、レステルだった。
「おはようさん。ギルド完成したんだな」
「はい、お陰様で! 私の家もあるんですよ!」
ギルドの裏に、二棟並んで家が建っていた。
「もう一つは、ギルドマスターの分です」
「ギルドマスター?」
「はい、その支部の長的な感じです」
「ああ、なるほどね」
支店長みたいなものか。
「今日くらいには来るはずなんですけど‥‥あ、丁度到着したみたいですね」
レステルが手を振ると、遠くの方から小さなお婆さんが杖をついて歩いて来た。
猫背気味の白髪が三つ編みにされ、まるで絵本に出て来るお婆さんのようにワンピースにエプロン姿。
「リゼルさん、お疲れ様です」
「まったく、ギルドも人使いが荒いねぇ。年寄りにこんな所にまで来させるなんて」
「回復魔法使えるギルドマスターなんて、リゼルさんくらいしかいないですからねぇ」
「えっと‥‥レステル、この人‥‥」
「ご紹介しますね! こちら、冒険者ギルド ダンジョン支部のギルドマスター兼診療所の回復魔法師、リゼルさんです」
マジか! ロッキングチェアーで編み物やってそうな、小さな婆さんが? ってか、耳が尖ってるんだけど‥‥。
「リゼルさんは、エルフなんですよ!」
レステルはそう言った後、こそっと小声で「絶対に年齢の事は言わないでください‥生きていたければ」と、かなり物騒な事を耳打ちしてきた。
いやいやいや、膝に猫乗せて、縁側でお茶飲んでそうな婆さんだぞ?
「リゼルさん、こちらがお風呂屋の「湯屋」を経営されている、シュウイチさんです」
「ど、どうも」
「ほうほうほう、あんたの事は聞いとるよ。もちろん、湯屋の事もね」
一瞬、背中に寒い物が走った気がした。うちの常連だった爺さんや婆さん達とは、空気が違う。
「なぁに、オイタしなきゃ叱ったりしないさね。病気や怪我があれば、いつでも来ると良い」
「あ、ありがとうございます」
思わず背筋が伸び、敬語になってしまった。
そんな俺の背後で、カランと何かが落ちる音と、小さな悲鳴が聞こえて来た。振り返ると、そこには顔面蒼白で固まったシアがいた。
「ん?お前さんは‥‥」
「いやぁぁぁぁあ!」
シアが、叫びながら脱兎の如く逃げだした。だが、その次の瞬間、何かがシアの背中を直撃し、そのまま地面に倒れ込んだ。しかも、「グエッ」とカエルが潰されたような声が響く。
「え? ええ⁉」
シアの背中には、リゼルがちょこんと乗っかっていた。どうやって移動したんだ?
俺が、意味も分からずポカンとしていると、双狼の宿からローガンが顔を出した。
「おい、何を騒いで‥‥ひぃ⁉」
リゼルの姿を見たローガンが、物凄い勢いで扉を閉めた。
「おやおや。昔、すこ~し鍛えてやったと言うのに‥‥私を避けるなんて、随分と偉くなったもんだねぇ」
リゼルが、どこにそんな力があるんだか、シアの首根っこを捕まえて引き摺りながら、双狼の宿へと向かって行く。その姿は、まるでホラー映画かファンタジーアニメの魔王だ。
次の瞬間、勢いよく扉が開かれ、俺の目には見えない速さで現れたローガンがリゼルの前に正座した。背筋をピッと伸ばし、冷や汗をかいているのが後ろからでも分かる。
「ご、ご無沙汰しております!」
「二人とも、生きてたみたいだねぇ」
「は、はい!」
「お蔭様で!」
リゼルが手を離したのか、シアがローガンの横に、同じように正座した。
俺の横では、レステルがニコニコとしながら、その光景を見守っている。
え、何これ、怖いんだけど‥‥。とりあえず、ローガンとシアの様子から、リゼルに逆らっては駄目な事は分かった。後でガルドにも言っておこうと、心に誓った。
*
リゼルが来てから数日後、このセーフエリアは少し変わった。
偶に聞こえて来るローガンとシアの叫び声と、ここを訪れる冒険者が現れるようになった事だ。
冒険者たちは上から来て双狼の宿に泊まり、うちの湯に入って疲れを癒し、帰っていく。
一度、骨が折れた重傷者が来たが、リゼルがあっという間に魔法で治して驚いた。
そして、そのリゼルは―――うちの常連に加わった。
怪我や病気なら魔法で治せるが、寄る年波には勝てないらしく、うちの風呂に入ると腰が楽だと言っていた。因みに、リゼルのお気に入りはジャグジー風呂だそうだ。
冒険者ギルドができて、ダンジョンで得たお宝や魔物の素材をギルドで買い取れるようにはなったが、レステルでは解体まではできないので、本部に応援を要請しているらしい。
色々と賑やかになってきて、ドゥガンたちも好きに作った武器がそこそこ売れているらしいのだが‥‥。
「リゼル、俺と結婚してくれ!」
ドゥガンの叫び声とほぼ同時に聞こえて来る破壊音。診療所の扉を壊しながら、ドゥガンが外に吹き飛ばされる。これがここ数日、一日に一度、毎日続いている。どうやらドゥガンはリゼルに惚れたらしい。二百五十年以上生きてきて、初めて理想の女性に出会えたのだそうだ。
「命が惜しくないのか‥‥」
「いや、無理だろ」
恋に年は関係ないが、ローガンとシアは別の意味でドン引きしていた。
肝心のリゼルはと言うと―――。
「うるさい! 治療の邪魔だよ!」
と言った感じだ。
そういや俺、最後に彼女いたの何年前だったっけ‥‥。




