許さない覚悟
ーーー
天気のいい朝だ。いや、昼か。
ここは気持ちのいい中庭。
太陽がさしこみ、顔を手で隠した。
「神奈。またここにいるの?」
「項品。……うん、修行から抜け出してきたの」
いつも抜け出しても誰にも何も言われないのに、何故か項品にはばれてしまう。
「そんなに修行が嫌?」
隣に腰掛ける項品は、柔らかく笑っていた。
彼は本当に優しい。自由奔放で末っ子気質な私を、彼も同じ末っ子のはずなのに、同い年なのに、いつも笑って受け止めてくれる。
「嫌! 出来ても出来なくても、いつも姉様のように強く賢く逞しくなれって言われるし、一条家の名に恥じぬよう~って念仏が始まるのよ」
「ははは、念仏かぁ。それは嫌になるのも仕方ないね」
屈託のない笑顔を向けてくる彼は、体が弱い。
思うようにセンナを操れないし、センナに秘める力を、扱えるだけの強さが体にないらしい。
彼は基本的に、彼の姉である華音様と同じ部屋で療養している。
「項品、君こそ抜け出していいの?」
「いいんだ、僕も……居なくなっても怒られないから」
確かに、そう言ったのだ。
彼は寂しそうに、遠くを見つめていた。
彼の視線の先には、修行に励む朱己姉と、相手をする壮透様が見えた。
ーーそうか。
気がつけば、彼の手を握っていた。
「私は、居なくなったら怒るよ。項品」
私の言葉に、驚いたように目を見開く彼。
「私は、勝手に項品が居なくなったら怒るよ。絶対に私のところに言いに来てよ」
「なんで?」
「私は項品が好きだもん。ずっと一緒だし」
真っ直ぐ見つめれば、数秒止まった後、彼は笑った。
「そっか。僕も好きだよ、神奈」
「うん。勿論。私のこと好きじゃないなんて言ったら殴るよ!」
眼の前で手を握れば、彼は苦笑していた。
「居なくなるときは、神奈に言うから」
「うん、いきなり居なくならないでよね。私は、一緒にいるから」
温かい日だった。
幼い日の、温かい日差しと、彼の眼差し。
ーーー
目が覚めると、そこは自分の部屋だった。
「神奈! 目が覚めたのね」
体の痛みも痺れもない。
まだ朧気な意識のなかで、自分の身に起きたことを思い返していた。
目の前の姉様と朱己姉が、嬉しそうに笑っている。
「私……」
ビライトへ行って。
ウキルと戦った。
そしたら朱公が助けてくれて。
覚醒していく意識の中で、自分の記憶が途切れていることに気づく。
「私……倒れ、た? ウキルは? 朱公は!?」
勢いよく体を起こすと、筋肉に痛みが走る。
反射的に顔が歪み、肩を押さえた。
朱己姉が支えてくれ、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「神奈、大丈夫? まだ無理をしないで。神奈達のことを杏奈と高能に助けに行ってもらったの。ウキルは、高能と戦闘になって、逃げ帰ったわ。朱公も無事だよ、心配しないで」
笑顔で教えてくれる朱己姉の言葉で、自分が姉様に緊急事態の念を送ったことを思いだした。
私が姉様に送った念が届いてたんだ。届かないかと思っていた。ビライトの中心部に居た場合、どう自分の力を高く見積もっても、距離的に確実に届かない。
ということは、私たちはそもそもビライトの中心部に行けていなかった、という線が濃厚になる。
「ごめん、朱己姉。御使い、できなかった。私達がたどり着いたのは、どこだったの?」
私の言葉に目を見開く朱己姉。
私の手を握りしめて、首を横に振った。
「神奈たちのおかげで、わかったことがある。十分だよ、ありがとう。神奈たちは、ビライトと青東の国境付近に居たの。最初から狙われていた、ということだと思う。ごめん、移動のルートに罠を仕掛けられるなんて……私の読みが甘すぎた」
そういうことか。
顔を曇らせる朱己姉を見ながら、ふと夢の内容を思い出す。
「……朱己姉。大丈夫、私は大丈夫だよ」
「……神奈?」
心配そうに視線を注がれる。
笑顔を返せば、不審がるように私を見つめていた。
「私との約束を先に破ったのは、項品だから。私は簡単には許さないし、私は朱己姉についていくって自分で決めてる。だから、見積もりが甘かったとか、自分を責めないで。悪いのは、項品だから」
目を見開く朱己姉。どんな気持ちなんだろう。少しだけわかるのは、悲しみと驚きが入り混じったような、切ない顔だということだけ。
「……わかった、ごめん」
「謝らないで。大丈夫だよ」
自分なりに明るく振る舞っているつもりでも、朱己姉の顔はあまり明るくならなかった。
本当に、朱己姉は悪くない。
悪いのは。
約束を破って、私に何も言わずに出ていった項品。いや、項品の満たされない寂しさを、埋められなかった私のせいでもある。
なにより、項品に寂しい思いをさせた、ナルスの構図に問題があった。
だから、本当は項品が悪いわけでも、朱己姉が悪いわけでもない。
背負うものを、生まれたときから決められた人たちが抗うことも許されずに、縛り付けて是とするナルスの根幹に問題があったのだ。
気づいてもなお、きっと朱己姉は自分を責めるのだろう。
それでも。
私は。
朱己姉を責めたいわけではない。
彼を満たすことができなかった自分を、許す気もない。
「私は、自分の意思で許さないだけ」
ーーー
神奈の治療をしている部屋を出れば、すぐに私の側近と目があった。私の執務室へ行く合図をし、瞬移で移動する。
部屋につくや否や、地面に頭を擦り付けるほどに深く下げた。
このまま崩れ落ちてしまうのではないか、と錯覚するほど彼女は打ちひしがれているのは、すぐにわかった。
「朱己様、この度は大変申し訳ございませんでした。任務を全うできず……」
「いいの、大丈夫。もう傷は平気? 朱公」
私の問にも、少しばかり頭を上げて肯定するだけで、顔をすべて上げることはしない。
「朱公、顔を上げて。大丈夫、あなたたちが無事だっただけで、任務を果たしてくれたってことだよ。胸を張って」
恐る恐る顔を上げる彼女の瞳は濡れていた。
震える肩と、悲しみでまみれた顔。
私は、彼女を抱きしめながら背中をさすった。
「無事で良かった。ありがとう」
「……朱己、様……っ」
失いたくない。
無事に帰ってきてくれただけでいい。ウキルという収穫もあった。
それだけで、十分だ。
むせび泣く彼女を抱きしめながら、今回の黒幕を倒す覚悟を、手放さないようにしなければ、と誓ったのだ。
私が、強くならなければ。覚悟を持たなければ。
弟を討つという、覚悟を。
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