3.レイン・アークライツ
「ボクはレイン・アークライツ。第一級代行者のひとりさ!」
レインは手足を拘束されつつ自信満々に胸を張ってそう答えた。
そんな姿をシュナーグは冷え切った目でじーっと見つめていた。
「な、何なんだその目は。まるで信じていないように見えるのだが?」
「見えるも何もそのとおりだ。お前みたいなちんちくりんが第一級? 見栄張るにしても状況を考えろ」
「ち、ちんちくりん?!」
シュナーグから発せられた自分への印象を耳にし、レインの心に鋭いナイフが突き刺さったような痛みを感じた。今にも泣きそうである。
「お前が代行者だということは百歩、いや1万歩譲って信じてやる」
「なんかめっちゃ譲歩されてる?!」
「それでも第一級というのは信じられん。お前、第一級が何なのか知ってんのか?」
「もちろんだ。代行者協会に所属する代行者の中で最も実力があると協会から認定されている代行者のランクだ」
代行者協会に所属する代行者は5段階でランクづけられている。
最下級の第五級は代行者登録したての、いわゆる新人代行者に与えられるランクで、代行者内では見習い扱いされている。
第四級は代行者登録してからいくつかの依頼を受け、実績を積み立てた時点で与えられるランク。それでも半人前といったところだ。
第三級になってやっと一人前扱いされる。全代行者のうち半数以上がこのランクであり、大概は第三級で引退することが多いと言われている。
第二級は全代行者のうちの1割程度を占めており、このランクになると実力者扱いになり、一般的に一目置かれるようになる。シュナーグも多くの盗賊を征伐したことで現在このランクを与えられている。
そして、第一級は全代行者の中でも一握りの代行者にのみ与えられるランクだ。第二級はあくまで常識の範囲内での実力者であるのに対し、第一級は遙かに常識を超えた超人。数多の実績と追随を許さない実力を持っていると代行者協会から公認されている。
その反面、一癖も二癖もある変人が多いと噂されており、一般的に警戒対象者とみられることも多い。
「つまり自分は代行者の中でも最高級の実力を持っている、と言いたいのか?」
「自画自賛みたいで少しこそばゆいが、事実だからしょうがな、ってうお!」
勝ち誇るような、照れくさいような表情で語るレインの体を、シュナーグはロングソードの鞘先で突いた。
すると身動きのとれないレインは自分の意思と関係なく丸太のようにゴロッと回転し、仰向けになる。
「何するんだ!」
「すまん。お前の態度を見てたら、なんか無性に腹が立ってな」
「ずっと失礼だよ、君は! これが人間相手にすることか!」
「だからすまんと謝った」
「その謝罪に謝意をまったく感じなかったんだけど」
「さて、自称第一級代行者のレイン君」
「自称はやめて! 本物だから!」
「さっきから言っているとおり、俺はお前の言葉を信用していない。お前も代行者なら身分証明の仕方ぐらい心得てんだろ?」
そう言うと、シュナーグは袖をまくり、肌が晒された右腕をレインの目の前にかざす。
そしてすべての意識を右腕に集中させる。
すると彼の右腕に紋様が浮かび上がり、緑色の光を放った。
「お前が代行者だというなら【刻印】ぐらい出せるだろ」
【刻印】、正式名称【代行者刻印】。
代行者登録する際に、代行者協会本部または支部で、特殊な魔術により全身に刻まれる紋様のことである。
通常時は無色透明で見ることはできないが、本人が意識を集中することで肌の表面に浮かび上がらせることができる。つまり、自分が代行者であることの身分証明となるのだ。
同時にこの刻印の浮かび上がる際の色でその者の代行者ランクを示すことができる。色は第五級から黒・赤・青・緑・黄である。もっと言えば、引退して登録解除されると白に光り、問題を起こして代行者協会から追放されると黒い紋様が本人の意思関係なく現れ続ける。
ちなみに代行者協会発足時は【代行者カード】と呼ばれるカードが配給され、それで身分証明をしていた。しかし、依頼を受けている最中に紛失したり、カードを盗まれて身分詐称の目的で利用されたりと問題が多数発生した。そのため代わりに発明されたのが【代行者刻印】である。
「刻印を出せ。そんだけ肌を露出してんだから脱がさなくても見えるだろ」
シュナーグは右袖を戻すと、レインの枕元で胡座をかき、レインの顔を見下ろす。そして、刻印を出すよう促した。
刻印の出し方は刻印を刻まれてすぐに教えられることで、十中八九数分でマスターできる。もしここで出せないとなると、代行者としての資質を疑われるほどのことだ。
「え、えっと……」
レインはシュナーグから視線を外し、目を泳がせる。
その姿を不審に思ったシュナーグはレインの頬を掴み、無理矢理自分の方に向ける。
「俺は正直お前が盗賊の一員だと疑っている。だからもしお前がここで刻印を出して盗賊でないことを証明できれば、安心してお前を解放してやれる。お前もずっと疑われっぱなしは嫌だろ?」
「それはそうなんだけどさ」
「じゃあどうして出さないんだ?」
「…………んだ」
レインは聞き取れないほど小さな声でつぶやく。
「あ? はっきり言えよ」
「……今は出せないんだ」
「出せない? どうしてだ?」
シュナーグに息がかかるほど近距離で睨まれると、レインはため息をついて渋々答える。
「【封魔薬】って知ってる?」
「ああ。一時的に体内の魔力を完全に封じ込める秘薬。潜入依頼をするとき、刻印が現れて代行者だとバレないようにするため、代行者協会から渡されるってやつだろ? 俺はそういった依頼は受けないから実物を見たことがないが」
「そうだ。実はボクが前に受けていた依頼というのがある貴族の邸宅に使用人として潜入するというものでね。その時に封魔薬を飲んだんだ。最後に飲んだのは3日前の昼頃。薬の効果は3日間だからそろそろ切れる頃なんだけど、まだ効果は続いてるようでね。数時間前に試したけど、どう頑張ってもまだ刻印が現れないんだ。だから、刻印を出して代行者だと証明できない」
「…………」
「け、けど、代行者だというのも、第一級であることも本当だよ! それは神に誓って本当だ! だから、ボクを解放して欲しい!」
レインの言葉を受け、シュナーグは顎に手を当て、しばらくの間黙考する。
封魔薬の存在は代行者以外に知られていない。それを知っているということは代行者、そうでなくとも代行者関係の人物だろう。
ただ封魔薬の情報は門外不出である訳ではなく、どこかから聞いた可能性もある。
(情報源が元代行者の集まりである【白虎の尾】で、こいつが奴らの仲間だから知り得たのだとしたら……。代行者か、盗賊の仲間か。五分五分だな)
シュナーグは苦い表情を浮かべつつ、ため息をついた。
「やはりお前の言葉をすべて信じることはできない」
「そ、そんな~」
「まあ、奴らの一味だと断定できない限り、お前に手を出すつもりはない。すまんが、しばらくそのままでいてくれ」
「………ちなみに、いつになったら解放してくれるのかな?」
「そうさな。お前が刻印を出せるようになったら確認して解放してやれ、とこの村の奴らに伝えておく。お前が本物の代行者なら今日中には自由になれんだろ」
シュナーグは立ち上がると、ロングソードを腰のベルトに差し込む。
「だからボクは本物の代行者だって! ……ん? この村の人に伝えるって、まるで他人事みたいな言い方するね。君が確認して解放してくれるんじゃないの?」
「俺は今仕事の最中なんだ。本当ならこんなところでお前の相手をしてる時間だって惜しい。封魔薬の効果が切れるまで待ってられるか」
「そういえば、盗賊がなんとかって言ってたね。もしかして、盗賊征伐の依頼かな?」
「ああ。このあたりを荒らし回ってる【白虎の尾】という盗賊団の征伐だ。お前をここに連れてきたのもお前が奴らの仲間かも知れなかったからだ」
「なるほどね」
「だが、その可能性が限りなく低いとすれば、これ以上お前にかまうのは時間の無駄だ」
「限りなく低いなら、すぐにでも解放して欲しいんだけど……」
「ゼロじゃない限りは一応な。後のことは村の奴らに任せて、俺は先に行く。じゃあな」
「ちょっと待ってくれ!」
踵を返し、蔵から出ようとするシュナーグをレインが呼び止める。
「なんだ?」
「生き倒れているところを助けてくれた君にボクは報いなくてはならない」
「ああ。気にすんな。お前を助けるつもりなんて微塵もなかったから」
「そういうわけにもいかない。ここで君を行かせれば、それは第一級代行者の恥だ。是非とも恩返しをさせてくれ」
「恩返しって、お前に何ができるんだよ?」
「何ができるって? それはもちろん君の仕事の手伝いを……」
「代行者の旦那! 大変です!」
レインが何かを言いかけたとき、蔵の扉が勢いよく開かれた。
扉を開けたのは村人の男。彼は走ってきたのか、息を切らしており、血相を変えていた。
「どうした? なんかあったのか?」
「しゅ、襲撃でさあ! おっかねえもん持った奴らが突然村に入ってきて!」
「……ちっ!」
シュナーグは一つ舌打ちをすると、扉に突っ立っている村人を強引に突き飛ばし、蔵を出て行く。
代行者刻印は特殊な技術によって全身に刻みます。
タトゥーや入れ墨のように痛みを伴いませんので、老若男女だれでも安心して代行者になれます。
まあそれを怖がるぐらいなら代行者には向いていないんですけどね。
この度はお読みいただいてありがとうございます。
もし面白いと思われたら是非「いいね」を押してください。




