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第十四話「生きて」⑥

 爆発かと勘繰るほどの轟音と逆巻く突風、そして砂地から生えるように突き出る岩盤。さらに、夜空に残る雲は渦を巻いている。そのいずれもが、拳を交えるふたりの気迫が引き起こした現象というのだから、神楽夜はすくみ上がるほかない。同じくそれを見つめる剛三郎と、階段の途中で振り返ったアルマも言葉を失っている。

 灯弥と鍾馗の戦場に陸も空もあったものではない。疾駆していたかと思いきや突として跳び上がり、技の応酬を繰り広げる。拳の連打はあまりの速さに腕が消えていると錯覚するほどで、時折混ぜられる蹴り技は空気を破裂させ、よもや空間さえも斬り裂くのではという冴えである。

「そう、もはや容赦はせぬ!」

 鍾馗は灯弥を蹴り落し、数本のクナイを投げ放つ。しかしそれらは落下する灯弥に当たることなく、彼の横を抜けて行く。ただの追撃ではない。それがなにを意味するのか知る灯弥は一層厳しく目を見開き、着地から間髪入れず跳び退こうとした。

 だが、彼が地を蹴るより早く、砂地に突き立てられた五本のクナイは即座に紫電を走らせ、互いを結び合う。その中心に立つ灯弥の身は、鎖のごとく伸びた紫電に絡みつかれ、すぐさま締め上げられた。

 そして地に現れる円に収まった星印を見て、神楽夜は既視感を覚えた。

(あの技……)

 クラドノでアレス・ヴァールハイトが放った技によく似ている。思えば鍾馗は、アレスが自身の師だと言っていた。

 神楽夜が見つめるさきで、クナイの柄から鍾馗の手元へ伸びる鋼線が月光に煌めく。それは、滞空する鍾馗が手首を返すとより緊張を高めた。

 途端、砂地に描かれた五芒星の輝きは直視できないほどに強まる。陣は底のない異空間へ場を引きずり込むような歪んだ音を立て、そこに収まる灯弥を見えないなにかで上から圧しはじめる。

 上体を稲妻に縛られた彼は、首に筋を浮かべて懸命に堪えた。その頭上から落ちきたる鍾馗は、

「なぜ無駄にする!」

 と吼えながら、腰のうしろから抜き放った短刀を逆手に握る。

 夜光に閃いた刃はさながら(いかずち)のごとく駆け、灯弥に迫った。が、間合いが詰まり切るその寸前、灯弥は自らの足に気を集中させ、それを足の裏から地中へと解き放った。

 突如、大地が波を打って隆起し、たちまち陥没したかと思えば、今度は砂が爆裂して立ち昇り、鍾馗の視界を遮る。言わずもがな、五芒星の陣を形作っていたクナイはすべて宙を舞った。

「ぬ!」

 やむなく地に降りた鍾馗は、着地したそばから射抜くように迫りきた殺気に顔を険しくした。

 その読みどおり、砂風を突っ切って拳が迫る。

 灯弥の不意を突いた渾身の一撃は、確かに鍾馗の腹を穿(うが)った。

 しかし、

(分身か――!)

 そこにあった鍾馗の姿はぐにゃりとねじ消える。突き抜けてたたらを踏んだ灯弥がはっと周囲に視線を走らせれば、砂煙のなかには、腕を組んだ鍾馗の影が五つ立っていた。

 五体の鍾馗は各々、多様な手段でもって灯弥に襲い掛かる。腹を蹴り穿とうとする者、背後から組み伏せようとする者、さらには、逆さに宙を舞いながら短刀で斬りつけてくる者までさまざまだ。

 灯弥は活路を頭上に見出した。狭まる包囲網を突き破るように直上へと跳び上がる。

 無論、それが鍾馗の狙いであるとは心得ている。

 正面の闇から投擲された短刀を左手で難なく叩き落とすと、即座にそのまま腕を上げ、頭上から現れた鍾馗が振り下ろす手刀を受け止める。ふたりは片腕同士を十字にぶつけ合わせた状態で、空中にいながら競り合った。

 とうに陽は落ちたというのに、あたりは彼らが燦燦(さんさん)と発する闘気によって照らし出されている。

 その光景に神楽夜は、図らずも目を奪われた。

 目で追うことすら難しい剛三郎たちにはわからないことだが、彼らの一挙手一刀足が見て取れる彼女には、眼前で繰り広げられる技の応酬は、まさに刮目に値する死闘であったのである。

 とりわけ、師である灯弥の<装術>は目を見張るものだった。

 <鳳鱗拳(ほうりんけん)>の基本は、練り上げられた気をまとうことにある。これを<装術>と呼ぶ。神楽夜が扱う<焔覇爆装(えんはばくそう)>もそのひとつだ。

 神楽夜は烈火のごとく高めた気を紅蓮の炎として形にする。そこから放たれる技は見たとおりに勢いがあり、若さゆえの有り余る力を存分に発揮したものといえるだろう。

 それに比して灯弥は、雷火伴う苛烈さこそ似ているものの、水のようなしなやかさも秘めている。繰り出す技のひとつひとつに確かな意思があり、相手の狙いに応じ柔軟な変化を見せるのである。

 全身に張り巡らされた闘気はその者の五感を研ぎ澄ませるどころか、第六感ともいうべき直感力すら引き出すという。

 かつて神楽夜にそう教えた灯弥の動きは、まさしくその技の真髄を体現しているといえた。

 すでに夜の(とばり)が降りたこの地は、闇に紛れることを得意とする翳祇(かげるぎ)に有利だ。その筆頭たる鍾馗の動きは言わずもがな鋭い。神楽夜の目をもってしても捉えることができず、技が打ち込まれたあとでなければ、どこにいるのか判断がつかないほどである。

 しかし灯弥はあらゆる死角からの攻撃に対処し続ける。それも移動しながらだ。

 殺気、風の()、鼻腔を掠める敵の臭い、そして脳裏に浮かぶ未来像が、長年の友であり無二の宿敵である鍾馗の一撃を、捉え凌ぐ。

(まずい……)

 神楽夜のその不安は、近くに立つ剛三郎に容易く伝播した。怯えた顔で振り返る少年に神楽夜は動揺を押し隠して頷きを返し、再び走り出す。

 視界の横で続く戦闘はさらに熾烈さを増していく。

 鍾馗の目的は繭討滅のために灯弥を連れ帰ることにあるが、それが叶わぬとなれば、必殺の一撃に訴えかねない。それは灯弥も同じだ。

 ふたりはあれでまだ本気ではない。もし互いに死力を尽くして打ち合えば、艦はおろかこの一帯が消し飛ぶことになる。神楽夜は彼らの力量を知るがゆえ、焦燥に駆られながらグスタフの手元に急いだ。

「あんちゃん!」

 叫ぶ剛三郎に導かれた神楽夜は、グスタフの手のなかで力なく横たわる彼に愕然とした。

「オレの、せいなんだ」

 剛三郎はマシューの傍らに崩れ落ちる。

「その話はあとだ。このままだと失血死する」

 グスタフから発せられるレジーナの声は口調こそ冷静だが、焦りが見え隠れする。

「とにかく艦に」

 神楽夜は身に着けている半襦袢(はんじゅばん)のごとき上着の両袖を肩口から交互に破り取ると、それらを結び合わせ、マシューの腹部にぐるりと巻きつけて、真っ赤に染まったレジーナのブラウスを固定した。

 続けて、

「足、持って」

 と剛三郎に指図するや自分は頭のほうにまわり、背中側から脇の下に腕を入れ、その身を抱きかかえる。神楽夜の白い上着はたちまちべっとりと赤く染まった。

 そうしてマシューの体を浮かせたふたりは、彼に負担をかけないよう最大限の注意を払いながら、グスタフの手から砂地へと降り立った。

 と、そこへ、朔夜が階段を駆け下りてきた。

「姉ちゃん!」

「サク、ジックは」

「もう寝かせた。アルマが、大丈夫だからこっち手伝ってって」

 姉弟がそう会話するうしろで、レジーナはグスタフの状態を解いた。首から下を黒い西洋甲冑に包んだ彼女は、

「これに乗せてくれ」

 と、左手に携えた巨大な盾を砂地に横たえる。神楽夜と剛三郎はそれに従い、マシューを慎重に寝かせた。

 その間にも、灯弥と鍾馗が繰り広げる激闘の、さながら大砲を撃ち合うような轟音は響き続ける。

「ここはいい。トウヤたちを止めてくれ、カグヤ」

 マシューの傍らに膝をついたレジーナは、白い着物を鮮血に染めて立つ神楽夜を見上げた。

 しかし運ぶにも人手がいる。

「けど」

 神楽夜は渋るが、

「代わりに弟を借りたい。それに、お前が一番わかっているはずだ。あのまま続ければ、いずれみんな消し飛ぶ」

 レジーナのその懸念は自身も抱くものである。神妙に頷き、養父(ちち)たちのもとへ身を翻した。

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