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第十八話「零れゆく命」③

「シランさま、急ぎ支度を」

 御剣(みつるぎ)麟寺(りんじ)が険しい顔つきで京都白城の一室に飛び込めば、紫蘭(しらん)はすでに臨戦態勢の構えで待ち構えていた。装いは藤色の小振袖に紫紺(しこん)馬乗袴(うまのりばかま)と普段どおりではあるが、たすき掛けをし、なんなら髪もうしろで結わえようかというところである。

 彼女が待たされていたのは、日本に帰還した神楽夜たちが通されたのと同じ応接間だ。警備がしやすいよう、従者とともに待機させられていた彼女は、

「遅いぞ。して、敵は」

 と、黒革のソファに背筋をぴんと正して座したまま、大男を睨み上げる。その眼力は、幾度か暗殺の受難を乗り越えてきただけに、歳不相応に鋭い。

 だが、さきを促された大男のほうもそれは見慣れたもので、

「城の東側に一機、ショウキから報告のあったグスタフがおります。すでに近衛が随分と減らされました」

 と、さして驚くこともなく、その(つら)に苦々しいしわを刻む。そして、

「いまはアービターのひとりが応戦しておりますが、状況は芳しくありません。万が一に備え、地下へ」

 そう移動を促した。そこならばこの目立つ城よりも頑強で、なによりマスドライバーで脱するための艦もある。

 この時、麟寺のもとにはまだ、マシューと九垓が加勢した事実は伝えられていない。しかし、たとえそれを知っていたとしても、大男の取る行動は変わらなかっただろう。いくら一国の主とはいえ、白神(びゃくしん)も紫蘭も子供である。この災禍を招いた責を大人の身勝手で負わせるなど、御剣麟寺に許せるはずはない。

 ここまで担いできてなにをいまさら、というのは本人もわかっている。唾棄すべき矛盾だ。けれども、否やだからこそ、どれほど都合がいいとうしろ指をさされようとも、彼ら兄妹には生き延びてほしいという思いが(まさ)った。

 管制室とは依然、連絡がついていない。が、それで退路を断たれたと考え、白神や紫蘭をこの場に残しては、見えぬ敵の思うつぼであろう。ゆえに大男は、主力をもって反撃に出る腹である。

「兄上は下か?」

 紫蘭はソファから腰を上げ、護衛の従者たちとともに麟寺の前に立つ。すると麟寺は、

「いえ、こちらに」

 と答えながら道を開けた。

 驚き混じりにそのさきを見やれば、軍刀を腰に携えた物々しい数の兵員に囲まれ、実兄の白神がこちらに視線を送っている。だが兄は妹の姿が見えてもなんら反応を示さず、ただ静かに事の成り行きを見守るだけだ。

「さきに行かせなかったのか?」

 紫蘭は怪訝に大男を見上げた。この非常時、国家元首たる兄から退避させるのが筋であろう。

 疑問に煙る紫蘭の顔つきを見た麟寺は、その巨躯を屈めると、彼女の耳元に般若と揶揄される顔を寄せ、

「どうやら、不逞の輩が紛れ込んだようで……」

 と、神妙に事態を伝えた。

 当然、紫蘭の顔は険しいものになる。

「なに?」

 そう横目に問うた途端、一同は城全体を大きく揺さぶる横揺れに襲われた。

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