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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第二章 朱南ーーシュナンーー
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許さない覚悟


ーーー


 天気のいい朝だ。いや、昼か。

 ここは気持ちのいい中庭。

 太陽がさしこみ、顔を手で隠した。


「神奈。またここにいるの?」

「項品。……うん、修行から抜け出してきたの」


 いつも抜け出しても誰にも何も言われないのに、何故か項品にはばれてしまう。


「そんなに修行が嫌?」


 隣に腰掛ける項品は、柔らかく笑っていた。

 彼は本当に優しい。自由奔放で末っ子気質な私を、彼も同じ末っ子のはずなのに、同い年なのに、いつも笑って受け止めてくれる。


「嫌! 出来ても出来なくても、いつも姉様のように強く賢く逞しくなれって言われるし、一条家の名に恥じぬよう~って念仏が始まるのよ」

「ははは、念仏かぁ。それは嫌になるのも仕方ないね」


 屈託のない笑顔を向けてくる彼は、体が弱い。

 思うようにセンナを操れないし、センナに秘める力を、扱えるだけの強さが体にないらしい。

 彼は基本的に、彼の姉である華音(かのん)様と同じ部屋で療養している。


「項品、君こそ抜け出していいの?」

「いいんだ、僕も……居なくなっても怒られないから」


 確かに、そう言ったのだ。

 彼は寂しそうに、遠くを見つめていた。


 彼の視線の先には、修行に励む朱己姉と、相手をする壮透様が見えた。

 ーーそうか。


 気がつけば、彼の手を握っていた。


「私は、居なくなったら怒るよ。項品」


 私の言葉に、驚いたように目を見開く彼。


「私は、勝手に項品が居なくなったら怒るよ。絶対に私のところに言いに来てよ」

「なんで?」

「私は項品が好きだもん。ずっと一緒だし」


 真っ直ぐ見つめれば、数秒止まった後、彼は笑った。


「そっか。僕も好きだよ、神奈」

「うん。勿論。私のこと好きじゃないなんて言ったら殴るよ!」


 眼の前で手を握れば、彼は苦笑していた。


「居なくなるときは、神奈に言うから」

「うん、いきなり居なくならないでよね。私は、一緒にいるから」


 温かい日だった。

 幼い日の、温かい日差しと、彼の眼差し。



ーーー



 目が覚めると、そこは自分の部屋だった。


「神奈! 目が覚めたのね」


 体の痛みも痺れもない。

 まだ朧気な意識のなかで、自分の身に起きたことを思い返していた。

 目の前の姉様と朱己姉が、嬉しそうに笑っている。


「私……」


 ビライトへ行って。

 ウキルと戦った。

 そしたら朱公が助けてくれて。

 覚醒していく意識の中で、自分の記憶が途切れていることに気づく。


「私……倒れ、た? ウキルは? 朱公は!?」


 勢いよく体を起こすと、筋肉に痛みが走る。

 反射的に顔が歪み、肩を押さえた。

 朱己姉が支えてくれ、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「神奈、大丈夫? まだ無理をしないで。神奈達のことを杏奈と高能に助けに行ってもらったの。ウキルは、高能と戦闘になって、逃げ帰ったわ。朱公も無事だよ、心配しないで」


 笑顔で教えてくれる朱己姉の言葉で、自分が姉様に緊急事態の念を送ったことを思いだした。

 私が姉様に送った念が届いてたんだ。届かないかと思っていた。ビライトの中心部に居た場合、どう自分の力を高く見積もっても、距離的に確実に届かない。

 ということは、私たちはそもそもビライトの中心部に行けていなかった、という線が濃厚になる。


「ごめん、朱己姉。御使い、できなかった。私達がたどり着いたのは、どこだったの?」


 私の言葉に目を見開く朱己姉。

 私の手を握りしめて、首を横に振った。


「神奈たちのおかげで、わかったことがある。十分だよ、ありがとう。神奈たちは、ビライトと青東の国境付近に居たの。最初から狙われていた、ということだと思う。ごめん、移動のルートに罠を仕掛けられるなんて……私の読みが甘すぎた」


 そういうことか。

 顔を曇らせる朱己姉を見ながら、ふと夢の内容を思い出す。


「……朱己姉。大丈夫、私は大丈夫だよ」

「……神奈?」


 心配そうに視線を注がれる。

 笑顔を返せば、不審がるように私を見つめていた。


「私との約束を先に破ったのは、項品だから。私は簡単には許さないし、私は朱己姉についていくって自分で決めてる。だから、見積もりが甘かったとか、自分を責めないで。悪いのは、項品だから」


 目を見開く朱己姉。どんな気持ちなんだろう。少しだけわかるのは、悲しみと驚きが入り混じったような、切ない顔だということだけ。


「……わかった、ごめん」

「謝らないで。大丈夫だよ」


 自分なりに明るく振る舞っているつもりでも、朱己姉の顔はあまり明るくならなかった。

 本当に、朱己姉は悪くない。

 悪いのは。

 約束を破って、私に何も言わずに出ていった項品。いや、項品の満たされない寂しさを、埋められなかった私のせいでもある。

 なにより、項品に寂しい思いをさせた、ナルスの構図に問題があった。

 だから、本当は項品が悪いわけでも、朱己姉が悪いわけでもない。

 背負うものを、生まれたときから決められた人たちが抗うことも許されずに、縛り付けて是とするナルスの根幹に問題があったのだ。

 気づいてもなお、きっと朱己姉は自分を責めるのだろう。

 それでも。

 私は。

 朱己姉を責めたいわけではない。

 彼を満たすことができなかった自分を、許す気もない。


「私は、自分の意思で許さないだけ」


ーーー


 神奈の治療をしている部屋を出れば、すぐに私の側近と目があった。私の執務室へ行く合図をし、瞬移で移動する。

 部屋につくや否や、地面に頭を擦り付けるほどに深く下げた。

 このまま崩れ落ちてしまうのではないか、と錯覚するほど彼女は打ちひしがれているのは、すぐにわかった。


「朱己様、この度は大変申し訳ございませんでした。任務を全うできず……」

「いいの、大丈夫。もう傷は平気? 朱公」


 私の問にも、少しばかり頭を上げて肯定するだけで、顔をすべて上げることはしない。


「朱公、顔を上げて。大丈夫、あなたたちが無事だっただけで、任務を果たしてくれたってことだよ。胸を張って」


 恐る恐る顔を上げる彼女の瞳は濡れていた。

 震える肩と、悲しみでまみれた顔。

 私は、彼女を抱きしめながら背中をさすった。


「無事で良かった。ありがとう」

「……朱己、様……っ」


 失いたくない。

 無事に帰ってきてくれただけでいい。ウキルという収穫もあった。

 それだけで、十分だ。

 むせび泣く彼女を抱きしめながら、今回の黒幕を倒す覚悟を、手放さないようにしなければ、と誓ったのだ。

 私が、強くならなければ。覚悟を持たなければ。

 弟を討つという、覚悟を。


お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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