第十八話「零れゆく命」⑩
*
時は、天空から超大な光線が落ちたところまでさかのぼる。
「あの光……」
神楽夜は青きアーキグスタフのままレジーナの<エスクード>に肩を貸し、その身を起こしたところでそれを見た。
「宇宙からだな……」
レジーナが厳めしく睨み上げる傍ら、
「城のほうだ」
と、神楽夜はその軌跡をたどって顔つきを険しくする。
するとそこへ、土を踏みしめるグスタフの足音がひとつ聞こえ、彼女らはそちらにがばと顔をねじ向けた。
果たしてそこにいたのは、闇夜に赤い眼光を輝かせる黒いゼルクであった。
「養父、さん」
もはや忌々しくそう言う娘に、灯弥は黙したまま睨み立つ。
虎視眈々とした養父からは、いまだ諦めの色は見て取れない。どんな手段を使ってでも、繭の中身であるこの機体を取り戻す気だ。
神楽夜は目を逸らすことなく静かに、肩を貸すレジーナから身を離しはじめる。
いま攻め込まれれば、手負いのレジーナを抱える以上、競り合うことは難しい。それ以前に灯弥は、レジーナに狙いをつけるやもしれない。あの男にとって、アービターはもう障害でしかないのだ。
神楽夜のその動きに巻き込むまいとする意を汲み取ったレジーナは、
「カグヤ……?」
と、彼女に真意を問うまなざしを向ける。
その矢先だった。レジーナは突として鋭い衝撃に押し弾かれ、体の側面を地に擦りつけながら転倒した。
直後、爆音が数度、轟く。
なにが起きたかは推し量るまでもない。
「カグヤ!」
焦燥に駆られた顔ですぐさま上体を起こせば、目の前には青い機体の背中がある。その向こうに垣間見えるは、灯弥駆る黒いゼルクだ。
互いに繰り出した右拳を突き合わせ、親子は剣呑な空気のなか力を拮抗させる。
だが、
「……っく」
やはり養父のほうが上手であった。脚の開き、腰の入れ――どれを取っても娘には甘さが残る。神楽夜は目つき鋭く歯を食いしばるが、少しずつ圧されだした。
そんな娘に、灯弥は問い詰めるように言葉を紡ぐ。
「見ただろう、カグヤ。あの男はなんのために死んだ? 命を賭して敵を退けたところで、そんなことは、大半の連中は知りもしない! 何食わぬ顔で生きていくだけだ! それでいいのか!」
「黙れッ!」
神楽夜はいまにも喉笛を食いちぎらんとする虎のごとき形相で吠えるや、自ら力の拮抗を解き、養父の拳を弾いて殴りかかった。けれども黒いゼルクはすぐさま飛び退く。
再び開いた両者の間合いはおよそ二百メートル。しかし神楽夜は追うことなく、突き出した拳を胸元に寄せ、視線を伏せた。
「ようやくわかった。あんたは子供なだけだ。自分が選んだくせに、守りたいものも守れなくて、それを誰からもわかってもらえなくて、ただ拗ねてる、そんな餓鬼畜生だッ!」
叫び上げたその刹那、神楽夜は視界がぐらりと暗転し、その身が宙を舞ったのを自覚した。
視線を向ける間すらない。
口を閉ざした灯弥は無表情で瞬きもせず、目の前のモノを粉微塵に殺し尽くすべく拳を振るう。顔、腹、胸――宙に浮いた神楽夜の体を、あらゆる方向から殴り、蹴りつけてくる灯弥の猛攻は、ただただ冷たかった。
邪魔だから。意見が合わないから。言うことを聞かないから。純粋で幼稚な、これこそが暴力であると、神楽夜は思い知る。
その脳裏に、
――理をもって力を御す。
と、アレスの背中が現れて消えた。
(そうだ……)
世界を変革させるといっていくら己を正当化しようとも、そこに理はない。この男が導くさきはただの混沌だ。強者を排斥した弱者だけの世界を創り出し、そこに繭という地上の存亡をかけた問いを投げる、実に馬鹿げた話である。
その結果、たとえ養父の言う弱者すべてが強者に変わったとしても、待っているのは、きっといまよりも寒い世界だ。
誰もが強者であるがゆえに、誰かを頼るわけでも、誰かを守るわけでもなく、ただ己ひとつで事足りる、そんな寂しい世のなかである。
――愚かでなければ手は取り合えないんだよ。
そこに至り神楽夜はもうひとつ、その言葉を思い出した。
(愚か、だからこそ)
みな愚か者だと言ったあの男は、もしかしたらそれを言いたかったのだろうか。類稀な知性を持つために賢く生きようとする人類は、やがてその知性ゆえに、それこそあの男が例えた神のように、誰も必要としなくなるのか。ならばきっと、個として完成したがために、生きる意味すら、なくすことだろう。
だとすれば。
(そんなの……悲しいだけだ)
潜らせていた意識を浮上させ、神楽夜は鉄拳の嵐にさらされながらも、しかと灯弥を睨み見た。対する灯弥は悪鬼のごとき剣幕で、滞空したまま娘を殴り続ける。
「ただ力があるというだけで、俺たちは繭と戦わされた! ノーを突きつけてもよかったんだ。それで世界にうしろ指を差されようとも、この命はほかでもない自分だけのものだ。誰に咎められる!」
まるで過去の己を殴りつけるかのようなその言動に、
「だったら!」
と神楽夜は突として切り返すが、繰り出した拳は空を切る。そして、
「だったら『いま』はない!」
と、すかさずその腕を掴まれ、背負い投げの要領で地面へと叩きつけられた。
背中から受けたその衝撃に身を跳ねさせた神楽夜は、五臓六腑をいっぺんに撹拌するかのような壮絶な痛みに目を白黒させ、声にならない悲鳴を上げる。
しかし、悶え苦しんではいられない。間髪入れず、上空から追撃する灯弥の蹴りが迫り来る。神楽夜は歯を食いしばって身を捻り、仰向けの状態から横へと飛び退いた。
間もなく着地した灯弥の周囲は閃光を放って爆裂する。頑強であるはずの山肌はいとも容易く陥没し、周囲に巨大な岩石を飛び散らせた。
飛散するそれを躱しながら体勢を立て直す神楽夜だが、息つく暇なく<ゼルク・ネイキッド>は間合いを詰めてくる。
「俺たちが戦っていなければ、いまごろはもっと多くの者が行き場を失っていただろう! 限られた土地で肩を寄せ合うしかない、地球の人間どもは!」
苛烈さを増す養父の拳はもはや目視では追いきれない。しまいには腹を盛大に蹴り抉られ、青いアーキグスタフは一瞬のうちに更地の際まで飛ばされた。
「カグヤ!」
レジーナは叫びながら己の無力さを呪った。察したのだ。このふたりの戦いに割って入ることなどできないと。
手負いだからというわけではない。単純に持ち合わせていないのだ。彼らと拳を交えるに足る主義というやつを。
神楽夜は地面に何度も体を打ちつけ転がった挙句、腹を下に倒れ伏す。しかし彼女は、すぐさま機体を軋ませながら身を起こし、養父に炯眼を射った。
だが灯弥が、それと視線を交わすことはない。
「力ある者に頼り、自ら動こうとしない世界。まるで他人事だ。そいつらにしてみれば、平和のために誰かが死んでも、画面越しに見るドラマとなんら変わらない。繭を止めるためにサクヤが犠牲になったことも、救われた連中にとってはどうでもいいことだ!」
灯弥は両の拳を握り締めた。
「それでいいのか? かけがえのない命を捧げて、この報い……いいわけがない!」
募り募った無念をようやく喚き散らしたと思いきや、
「いいんだ。これは、僕が望んだことだ」
続く朔夜の言葉に、彼は驚愕するあまり目を見張るしかなかった。
「なぜそんなことが言える!」
激情を振り撒き問い質せば、
「だって、姉ちゃんは生きてる。――父さんも」
息子は迷いなくそう断ずる。
そのたったひと言に、灯弥は二十年前のあの日を思い出し、小さく息を呑んだ。
自分はもう終わっていくものだから。このさきに続く長い時間を、どうか、生きて欲しい。
願わくは――自分がいた、その証として。
そんなありふれた想いをつないで、この世界は続いてきた。
親から子へ、人から人へ。まるで灯火を託すように、紡いできた。
あの日――。
黄金の繭と戦った二十年前のあの日。自分を庇った澄澪は、閃光のなかで儚げに微笑んでいた。
彼は、その意味を受け取ることが、怖かった。
認めれば、受け入れてしまえば、自分は――生きることしか、選べなくなる。
生きて欲しいと。彼女が見つめた最後の希望を、自ら閉じることなどできようはずがない。
だが、それでは足りないのだ。そう、意味がない。
あの時守られた者たちは、彼女たちの死から学ばなければならない。二度とこのような悲劇を繰り返させないよう考えるのが筋であろう。
それを促すことこそ、生き残った自分の責務である。そのために白銀機関の基地を襲撃し、繭の正体につながる手がかりを得ようとした。連合の基地を襲撃してまわったのも、地上の支配者たるかの組織の勢いを削ぎ、求める世界の礎を作るためだった。
(……はずなのに)
この少年は自らを犠牲にして、それでいいと言ってのける。
強者も弱者もない。そこにあるのはあの日の澄澪の想いと同じ、純なる願い、ただそれだけである。いままた巡り合ったその心情に、灯弥は言葉を失った。
そこへ、
「許せなくなっただけなんじゃないの」
と、同情の色を帯びた娘の声が突き刺さった。それは、親子の戦いを見守るレジーナも同じだった。
青いアーキグスタフはすでに立ち上がり、黒いゼルクを睨みつけている。
「人は間違うものだから――だから、誰かと一緒がいいんだ。独りで生きられるなんて、そんなの……自分しか見てない。あの頃の私と同じ。ただ生かされているだけだよ」
「ああ、そうとも。生かされているさ。贖罪のために、生きている。――カグヤ。過去があるから、人は過ちを正せるんだ。過去がないお前にどうしてそんなことが言える? 絶望と破壊が次の再生を呼ぶと、なぜ信じられない?」
灯弥は徐々に苛立ちをにじませた。
すると、
「――私は、いま生きてる」
娘は毅然として言い放った。
「なに?」
「信じてないのは養父さんのほうだよ。だって、誰とも手を取り合おうとしてない」
その言わんとするところを見定めようと、灯弥は睨みを深くする。
神楽夜は続けた。
「世界は、ひとりで作ってるんじゃない。養父さんが言ったことだ。そこに生きるみんなで作ってるんだ。だから、誰も置いて行っちゃだめなんだ!」
「ハ! ならば俺たちはどうなる。世に尽くし、時代に負けていった者たちは誰が救う!」
続けて灯弥は、粛々と口を開いた。
「……求めていた。スミレたちを犠牲にして救われた世界。しかしその犠牲は無駄だった。無駄にしてしまった! 世界は、危機が迫れば力ある者に押しつけ、急場を凌ぐだけなのだから……! 誰もが平等で、互いに手を取り合えたなら! 彼女を亡くすことは、なかったはずだ!」
叫ぶなり、灯弥駆る<ゼルク・ネイキッド>は跳んだ。瞬く間に間合いを詰め、烈火のごとく拳の雨を娘に浴びせる。
その猛打は、まるで悲しみを振り払うかのようだ。即座に応じた神楽夜は、打ち込まれるそのことごとくを躱し、打ち返しながら叫んだ。
「きっとそれだって、つないでいける!」
――この世は輪っかなんだ。
そう言ったのはほかでもない、この男である。
けれど。
「一時のものだ! 人間は慣れる。慣れてしまう。そして忘れるんだ。――結局、傷を負った者だけが苦しみ続ける!」
灯弥は娘の拳を躱しつつ、その顔面めがけ、容赦ない正拳突きをめり込ませる。それでも神楽夜は、
「憎み続けたところでッ!」
と懸命に切り返した。
が、
「お前に言われる筋合いはない!」
やはり師であるこの男には届かない。
反撃を受け損じた神楽夜は、鼻と口から赤々とした鮮血を飛び散らせた。
しかし、その時である。
「いいや、あるッ!」
神楽夜は即座に踏み止まり、勢いに負けて仰け反った上体をバネのごとく引き戻し、
「私はあんたの子だ!」
再び神速の拳を打ち放った。
それがついに、男の反応を超える。
「ぐッ!?」
よもや顔面へ打ち込まれるとは。頭蓋を揺らす衝撃と切り返された驚きに、灯弥は目を剥いた。
あまりのことにうしろへ数歩よろめき、殴られた左頬を右手の甲で撫でながら、娘を怪訝に見やる。
そして、息を呑んだ。
(装術――!)
自分を殴り飛ばした娘は、家の庭ではじめて正拳突きを放った時と同じ格好で、立っている。まとうその青き機体を、金の光で縁取りながら。
そこに、荒々しさは微塵も感じられない。静謐で、潤沢な、研ぎ澄まされた気迫がその身から放たれている。
娘が漂わせはじめた並々ならぬ覇気に、灯弥は刮目した。
が、神楽夜は静かに拳を下ろし、構えすらも解く。
何事かとさらに訝しく娘を睨みつけると、神楽夜は視線を、胸元に寄せた右拳に落とした。
「過去はあってもなくても、その人を縛りつける。……ようやくわかった。だってこの世界は、今日という過去の積み重ねだから。その一瞬を――つなぎ託したいまを、みんな問い続けながら生きてる。これでいいのかって……考えながら、生きてるんだ」
そう言う彼女の脳裏には、これまでたどった旅路が思い出されている。救えるかもしれなかった命が、友の呼び声が、思い出されている。
それは確かに、己が歩いた軌跡だ。痛みも悔恨も当然ある。しかしこの世が輪だというのなら、そこで得たものは、いったいどこへ持って行けばいいのだろうか。輪のなかにいる限りどこまで行っても、それこそ養父の言うように、変わらないままではないのか。
(――だったら)
神楽夜は握り締めた己の拳から、向かい立つ養父へと視線を持ち上げた。
「確かにこの世は輪っかかもしれない。でも! 私は、そんな閉じた世界は嫌だ!」
そう。廻り廻るのもこの世の常であろう。けれど、誰かに託して続く未来はきっと、見果てぬ夢のように遥かなはずだ。
「限りある命だから……私たちはつないで、生きていく。自分のあとに続くものがあるって、そう思えるから、救われる」
娘が続けるその言葉に、灯弥は妻の散りざまを、レジーナは眼下へと落ちていく父の姿を、それぞれ幻視した。
わかっていた。これから死にゆくというのに、なぜあんなに穏やかな笑みを浮かべられるのかを。
それはきっと、いま神楽夜とともに立つ朔夜も同じであろう。
ゆえに、
「養父さん。いや、威武灯弥! お前がやろうとしていることは、自分の過去に報いるためだけの贖罪でしかない! そんなことをしたって、誰も救われたりなんかしない! なにも変わらない!」
気炎をあげてそう断ずる娘に、この男はようやく、妻の最期の言葉を呑み込んだ。
――生きて。
「だからッ!」
次いで神楽夜はかっと目を見開き、渾身の闘気をみなぎらせた。
「その苦しみも、果たせなかった思いも! ――全部、私が持って行く」
並々ならぬ決意とともに大いなる慈悲がにじむその言に、威武灯弥はまるで実の子の旅立ちを見送るような、悲喜こもごもとしたまなざしを向けた。
次いで、
「だって」
と言葉をつないだ娘は、
「養父さんが生きたから、いま、私たちはここにいる」
そう、己の父をしかと見た。
男は、小さく息を呑んだ。
憎かった。妻を死に追いやった己の未熟さが憎かった。数多の犠牲から目を背け、のうのうと続くこの世界が憎かった。
そんな世界でも、この娘は生きようとしている。英雄でもなんでもないのに、背負うと言っている。
それは、男にとって望むところではない。そうならないために、男は行動を起こしたのだ。自分や妻のような英雄まがいの犠牲者を生み出さないために、そんな世界を彼女らに残さないために、世界に問いを投げようと思ったのだ。
だのに――なぜか。
男の脳裏には、娘たちを拾った夜に見た、風に揺れる一輪のすみれの花が思い出されていた。
「――ならばその覚悟、問わせてもらおう」
灯弥は粛々と告げるなり腰を落とし、半身で構えを取った。
かつて鳳凰の守護者が編み出したと伝わる古の武技、<鳳鱗拳>。指先をそろえた右の手のひらを天に向け、盆でも持つかのように目線の少し下で突き出したその構えは、鳳凰を象ったものであるといわれる。指先をそろえて右肩に寄せる左手は、数多の命を抱く翼だ。そこには不殺生の精神が宿っているとされる。
その流派を、娘も正しく継いでいる。
「応とも!」
威勢よく言い放つや、同じ構えを取った。
そして、
「打ち貫くは、我が拳ッ!」
両者とも寸分のずれなく咆哮し、灯弥は紫電にて、神楽夜は金色の輝きにて全身を覆いはじめる。
向かい合う親子を離れて見守るレジーナは、ふたりが高める神々しき気迫に固唾を呑んだ。その間にも、双立する気炎の具現はたちまち膨らみ、あたりを呑み込んでいく。
やがてふたつの覇気がぶつかった、その刹那。
「王覇ッ! 撃装!!」
「皇覇ッ! 烈装!!」
神楽夜と灯弥は同時に目を見開き、両腕で十字を切りながら闘気を爆発させた。そこからすかさず左半身を前に出し、突き出した左手で間合いを計りつつ、腰に溜めた右拳に闘魂を込める。
それを、両者は全身全霊を捧げた渾身の絶叫とともに打ち出した。
叫ぶその名は、鳳鱗拳。門派の名を冠せし、最終奥義というに相応しい究極の一打である。
親子の雄叫びが尾を引くのも束の間、その間合いは瞬時に詰まる。両者は勢いのまま真正面から激突するかに思われたが、拳を突き合わせる寸前、地を抉り天を裂かんとする衝撃と閃光を伴って、拮抗した。
均された山肌は砕け、雲が渦巻く頭上の空へと、天変地異のごとく昇っていく。
突き出された拳のさきでは身にまとう闘気が弾き合っている。激熱を帯びたそのせめぎ合いに、神楽夜はおろか灯弥でさえも、伸ばした腕を震わせる。
力は互角。なれど、研鑽を積んだ年月には大いなる差がある。
「んぐぅうッ!」
血眼となった娘は歯を食いしばり、とうとう足腰にまで及び出した震えに耐え足掻くが、やはり遠く及ばない。
いくら理想を掲げようが、結局のところ己はこの程度だ。歩んできた日々が、積み重ねた心が、歴然として違う。鍾馗が口にした「芯がない」という言葉、まさにそのとおりである。
(く……!)
向かい合うあの男を見れば、厳めしくも平静さを損なわぬ面でいる。
思えばこの男は昔からそうだった。多くを語らず、いつもなにを考えているかわからない、そんな男だった。
しかしそんな男がただひとつ、言葉に託したものがある。
――この世は輪っかなんだ、カグヤ。
途端に思い起こされたその声に、神楽夜ははたと目を見開いた。
そして、
「理をもって力を御すッ!」
やにわに叫ぶや右拳を開く。
意図が見えぬその動きに、灯弥は訝しく刮目した。
すると、自身に向けられたその手のひらに、どこからともなく光の粒が集まりはじめる。やがて光は、金色の輝き放つ青いアーキグスタフの全身を覆い、胸の<ネビュラ・クォーツ>を一層激しく輝かせる。
その光がなにか、男はすぐに看破した。しかし有無を言わさず、娘は叫ぶ。
「すべては廻る! この命さえッ!」
そう、すべては廻る。命も、自然も、この星も。
いま、威武神楽夜が集めし極光は、星が放つ命の光。
そこに生きるからこそ触れられる、大いなる力の奔流である。
それを超大な気弾と変えた娘は、突き出していた右の拳と入れ替えるように左の拳を前に出し、同時に右半身を下げた。その拳にも同じく、遥かなる星の力が蓄えられている。
重ねられた気弾は光輝燦爛とし、対峙する灯弥の視界を覆い尽くす。
そこへ、神楽夜は凄絶なる咆哮とともに右拳を打ち出した。
たちまち閃光と化した青き機体は、呆気に取られる黒いゼルクの右拳を突き砕き、その脇をすり抜ける。尾を引くはオーロラじみた光の帯と、いつか見た金の粒子だ。
そのさきで、神楽夜は空手よろしく十字を切る。それから間を置かず、背にした養父は膝から崩れ落ちた。
しばしの沈黙が、荒野に降りる。
と、
「――その信念、私の拳で打ち貫く」
神楽夜は背を向けたまま、しめやかにそう言った。
「打ち貫く……ハ、我ながら、妙なことを教えたな」
頭を垂れたまま灯弥が応じると、
「ああ。――あなたに、教わったんだ」
娘は懐かしむように答えを返す。
その言に灯弥は心なしか満足そうに鼻で笑うと、
「そうだったな」
と、穏やかに瞼を下ろした。
決着はついた。もう、男に争う心はない。
妄執から解き放たれた古き者は、ただ、次代を築きし者を見送るのみだ。
(これで、いいんだよな――スミレ)
瞼の裏によみがえる妻の安堵に満ちた微笑みに、灯弥はこみ上げるものを噛み殺す。
その矢先である。
再び天空から、さながら光の柱が降り立つがごとく、荷電粒子の膨大な閃光が注ぎ落ちた。狙いは日本海――ハウトマンの指揮のもと布陣する、連合艦隊に対してである。
「あの光は――」
夜を裂くその閃耀を、灯弥は忌々しげに睨み上げた。
いまこの時、宇宙からこの地めがけ、あれだけの砲撃をする者がいるとすれば、それはひとりしかおるまい。
(ショウキ……!)
あの男が去ったあと、城のほうから妙な飛翔体が打ち上がったのもある。もはや推し量るまでもない。
同じく彼方の空へ目をやっていた神楽夜は、不意に立ち上がった黒いゼルクに、わずかな用心をもって首をねじ向けた。なにをする気かと怪訝に見れば、ゼルクは全身を青い光の粒子で覆いだしている。<アストラル・シフト>の前兆だ。
「養父さん!」
まさかと思い呼び止めるが、
「お前たちはここにいろ。けじめをつけてくる」
灯弥が深刻そうに告げた直後、黒いゼルクを包む青い光はたちどころに輝度を増し、その姿は瞬く間に掻き消えた。
(けじめ――?)
神楽夜は怪訝に眉根を寄せ、漂う光の残滓から夜天へ顔を持ち上げる。
その横顔に、
「宇宙に行ったのか」
と、レジーナは訊きながら歩み寄った。
それに神楽夜は「たぶん」と返し、顔をうつむかせる。
――けじめをつけてくる。
養父のその言から想像できるのは、ただひとつ。
「……老師を止めに行ったんだ」
それ以外ない。神楽夜は半ば確信を持って口にした。
「追おう、姉ちゃん」
「サク……でも、あれじゃヴェントゥスは」
言いつつ城があったほうへ目を凝らせば、あれだけ存在感を放っていた京都白城は跡形もなくなっている。見えるのは、この夜においてなお黒々とした大穴だけだ。あれでは、地下に安置したとされるヴェントゥスが無事とは思えない。
だが、
「こうしていてもはじまらない。城に行くぞ。イネッサたちのことも気になる」
ここはレジーナの言うとおりである。
神楽夜はさきに跳んだ彼女の背に首肯すると、明かりの消えた街を目指し、大地を蹴った。




