第十話
第十話
「どうしたもんかねぇ」
「キュウ?」
「この世界に水質検査なんてあんのか?」
露天風呂の岩に座り、眺める。温泉みたいに硫黄の匂いはなく、色もない。どういう仕組みになってんのか、角に置かれた岩からは、滝のようにお湯が流れ込んでいる。因みに、女湯も同じ作りになっていた。
「キュ~!」
ユズが突然叫ぶと、俺の肩から飛んでお湯にダイブした。
「お、おい、大丈夫か⁉」
「キュ、キュ~」
慌てた俺を置いて、ユズはお湯の上をスイスイと楽しそうに泳ぐ。
「呑気だなぁ。物は試しだ、俺も入ってみるか!」
実は露天風呂、入りたくてウズウズしていた。客に出す前に、店主の俺が試さないとな!
いそいそと服を脱ぎ始めた所で、突然後ろから声が聞こえて来た。
「ユカワさん」
「うわぁぁ⁉」
思わず声が裏返る。隠すような身体じゃないが、ビックリして恐る恐る振り返ると、先程来たレステルだった。
「鑑定結果が出ましたので、こちらをどうぞ」
レステルはにっこりと微笑み、一枚の紙を差し出してきた。
「鑑定?」
「はい、もうしわけありません。冒険者や一般の方々も利用しますし、池や川もなく、魔石を使っている形跡もありませんでしたので、勝手ながら調べさせていただきました」
「いや、そんな事は気にしないでくれ。逆に助かるよ」
鑑定結果を見てみると、内湯にはHP微量回復や治癒効果小等の効能があり、露天風呂はMP微量回復に加えて状態異常の軽減効果があると書かれていた。
これじゃ、まるで温泉じゃないか。
「この備考って?」
「どうやらこの施設はダンジョンの一部となっているようですね。この外の風呂も、以前は無かったと近隣の方からお聞きしました」
「マジか‥‥」
ダンジョンの一部とか言われてもピンと来ないが、ガス、水道、電気等のインフラが使えるのは、どうやらそのせいみたいだ。
「ドゥガンさんたちの工房や宿屋では、上と同じく魔石を使われている様でしたので‥‥」
「魔石?」
「はい、水や火を出す魔石を‥‥って、知らないんですか?」
「あ~‥‥その、実はな」
俺はレステルに、この湯屋と一緒に異世界から来たと説明した。
「そんな事が‥‥どうりで、弱そ‥いえ、冒険者には見えないのに、何故ダンジョンにいるのかと不思議だったので」
「おい、今、弱そうって言いかけたよな?」
「あ、あ~、私、仕事があるのでぇ‥‥失礼します!」
レステルが中へと逃げるように去っていった。
「まぁ、俺はしがない普通のオッサンだからなぁ」
ギルドのお墨付きももらえたし、ドゥガンやローガン達に知らせに行くか、と立ち上がり振り返ると、腰にタオルを巻いたドゥガン、バルン、ドルン―――そして、ローガンが立っていた。横一列に並び、腕を組み無言で立っている。いや、何してんのお前等。四人は既に身体を洗った後なのか、濡れている。
「行くぞ!」
「「「おう!」」」
止める間もなく、四人は湯の中へと飛び込んだ。
タオルを取ってから入ったのは褒めてやるが、とりあえず「泳ぐなよ」とだけ釘を刺しておく。
「やれやれだな‥‥」
ってか、ローガン‥‥それは凶器だろう、と心の中で小さく呟いた。
*
重症だった冒険者達が回復すると、彼等を連れてリッツェル達が帰って行った。
そして今は、宿屋兼酒場――改め、「双狼の宿」の隣に、冒険者ギルドが建設中だ。
「ローガン、なんで双狼なんだ?」
シアが狼の獣人なのは分かるが、「双」と付いている。
「あ~‥‥それはなぁ」
珍しく歯切れの悪いローガンの背中を、シアがバシバシと叩いた。
「コイツの二つ名が、銀狼のローガン、だったからだよ!」
「やめろ、恥ずかしい」
「いいじゃないか! ローガンの武器が双剣だろ? そっから付いたんだ」
「‥‥へぇ、かっこいいじゃん」
二つ名とか‥‥若干、中二病っぽいと思ったのは、飲み込んだ。だが、ニヤニヤしていたのはバレて、ローガンに睨まれた。
ダンジョンの中とは思えない程に、平和だ。
その頃、地上の町ではちょっとした噂が冒険者の間で広がり始めていた。
「ダンジョンに宿屋ができたらしいぞ」
「ああ、聞いた。風呂屋もあるって。しかも、回復もできるらしい」
「マジかよ!」
「マジだって。それに、あの三つ子が工房をそこに移したんだと」
「ゲッ! 俺、今度剣を新調しようと思ってたのに」
「行けばいいじゃん」
「バカか! ダンジョンのセーフエリアだろ? あんなの、中級冒険者でもたどり着けるかどうかだぞ」
「だよなぁ。でも、一度は行ってみたいかもな」
そんな噂が、酒場で囁かれる。それは冒険者の間で瞬く間に広っていく。
火付け役は、もちろんリッツェルである。共に帰って来た三人組の冒険者パーティに、酒場で少し噂を流してほしいと頼んでいた。誇張はせず、自分達の体験した事を、少し話すだけで良い。
興味を持つ者、そこを目標とする新人冒険者、物見遊山感覚の上級冒険者‥‥客を呼び込むには十分だ。
「さて、忙しくなりますよ‥‥」
リッツェルが一人、書類を片手に悶えていた。




