傀儡の生命
難しい顔をした側近である彼女が、重い口を開く。
「朱己様、ウキルという男ですが、彼は危険です」
「どういうこと?」
朱公の言葉の真意を探りたいが、彼を知る私としては、いろんな捉え方が出来てしまう。
私が知っている彼は、掴みどころのない人だ。笑顔で、物腰の柔らかい青年。弟である項品よりも、一つ年上の、空色の髪をした子。だけど、あの姿が本当の姿だったのかは、今となってはわからない。
自分の目を信じることはやめた。自分の弟の本音さえわかっていなかったのだから。
「彼は、作り物……傀儡使いでしたが、本体が近くに感じられなかったのです。そして、時雨様の臭いがしました」
「……もしかして、彼も……」
「真実はわかりません。しかし、彼は‘‘時雨様が六芒以外に、何も用意していないと思っているのか’’と言っていました」
背中を這うように上がってくる嫌悪と、胃をかき乱す吐き気。
あれだけ、私達を苦しめておいて。
あれだけ、命を弄んでおいて。
唇を噛んでも仕方ないのに、やり場のない怒りを消化するすべが他に思いつかない。
「もしかして、時雨伯父上が作った者ということ? それとも、時雨伯父上がウキルを操ってる……? もしくは……望んで伯父上の手中に堕ちた……か」
項品も自分の意思で伯父上と組んだのならば、ウキルとて自分の意思で堕ちたというのも納得できる。もしくはウキルの罠に項品が嵌った可能性も、と考えて頭を振った。都合よく考えるのは駄目だ。
朱公は口に手を当てながら、しばらく難しい顔をして考えていたが、私を見て再び開いた。
「……以前、時雨様の元にいる時、一度だけセンナの製造現場へ行ったことがあります。そこは、人ならぬ人も沢山いるところでした」
「人ならぬ人……」
心が締め付けられる気分だ。
人ならぬ人、と形容された彼らに心があったのかは分からない。しかし、伯父上の今までの発言から察するに、使い物にならない奴はいらない、というスタンスなら、それ相応の扱いを受けるのだろうと思う。
自然と顔は歪んでしまうものだ。
「人ならぬ人から、心、いえセンナを抜き取り、傀儡と化する。そして、ウキルというあの者は、正しく傀儡を扱っていました」
「待って、センナを抜き取ったのに形を保てると言うの?」
センナが無いのに存在することができるなど、前代未聞だ。センナがなくなれば、形を保てずに崩壊し、灰となるのだから。
「……朱己様、大変申し上げにくいのですが……。センナが抜き取られ、崩壊し灰となるのは、生身の者だけです。私達作り物は、センナを手にかけた者の意思に従ってその後が決まります」
「……その後?」
少しだけまぶたを伏せる彼女は、作り物とは思えぬほど人だ。人型を常時形どるだけでも大変だろうに、こうやって側近を務めてくれている彼女を、作り物だとにわかには信じられぬほどだ。
「はい、……久岳の時を覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、銀朱に……まさか……!」
私の言葉に頷いて答えてくれる。
「久岳の場合、銀朱様が久岳を消すという選択をしました。故に、久岳は消滅いたしました。傀儡を作る場合には、傀儡となるよう選択するはずです。傀儡としての強さは、生きているときの強さを引き継ぐと言われています。もっとも、私も傀儡の話は聞き及んでいただけで、ウキルという者が初見でしたが……本当に、傀儡がいるとは……」
言葉を濁す朱公。
彼女自身も、言いながら自分の発言に半信半疑のような顔をしていた。
銀朱の側近だった、久岳。
側近を躊躇うことなく殺した銀朱。
私のそばに潜り込むという、密命を経て。
彼は殺された。彼女に。
手を固く握りしめるが、この怒りが何に向けられたものなのかわからない。
「そんなことが……本当に……」
にわかには信じがたいのだ。
センナとは何か。
生身の人と、作り物で、センナの概念が違う。
もしくは、本質的には同じで、作った側の者が支配できるようになるとかなのだろうか。
ウキルは、作られた側なのか。
それとも、自分で作った自分の傀儡を操っていただけなのか。
分からない。見分ける方法はないのか、それとも、人工的なセンナはただの前哨戦で、時雨伯父上の狙いは大量に作った人型の傀儡で支配することとか。
考えれば無限に出てくる可能性を、御する術がない。
背もたれに体を預けて、目を閉じた。
「何れ真実がわかるかもしれない、傀儡がいたという事実だけ今は抑えておきましょう。ありがとう、朱公。もし何か他に気になることがあれば、いつでも言って頂戴」
「かしこまりました。……神奈様は、大丈夫でしょうか? その、なんというか……婚約者の側近から、命を、狙われるなど」
言葉を選びながら、慎重に口に出す朱公は、優しい人だと思う。人工的に作られたとはいえ、こんなにも感情がある。伯父上の研究が、ここまで進んでいるということなんだろう。
神奈を真剣に心配してくれている彼女は、本当に人のようだった。
「そうね……また様子は見に行ってみる、朱公が行ったらまた、早く休んでだの無理しないでだの言われるわ」
笑いながら言えば、朱公も少しだけ笑って退室して行った。朱公が出ていった扉を眺めながら、作り物と生身の人など、どれほどの違いだというのか、と口から出そうになった。
感情も、身のこなしも、姿かたちも。
私達と、何が違うのか。
何故、こうも似通っているのに、簡単に命を選択されてしまうのか。
「時雨伯父上……あなたは、本当に何がしたかったんです……?」
本当に、宇宙界の征服が目的なのか。
自分の思う国を創る、それが本当の目的なのか?
窓から見える景色には、雪が降ってきた。
南方とはいえ、旧ナルスの南も僅かながら雪が降る。
果てしない世界のどこかで、知らないことが沢山起きているのだ。今も。
生命が、命たる扱いを受けずに、消えていくことも。
到底耐えられない事実が、降り掛かってくる現実を、受け止めることだけで手一杯だ。
「まずは、この国をなんとかしないと……」
ため息を吐きながら、しんしんと降る雪を見つめていた。
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