第十八話「零れゆく命」⑤
片や病院から北へ一キロ、住宅街を戦場とする九垓らの戦いは、やや一方的な流れになりつつあった。
「くそ!」
攻めあぐねる九垓は、どこからともなく襲い来る二本の牛刀を躱し、そう毒づく。その手の内は一度経験したとはいえ、死角から次々斬りつける挙動は、いくら戦慣れしたこの男でも手に余る煩わしさだ。
刃を捌くうち、九垓駆る<風雷>は徐々に孤立を深めていく。だが、グラディアートル本体と対峙するイネッサたちには、そちらへ割く余力などない。
建ち並ぶ家屋の存在は、間合いを詰めにくくさせるにひと役買っていたのだが、それがもはや形無しなのだ。グラディアートルは増した質量を存分に活かし、住居を蹴散らして強引な攻めを通してくる。数を減らす気なのは明らかだ。
その状況を凌ぎきるのは、近接格闘に自信のある九垓ならまだしも、手負いのふたりには厳しいものがある。
「イネッサ!」
敵の右側三百メートルに位置取ったマシューは、怒号を上げながら操縦桿の引金を引く。同時に、機体が構える長砲身の滑腔砲から、二百ミリの砲弾が射出される。発射の衝撃に空間が鳴動した途端、弾は瞬く間に怪物の右脇を捉え、爆炎を上げた。
目下、敵の狙いはイネッサにある。九垓を足止めできているいま、次に脅威となる彼女を除こうとするのは道理だ。ただの人間が操るグスタフなぞ何機いようが、この怪物には関係がない。
その考えを肯定するかのように、グラディアートルは砲弾の直撃を歯牙にもかけず、イネッサの<ハイドランジア>へ決然と突撃をかける。
「く……」
マシューは歯噛みした。これでは加勢に来た意味がない。
せめて注意をこちらにも向けさせねば。その思いで再び照準を絞るが、
「兄貴ッ!」
突として駆け抜けた九垓の叫びに、マシューははっとするや否や、機体を側転させた。
刹那、その場に巨大な牛刀が突き立ち、消える。
「厄介な!」
からくも躱したマシューはそれを睨み、ただちに機体の体勢を整えようと操縦桿を動かした。
が、
「ぐっ」
ここにきて、下っ腹に激痛が走った。不意のことに思わず身を縮めたマシューの動きが止まる。
それを、怪物は見逃さなかった。
一瞬たりとて弾丸飛び交う戦場で動きを止めれば、それは即刻、死を招く。
熟知したその摂理が脳裏を掠め、マシューは苦悶に歪む顔を勢いよく跳ね上げる。そして、その目を戦慄に見開いた。
足を止めたグラディアートルがこちらに向ける、その分厚いはさみの内部から、いままさに荷電粒子の熱線が放たれようとしている。
「ちっ!」
いまさら跳び退いたところで間に合わない。唾棄すべき失態にマシューが睨みを鋭くした、その時。
突如、地面から間欠泉のごとく湧き出た水柱によって、グラディアートルの巨体はうしろに仰け反るようにして持ち上げられた。当然はさみも上を向き、ツノのものとは比較にならないほど極太な、真っ赤な熱線が夜空を裂いた。
怪物はわずかに後退し、浮き上がったその身を地響きとともに大地へ据え直す。続けて傍らを厳しく一瞥すれば、そこには、倒壊した住居の合間に立つ<ハイドランジア>の姿があった。
険しい顔つきのまま肩で息をするイネッサは、グラディアートルに向け左手を突き出した格好を崩さない。マシューの窮地を救いはしたが、それは一時的なものだ。安堵するにはまだ早い。この劣勢を打開する手立てを早急に考えねば、そう遠くなく全滅するのは自明である。
しかしこの怪物が、そんな間を許すはずがない。
(なに――)
怪訝に眉根を寄せたイネッサの前で、グラディアートルは背後に伸びる尾の上面を、まるで箱を開けるかのように、節ごとに左右へ跳ね上げはじめる。そしてなかから、無数の黒い鉄球を放出した。
それと同時に、九垓は牛刀の脅威から解放される。彼は襲い来る刃が忽然と姿を消したことを受け、
「今度はなんだ!」
と、グラディアートルの異変にしかめ面をねじ向けた。
怪物の周囲には、両肩付近に戻った一対の牛刀のほか、直径ニメートルほどの黒い砲丸がいくつも滞空している。残火に照らされるなか、時が止まったかのように空中で静止するそれらは、滑らかな曲面に鈍い輝きを宿すのみで、まるで得体が知れない。
その様子を正面に捉えていたマシューは、やがて鉄球の表面に生じた変化に、
「――目、だ」
と愕然とした調子でつぶやいた。
途端、黒い砲丸は次々と赤い光を点しだす。闇夜に浮かぶ黒い眼球に、まるで光彩のごとく現れた赤き光は、一斉にぎょろりとマシューを見据えた。
「もはや貴様らと交わすこの言葉すら煩わしい。疾く失せよ。それが、貴様らができるせめてもの贖罪だ」
怪物の憐れむようなその言を合図に、眼球は宙を滑るように移動し、咄嗟に散開した九垓らの機体に素早くまとわりついた。
突如襲い来る牛刀に比べ、視認してから間に合う分、対処はまだしやすい。だがその物量は、いくら腕や得物を払えども到底落としきれる数ではない。すぐに追いつかなくなる。
ほどなく、機体の表面にその光彩を押しつけられた九垓とイネッサは、焼き印を押されるような激痛に絶叫した。
あろうことか眼球は、機体のなかに入ろうとしている。その痛みは、素肌に無理やり熱球を押し込められるようなものだ。機体と痛覚を共有しないマシューは、
「クガイ! イネッサ!」
と、ふたりの差し迫った様子に名を叫ぶが、他人の心配をしていられる状況でもない。乗機はすでに、眼球が押しつけられた部位から溶解がはじまっている。
(動かねえか……!)
九垓は制御を失った自身の機体に焦燥した。なんとか四肢を動かそうにも、手を握ることすらままならない。
機体のなかに入り込もうとしている眼球はおそらく、操縦者の意識とそれを機体に仲介する<ネビュラ・クォーツ>との間に干渉している。
「愚かだな、ニンゲン。いくら足掻こうとも貴様らは所詮家畜だ。ゆえにその醜態。生かされていることを理解できぬ愚か者の末路にふさわしい」
侮蔑を込めて言い放ったグラディアートルは、左右に開かれたままのツノの先端に、赤光を放つ巨大な荷電粒子の球体を形成する。その大きさは、生成する怪物の巨体すら呑み込まんとするほどだ。
解き放たれれば、この一帯が焦土と化すだろう。だが、広がりゆく毒々しい輝きを苦々しく睨みつける九垓たちには、なすすべがない。
万事休すか。
そう思われた矢先だった。
「ぬッ――!」
どこからか一発の砲弾が滑り込み、怪物の頭部に直撃した。砲弾は着弾と同時に炸裂し、赤い稲妻を蓄えるツノを内側から爆散させ、わずかにだがその巨躯をひるませる。
その一瞬が転機となった。本体の守りを固めるべく、眼球が離れる。
「狙撃!? 日本軍か!」
身の自由を取り戻した九垓は弾道をなぞり、そちらを睨みつけた。
目を凝らせば、病院の屋上に伏せ、長い砲身を持つ迫撃砲の狙いを定める日本軍のグスタフがいる。
その腹のなかで、
「あた……当たった!」
と、はからずも命中させた剛三郎は歓喜の声を上げた。
少年の歓声は機体に備えられた拡声器によって、戦火広がる京都の街中へ響き渡る。
その声を聞いたマシューは、
「ゴウザブロウか……!」
と驚きを交えてつぶやき、敬愛するアニキに至っては、
「あいつ」
と喜ばしげだ。が、九垓の視線はすぐさま厳しく背後へと振り向けられた。
火煙を斬り裂いて現れた敵の頭部は、赤き六つ目のうち四つが砕け散り、雄々しきツノもひしゃげたありさまである。けれども、すでに修復ははじまっていた。それも尋常ならざる早さでだ。
(まずい!)
九垓は再び病院へと首をねじるなり、ただちに叫んだ。
「逃げろッ!」
しかし一歩遅く、再生したグラディアートルのツノから閃光が放たれる。
咄嗟にイネッサが射線上に分厚い氷塊を生み出すが、それでも軌道はわずかに逸れる程度だ。
「あ――」
剛三郎は瞬きをするだけだった。
秒とかからず届いた赤い熱線は、機体が伏せた病院を屋上から易々と両断し、爆裂させる。
「ゴウザブロウッ!」
またも叫ぶ九垓の声は虚しく夜空に残響する。
その背中に、怪物は怨念のこもった声で、
「貴様らの在り方は欲にまみれ、生かされていることも知らず驕り高ぶり、虫ケラのように貪り食う愚物そのものだ!」
と急速に顔面を修復し、吐き捨てる。
「てめぇ……!」
それに九垓は怒りの眼光を振り向けるが、
「ここは退きます」
と、続けてイネッサの口から予想だにせぬ言葉が飛び出し、不服そうな顔を今度は彼女へねじ向けた。
そこで九垓は気づく。
方角にして西、京都白城の向こうから、日本軍の増援が大挙して押し寄せてきている。
この化け物を三人で食い止めるのはやはり無茶だ。引き際として、いまを逃す手はない。日本の連中には悪いが、策を練る時間も欲しい。
有無を言わさず濃霧を発生させたイネッサは、水龍とともにマシューの機体を連れ、彼方へと姿を眩ます。彼女の真意を汲んだ九垓も、渋々それに続いて白霧に呑まれた。
「フン……まあいい」
どのみち、彼らに活路はない。この島国を見捨て、己の命だけを考えて逃げない限りは。しかしそれができぬ者らであるということを、この怪物は承知している。
グラディアートルはおびただしい数の足を波打つように動かし、空陸を埋め尽くさんと隊伍を組んで来襲する日本軍へ、機体の正面を向けた。




