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第十六話「つなぎ託した『いま』だから」㉒

「繭……!」

 イネッサはジックに支えられながら、右目を押さえ愕然とする。

「覚醒の時だ。この世界の。新たな秩序の!」

 そう歓声を上げる灯弥に、

「やらせぬ!」

 と、どこからともなく黒いグスタフが懐に飛び込んだ。まるで忍装束の者をそのままグスタフとしたような、そんななりの機体である。

 残像を残し、数多の拳を繰り出すそれを睨み、

「その姿は久しいな、ショウキ!」

 と灯弥はどこか心を躍らせる調子で叫んだ。

 その言葉どおり、

「その役割は貴様が負うべきではない!」

 忍のような機体から放たれる声は、鍾馗のそれだった。

 そして打ち出された拳を、灯弥は受け止める。

「では誰がやる! 言ったはずだぞ。誰かが壊さなければ、この世は多くの無能を抱え込んだまま、膨れ上がるだけだ!」

 灯弥は受け止めた鍾馗の拳を払い、掌打の嵐でもって切り返した。飛び退いた鍾馗はそれを懸命に避け、払い続ける。

「選ばれし者の使命だ! 貴様が選んだ道であろう!」

「そうだ。選んだのは俺だ。それが間違いだった。だが! 俺たちがアービターにさえ選ばれなければ、そも、そんな選択はあり得なかった!」

 その時、鍾馗は拳を弾こうと持ち上げた左腕がうまく動かず、焦りに一瞬、目を見張った。引き裂くような痛みとともに動きを止めたのは、九垓の蹴りを受けた腕だ。

 鍾馗は瞬時に思考を切り替えて受け流すことを諦め、突き出された拳をもろに左腕で受けた。途端、腕の痛みを飲み下すように喉奥で短く唸り、顔をしかめる。

 灯弥の突きの威力は凄まじく、鍾馗の機体は左腕の装甲を破裂させ、内部の骨格を露出させながら、大きく後方へと弾き飛ばされた。

 それでも転倒することなく、黒いグスタフは青い炎が残る左腕をだらりと垂らし、右半身で構える。

 が、体の内側から焼くような痛みに鍾馗はついに堪えかねた。

 黒い機体は、その身を包むように素早く流れる白い数字の羅列が現れたかと思った矢先、閃光を放ち、鍾馗の姿へと形を変えた。

「いまのは……」

 そのさまに唖然としたのはジックだけではない。これまで幾度か同じような光景を目にし、その者らに命を狙われてきたのだから当然である。

 激しく咳き込みながら片膝をつく盟友を見下ろし、ゼルクは頭上を行く繭の光を浴び、顔にかかる影のなかで赤い眼光を輝かせる。

「運命だの使命だの……そんなものはあとづけだ。なにかにつけて理由が欲しい輩が吐く戯言でしかない」

 そして灯弥は頭上を仰いだ。

「そんな得体の知れないものに動かされてたまるか。ここは人間の国だ。人間がいるから、そんな考えが生まれるんだ」

 そこで鍾馗は、灯弥から突として熱が消えて行くのを感じ、怪訝に眉をひそめた。

 灯弥は口端を笑みに歪める。

「――そうだ。人間がいるから……守らねばならぬような弱者がいるから、力ある強者がいるから、この世界は歪むんだ」

「トウヤ、貴様」

 そう睨み上げた鍾馗に、天を仰いでいたゼルクはゆっくりと顔を戻す。

「はじまりに返ったほうがいい。強弱の別なく、すべての人間が、真に対等である世界からやり直すんだ。それこそ、俺を――スミレたちを死に追いやった、この星の人間どもができる、唯一の償いだ!」

 灯弥は怨念を吐き出すように叫んだ。

 その矢先、

「それは違う!」

 朔夜を抱きかかえた神楽夜が現れた。

 車の制御を奪うことなど、朔夜がいれば造作もない。神楽夜の足であれば、ここまでたどり着くのも容易いことである。

 しかし、なにゆえここに現れたのか。

「カグヤ……! 馬鹿者ッ! 城にいろと――!」

 すぐさま鍾馗の怒号が飛ぶが、神楽夜は構うことなく朔夜を地面に下ろし、前に出る。

 そして、

養父(とう)さん、あんたは間違ってる!」

 とゼルクを指差し、炯眼を射った。

 そのうしろで朔夜がゆっくりと両腕を挙げる。掲げられた手のひらは、空を行く青い繭を、さながら受け止めようとするかのようだ。

「まさか――」

 その様子を目にした鍾馗は、どくり、と鼓動が激しくなったのを感じ、同時に己のうちに湧き上がった激しい衝動に青筋を浮かべた。

(それは、ならん――)

 胸中に放ったその言葉は、果たして誰に宛てたものだったか。

 鍾馗の右手が小刻みに震えだす。そして、それがおぼつかない動きで腰のうしろにまわされ、そこにある短刀にゆっくりと伸びた。

 鍾馗のその変化など知る由もなく、神楽夜は養父(ちち)に迫り続ける。

「あんたが言ったんだ、この世界は輪っかなんだって。つないでいくことが人の営みなんだって。その果てにいまがあるんだ。誰かが誰かを守ってつないできたからこそ、いまがあるんだ! そこに生きた人の想いを、苦しみを、嘘だとは言わせない。嘘にしてなるものか!」

 立ち向かえる力もなしに毅然と言い放つ娘の姿に、灯弥は憎たらしく鋭い眼光を射った。

 だが退くことはない。脳裏によみがえるアルマの笑みが、この旅路が、神楽夜の背中をさらに押す。

「だから!」

 神楽夜がそう吠えた途端、上空の青い繭に異変が生じた。繭はほころびはじめたその表面から数多の光の筋を発し、時折、全体から青い波動を放出する。

 繭から放たれ強まっていく青い光条に、灯弥はわずかに動揺の色を浮かべ、それを見上げた。

「行くよ、姉ちゃん!」

 弟の叫びにすぐさま姉は呼応する。

「リンケェェェジッ!」

 そう叫んだ直後だった。

 左から迫り来たおぞましい気配にはたと首を振り向けた神楽夜は、視界の端に駆け抜ける黒い人影を捉え、それを追ってさらに身をねじった。そして視界に飛び込んで来た受け入れがたい現実に、その赤い(まなこ)を吃驚に見張り、間髪入れず、悲痛につんざく叫びをあげた。

「サクヤァァァッ!」

 神楽夜の悲鳴が夜を斬り裂くそのなかで、繭が放つ光を逆光に浴び、満面の笑みを浮かべる朔夜の頭が――宙を舞った。




 つづく

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