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第十二話「はじまりの追憶」⑦

「ほんとだ」

 レジーナの案内を受け、格納庫のハッチ脇にある濃紺のコンテナを開けた神楽夜はそう漏らした。

 ペンライトでなかを照らせば、およそ一般市場には出回らなさそうな強壮な見た目の車両が三台、ひっそりと眠っている。

「軍用、か。これ」

 神楽夜の背後からジックがなかを覗き込んだ。その横にアルマとイネッサ、そして九垓が並び見る。

 ホバーバイクに多い流線形のデザインは車体の中心に残すものの、外側を覆う漆黒の装甲材は直線的で角張っている。正面から見ればバツ字を描くように配された車体側面のフィンは、上側が短く下側がわずかに長い。おそらくは放熱板だろう。座席は複座式となっており、後部座席が一段高い位置にある。

「こんなの積んでたんだ」

 神楽夜はなかへと踏み入った。

 マシューたちの荷物を移し替える時、否、その前によく確認すべきだった。さすればロンドンでジックたちに無駄足を踏ませることもなかっただろうに。

「なんでここにあるって?」

 神楽夜が当然の疑問とともにうしろへ首をねじれば、そこには相も変わらず不機嫌そうなレジーナの顔があった。が、コンテナのなかへ注がれる視線にいつもの憂鬱さはなく、むしろ、どこか熱いものがある。

「スキャンした」

 答えるレジーナは半ば上の空だ。ホバーバイクの車体を這うまなざしを見るに、ああいうのが好みらしい。

「スキャン?」

「ひとりで暇だったんだよ」

 レジーナは嘆息しながら神楽夜に一瞥をやると、続いてなかに入った。そのまま迷うことなくホバーバイクの横に立ち、装甲に顔を近づけるや、まじまじと観察しはじめた。神楽夜はその動きを目で追った。

「暇って……あ、さっきの?」

 準軌道飛行の時だろう。コンテナ内部を透過して確認したというならば、グスタフに搭乗していた時に違いない。

「これなら、私も」

 コンテナの入り口に立つイネッサが言った。それを横で聞いた九垓はあからさまに嘆息し、肩を落とした。

「……お前なあ。もしもってこと考えてっか? 向こうだってタダで力貸してくれるってワケじゃねえんだぞ?」

 ただほど怖いものはない。それはこの男が肝に銘じていることである。

 鍾馗はいわずもがな、神楽夜も荒事において遅れを取ることはあるまい。しかし、戦闘に関して「ド」がつくほどの素人であるイネッサは別だ。万が一、レジスタンスがこちらに興味を示し、艦に残る資源の簒奪を目論むような事態になれば、強引に道を切り拓く必要性も出てくる。それだけヴェントゥスに乗り合わせる者らは特殊だ。その時にイネッサは、いってしまえば足手まといになりかねない。

「わかってます」

 イネッサは煩わしそうに九垓から顔を背けると、

「だから、カグヤさん」

 とその顔をレジーナとともにしげしげとホバーバイクを見る神楽夜へ向けた。

「あん?」

 神楽夜は不意をつかれたまぬけ顔で振り返る。刹那、暗いコンテナのなかが青白い光に照らし出された。

「私に、これの使い方、教えてくれませんか」

 静まっていく光のなかから現れた身の丈以上ある三叉の槍を、イネッサは両手で持って胸の前に掲げ、示した。

 修道女の顔は真剣である。

「え、あ、棒かあ」

 槍術、棒術の類は不得手ではないが、取り立てて得意というほどでもない。困った様子で頬をかく神楽夜にイネッサは詰め寄った。

「駄目ですか」

「わ、ちょ、危ない危ない」

 こんな狭いところでそんな長物を取り出すべきではない。槍の矛先や柄が、あわや貴重なホバーバイクにぶつかるところである。神楽夜は馬などをなだめる時のように「どうどう」と手を動かし、

「やれないことはないけどさ……」

 自信なげに答えた。

「じゃあ」

 イネッサの顔がほころぶ。が、

「こいつより、そっちのほうが向いてるんじゃないのか?」

 と水を差すレジーナの視線をたどって首をねじ向ければ、

「俺かよ」

 よもやこちらに振られるとは思わなかった九垓は、嫌そうに顔をしかめた。

 首だけを向けていたイネッサは、無言でその向きに体を追従させる。当然、胸の前で斜めに持った長物はそのままくるりと反転し、

「だから危ないってもう」

 突っ立っている神楽夜を意図せず薙ぎ払うところである。神楽夜は慌てて身を屈め、やり過ごしつつ愚痴垂れた。

 そんなことなどお構いなく、イネッサは九垓と視線を交錯させる。その沈黙にどんな心が込められているのか、対する九垓は読み取れなかった。

 そこにコンテナの入り口から、

「あったのか」

 と鍾馗の声がかかる。ちょうど入口の脇からなかを覗き込んでいたブレイズ夫妻は、突然真横から聞こえたその声に特にぎょっとした様子で、自分らの左隣を急いで見やった。それまで誰ひとりとしてこの老人の接近を察知できなかったのだ。

 だが、神楽夜はさして驚いたふうもなく、

「あ、老師。これ」

 と傍らの黒いホバーバイクを指さした。

「動くか確認しろ。使えそうならあれを積んでおけ」

 鍾馗は神楽夜から顔を逸らすと、顎でどこかを示した。神楽夜がコンテナから頭だけを出して見れば、四人分のリュックサックのほか、野営にあたっての装備品一式が山を作っている。

「おお。さすが」

 感心する神楽夜のうしろをレジーナが素通りした。あれほど熱心に見入っていたのに、引き際は随分あっさりしたものである。

「あれ、もういいの?」

 神楽夜が訊けば、

「一台は置いていくんだろ?」

 そう背中で言って、レジーナはさっさと格納庫をあとにする。つまり、ここにいる人間が()けてからひとりで楽しむ腹なわけだ。せっかくの無骨な造形美を味わうには、外野が少々うるさすぎた。

 レジーナは格納庫を出たその足でブリッジに向かった。

「あったか?」

 入室するなり、バックミラーで彼女の姿を認めたマシューから、鍾馗と同じ問いが投げられた。それに答えることなく、レジーナはつかつかと自分の定位置に歩を進め、

「――ひとりか?」

 と訊きながら座した。大人連中はみな格納庫であるからいないのは当然として、姿の見えない子供ふたりはどこへ行ったのか。

「ああ」

 マシューは操縦席のモニターをいじりながら淡泊に返した。レジーナはそんな彼に一瞥を投げるとひじ掛けに頬杖をつき、いつもの晴れないまなざしを窓外に向けた。

 ふたりきりの静寂に、男性にしては骨ばっていないマシューの指先が画面の上を跳ねる音だけが響く。そのなかで、

「……変わったな」

 と切り出したのは、レジーナのほうだった。

「こんなに馴れ合うなんてか?」

 マシューは画面から視線を動かさず応じるが、

「家の名を捨てるなんて」

 と即座に切り返され、眉を一瞬だけぴくつかせた。

 レジーナは続ける。

「父のようになりたいというのも、お前だけの選択だったと思うが。さきに立つものが違うだけだろう?」

 誉れ高きゲッツェンの家名に恥じぬ軍人になる。マシューがそのために研鑽を積んできたことを彼女は知っている。あの斜陽に燃える修練場で見た彼の剣筋には、そこに至らんとする確かな意志と熱意があった。その彼から手ほどきを受けたレジーナは、まるで灯火を分けてもらうかのように、己が道を行くという静かな炎を心のうちに宿した。彼女がまだ十二の頃である。

 シスル家の令嬢としてではなく、レジーナ・シスルとしての人生を行く。マシューと在り方こそ違えど、己の意志を貫くという点でふたりは同じである。高名な家を継ぐ苦難の道を自ら選び進むマシューの姿勢は、彼と同じく家柄に縛られる境遇にあった当時のレジーナにとってひとつの希望であり、同時に、尊敬の念さえ抱かせるに充分だった。

 だが、いまの彼はどうだ。軍務と関係なしにここにいるということは、すなわち、求めていた希望を捨てたということではないのか。それは彼女にとって裏切りにも等しい。まがりなりにも、親の圧に屈せず、ここまで自分を保ち続けられたのは、目標に向かってひた走るマシュー・ゲッツェンの背中があったからこそだ。だからこそ、クラドノの地でマシューの姿を認めたレジーナは、責め立てるようにこう言ったのである。

「どうしてここにいるかと聞いている!」

 と。

 その想いにマシューが気づく余地はない。だが父の背中を追うことが、「お前だけの選択だった」と言うレジーナの言い分はわかる。手を止めたマシューは伏し目がちに、

「誇りを捨てたわけではない。自分が納得できる正しさが、違うところにあっただけだ」

 と言葉を絞り出した。

 そのとおり、捨てたわけではない。神楽夜に折られてなお、マシューは剣を捨てはしなかった。最後まで挑み続けた。しかし、決闘の一部始終を見ていないレジーナが、そこに込められた迷いや決意を知るはずはない。

(違うところ、か)

 レジーナはマシューの背中をちらりと見た。

「仇討ちか?」

 二十年前、マシューの父が黄金の繭討伐の指揮を執っていたことも、そこに灯弥が参加していたことも、レジーナには既知のことである。その戦いでマシューが父を喪い、灯弥がひとり生き残ったこともだ。ゆえにそのような想像をするに至ったわけだが、

「それなら、こんなに悩む必要もないだろうさ」

 と軽く笑みを含みながら答えるマシューに、レジーナはそれ以上深く訊くことを躊躇った。

 彼は変わった。そんな彼の口からもし答えが紡がれようものなら、おそらく自分の信念に揺らぎを与えてしまう。そんな予感があったからである。

 だがマシューは続けた。

「らしくない、のかもしれないが――探しているんだ。どうすれば、自分らしい生き方ができるのか、とな。ここにいるのは、まあ、当てがないのもあるが……」

 語尾がすぼまっていくその物言いには、彼らしい根も葉もない自信というやつが欠片ほどもない。

 早い話が、自分探しの旅である。確かに軍を離れたことは早計だったかもしれない。けれど、マシューは納得できていた。仮にあそこで九垓たちを売り、銃を取り続けても、さきに待つのはそれまでと変わらぬ欺瞞の日々だ。ならばいっそ、すべてをまっさらにして、それでも自分のなかに残るものを大事にしたいと思った。それがいまのこの状況だ。

 けれど、レジーナにその胸の内をすべて明かしたところで、詮ない話である。ゆえに、

「仇討ち……そうだな。トウヤ・イヴのことに限って言うなら、理由くらいは訊いてみたいものだ」

 と、マシューは話を別の方向に持って行った。

「理由?」

 レジーナは訝しげな顔を向ける。

 それを「ああ」と受けたマシューは、下げていた視線を正面の窓に投げると、

「繭を倒した英雄――。たったひとり生き残ったやつはなにを見て、なにを思ったんだろうな」

 回顧じみた嘆息まじりに、ぽつりと、そうつぶやいた。

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