第十四話「生きて」②
突然の衝撃が襲った<ヴェントゥス>の甲板で、ジックはアルマと剛三郎を囲うように抱き、身を低くして手すりにしがみついた。
「見つかったか!」
船体を横に揺さぶったその衝撃は、爆発を伴うものだった。ちょうどジックがエンジンの修理に当たっていた右舷側からである。
焦げついた臭いが風に乗って鼻腔を刺激すると、すぐに煙が立ち昇った。
「なかにいろ。サクヤも頼む」
揺れが収まった隙を見計らい、ジックはアルマたちを艦内へ走らせた。
夜陰に乗じての襲撃は常套だが、こちらの主戦力が出払っている現状を突いてくるとは出来過ぎている。いくらレジスタンスの勢力下とはいえ、やはりここは連合の土地。はじめから監視されていたとしても不思議ではない。
ジックはそう考えながら手すりに身を寄せ、まだほのかに明るい黄昏の砂漠に目を凝らした。
(あれは)
艦の右側に盛り上がる小ぶりな砂丘の上に、並び立つふたつの人影がある。そのうちのひとつはローブかなにかを羽織っているのか、それを緩い風にはためかせている。
そこへ、新たな人影が砂丘を駆け登るのが見えた。
(マシューか)
彼の背中だと認めたジックは、自身の左足に灯る青白い炎から長大な刀身を持つ細剣を抜き放つ。よくしなるその刀身をカウボーイよろしく手すりに巻きつけると、彼は船体を伝って下へと降りた。
砂丘を見上げればマシューの姿は坂の途中にあり、すでにふたつの人影と対峙している様子だ。その彼が突き出した両腕のさきに黒い拳銃が握られていると気づき、ジックは血相を変えて駆け出した。
四メートルほどの高さがある砂丘だが、坂の角度はさほどでもない。砂に足を取られながらも力ずくで登っていくうち、
「動くな! 動けば撃つ!」
というマシューの険のある声が響いてきた。
構えた銃口のさきには、端が破れた土気色のローブをはためかせ、淡然たる様子で立つ威武灯弥と、そのうしろに控えるようにしているレジーナの姿があった。
「どういうつもりだ」
ジックは坂の中腹でレジーナを睨み上げた。
すると彼女の左腕には<アービター>の証である青白い炎が揺れ、そこに大地を踏みしめる亀の紋様が浮かび上がった。それから間もなく、丸みのある逆三角形をした身を覆うほどの盾が現れる。そして盾を前に構え、そこに収められた両刃の剣を高々と抜き放った彼女の身は、左腕から広がった件の炎に包まれた。
やがて炎が弾け消え、西洋のものを思わせる黒い甲冑姿へと変貌した彼女は、無言で灯弥の前に進み出る。音らしい音が風音くらいだった砂漠に、甲冑の装甲が擦れ合う忙しない音が響いた。
甲冑のヘルムは締め切られ、その表情を窺い知ることは叶わない。
「レジーナ……」
マシューは引き金にかけた指をかすかに震わせた。
「攻撃するいわれがあるのか、トウヤ・イヴ!」
坂下から響いたジックの詰問に、灯弥は冷めた眼差しを向ける。
「新しいアービターか。悪いが、これ以上つきまとわれても困るんでな」
「カグヤたちはアンタを探してここまで来たんだ。ちょっとは腰落ち着けて話したらどうなんだ」
ジックはさらに詰め寄った。灯弥が日本に戻るとなれば、晴れて神楽夜たち姉弟の旅は終わる。ゴビ砂漠の遺跡で助けられた借りをようやく返せるというものだ。
それに、日本で暮らすというアルマとの約束もある。いまは飛べぬ<ヴェントゥス>だが、ここで破壊されるわけにはいかない。
そのひたむきな姿勢から、灯弥は煩わしげな嘆息とともに顔を背ける。
と、瞬きひとつもせぬ間に、彼の姿はジックの左側に移っていた。音を立てず、まして足元の砂が舞うこともない移動である。当のジックといえば、視界から彼が消えたことすらまだ認識できていない。
その刹那の時のなか、威武灯弥ははじめからそこにいたかのように、坂の中腹で重心を下げる。すると間髪入れず暴風が逆巻き、がら空きであるジックの左の脇腹めがけ、さながら艦砲のごとき鉄拳が炸裂した。
骨の髄をも震わせる爆裂音が轟き、凝縮された空気がひと息に解放されたような突風が吹き荒れる。その狂瀾怒濤のさまは、間近で凄まじい爆発が起きたかと錯覚するほどだ。
砂丘はもはや形を残してはいなかった。砂の斜面は、灯弥が突き出した拳から一直線に深く抉れ、それ以外は拳圧で吹き飛ばされたか、砂地はほとんど均されたようなありさまである。
その渦中にいたジックの体は、見えないなにかにさらわれるかのように横へ吹き飛び、砂上に何度も体を打ちつけながら激しく転がって、もといた場所から数十メートルさきでようやく動きを止めた。
片や、そばにいただけのマシューも、衝撃によって軽く吹き飛ばされていた。こちらは砂の上でうつ伏せになり、理解が追いつかぬあまり、吹き荒ぶ砂塵から両腕で頭を庇うしかない状態である。
だが、灯弥はそれらに一切の関心を示さない。目もくれることなく、烈風が次第に収まっていくなかで、ゆっくりとした動作で拳を引き戻すだけだ。そして今度は、砂に埋もれる赤い艦へとその冷徹な顔をねじ向けた。
直後、
「やめてよ、父さん!」
そこに立つ朔夜の叫声が一瞬の静寂を切り裂いたが、しかしやはりというべきか、灯弥の表情は、目の前に義理の息子が立ちはだかっても変わることはない。
「どけ、サクヤ」
両手を広げて<ヴェントゥス>の前に立つ朔夜を、灯弥は静かにたしなめる。朔夜のうしろにはアルマと剛三郎の姿もあった。
「いやだ! ここが壊れたら、みんなの帰る場所がなくなっちゃう!」
朔夜の叫びに、その背を見守る剛三郎ははっと息を呑み、
「みんなの……帰る場所」
と、アルマの袖を握る指先に力を込める。
そう、帰る場所だ。マシューもイネッサも、尊敬するアニキさえも、いまはこの艦こそが帰る場所である。それをただひとり守ろうとする朔夜の背中は、いつか自分を救ってくれたアニキのそれに勝るとも劣らない勇ましさだ。
なんの力もない子供ひとり、眼前に立つあの男ならば屠るのに秒とかかるまい。いまの朔夜は、見ようによっては実に愚かであるともいえよう。
けれども灯弥は息子の行いを蛮勇と嘲ることもせず、
「そうか」
と、まったく執着のない声色でそれだけを口にすると、静かに瞼を下した。
かと思いきや、一度閉じたその目を激烈に見開き、
「皇覇ッ! 烈装!」
と怒声を放つとともに、その身に紫電とも紫炎とも取れる闘気をまとった。
またしても周囲の砂が弾け飛び、あろうことか地中に眠っていたらしき岩盤までもが剣山のごとく隆起し、灯弥のまわりに立ち上がる。
アルマと剛三郎は、灯弥が放つ悪鬼羅刹のごとき波動に恐れ戦き、身を寄せ合った。だが、一方で矢面に立つ朔夜は、なぜか生気のない真顔で、
「繭を起こしても、望む形にはならないよ」
と口にする。
その異質さと渡された言葉の意味を考え、灯弥は怪訝な顔つきで朔夜を睨んだ。一瞬の間だった。わずかに生まれたその隙に、銃声が二度、轟いた。




