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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第二章 朱南ーーシュナンーー
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傀儡の生命


 難しい顔をした側近である彼女が、重い口を開く。


「朱己様、ウキルという男ですが、彼は危険です」

「どういうこと?」


 朱公の言葉の真意を探りたいが、彼を知る私としては、いろんな捉え方が出来てしまう。

 私が知っている彼は、掴みどころのない人だ。笑顔で、物腰の柔らかい青年。弟である項品よりも、一つ年上の、空色の髪をした子。だけど、あの姿が本当の姿だったのかは、今となってはわからない。

 自分の目を信じることはやめた。自分の弟の本音さえわかっていなかったのだから。


「彼は、作り物……傀儡使いでしたが、本体が近くに感じられなかったのです。そして、時雨様の臭いがしました」

「……もしかして、彼も……」

「真実はわかりません。しかし、彼は‘‘時雨様が六芒以外に、何も用意していないと思っているのか’’と言っていました」


 背中を這うように上がってくる嫌悪と、胃をかき乱す吐き気。

 あれだけ、私達を苦しめておいて。

 あれだけ、命を弄んでおいて。

 唇を噛んでも仕方ないのに、やり場のない怒りを消化するすべが他に思いつかない。


「もしかして、時雨伯父上が作った者ということ? それとも、時雨伯父上がウキルを操ってる……? もしくは……望んで伯父上の手中に堕ちた……か」


 項品も自分の意思で伯父上と組んだのならば、ウキルとて自分の意思で堕ちたというのも納得できる。もしくはウキルの罠に項品が嵌った可能性も、と考えて頭を振った。都合よく考えるのは駄目だ。

 朱公は口に手を当てながら、しばらく難しい顔をして考えていたが、私を見て再び開いた。


「……以前、時雨様の元にいる時、一度だけセンナの製造現場へ行ったことがあります。そこは、人ならぬ人も沢山いるところでした」

「人ならぬ人……」


 心が締め付けられる気分だ。

 人ならぬ人、と形容された彼らに心があったのかは分からない。しかし、伯父上の今までの発言から察するに、使い物にならない奴はいらない、というスタンスなら、それ相応の扱いを受けるのだろうと思う。

 自然と顔は歪んでしまうものだ。


「人ならぬ人から、心、いえセンナを抜き取り、傀儡と化する。そして、ウキルというあの者は、正(まさ)しく傀儡を扱っていました」

「待って、センナを抜き取ったのに形を保てると言うの?」


 センナが無いのに存在することができるなど、前代未聞だ。センナがなくなれば、形を保てずに崩壊し、灰となるのだから。


「……朱己様、大変申し上げにくいのですが……。センナが抜き取られ、崩壊し灰となるのは、生身の者だけです。私達作り物は、センナを手にかけた者の意思に従ってその後が決まります」

「……その後?」


 少しだけまぶたを伏せる彼女は、作り物とは思えぬほど人だ。人型を常時形どるだけでも大変だろうに、こうやって側近を務めてくれている彼女を、作り物だとにわかには信じられぬほどだ。


「はい、……久岳の時を覚えていらっしゃいますか?」

「ええ、銀朱に……まさか……!」


 私の言葉に頷いて答えてくれる。


「久岳の場合、銀朱様が久岳を消すという選択をしました。故に、久岳は消滅いたしました。傀儡を作る場合には、傀儡となるよう選択するはずです。傀儡としての強さは、生きているときの強さを引き継ぐと言われています。もっとも、私も傀儡の話は聞き及んでいただけで、ウキルという者が初見でしたが……本当に、傀儡がいるとは……」


 言葉を濁す朱公。

 彼女自身も、言いながら自分の発言に半信半疑のような顔をしていた。

 銀朱の側近だった、久岳。

 側近を躊躇うことなく殺した銀朱。

 私のそばに潜り込むという、密命を経て。

 彼は殺された。彼女に。

 手を固く握りしめるが、この怒りが何に向けられたものなのかわからない。


「そんなことが……本当に……」


 にわかには信じがたいのだ。

 センナとは何か。

 生身の人と、作り物で、センナの概念が違う。

 もしくは、本質的には同じで、作った側の者が支配できるようになるとかなのだろうか。

 ウキルは、作られた側なのか。

 それとも、自分で作った自分の傀儡を操っていただけなのか。

 分からない。見分ける方法はないのか、それとも、人工的なセンナはただの前哨戦で、時雨伯父上の狙いは大量に作った人型の傀儡で支配することとか。

 考えれば無限に出てくる可能性を、御する術がない。

 背もたれに体を預けて、目を閉じた。


「何れ真実がわかるかもしれない、傀儡がいたという事実だけ今は抑えておきましょう。ありがとう、朱公。もし何か他に気になることがあれば、いつでも言って頂戴」

「かしこまりました。……神奈様は、大丈夫でしょうか? その、なんというか……婚約者の側近から、命を、狙われるなど」


 言葉を選びながら、慎重に口に出す朱公は、優しい人だと思う。人工的に作られたとはいえ、こんなにも感情がある。伯父上の研究が、ここまで進んでいるということなんだろう。

 神奈を真剣に心配してくれている彼女は、本当に人のようだった。


「そうね……また様子は見に行ってみる、朱公が行ったらまた、早く休んでだの無理しないでだの言われるわ」


 笑いながら言えば、朱公も少しだけ笑って退室して行った。朱公が出ていった扉を眺めながら、作り物と生身の人など、どれほどの違いだというのか、と口から出そうになった。

 感情も、身のこなしも、姿かたちも。

 私達と、何が違うのか。

 何故、こうも似通っているのに、簡単に命を選択されてしまうのか。


「時雨伯父上……あなたは、本当に何がしたかったんです……?」


 本当に、宇宙界の征服が目的なのか。

 自分の思う国を創る、それが本当の目的なのか?

 窓から見える景色には、雪が降ってきた。

 南方とはいえ、旧ナルスの南も僅かながら雪が降る。

 果てしない世界のどこかで、知らないことが沢山起きているのだ。今も。

 生命が、命たる扱いを受けずに、消えていくことも。

 到底耐えられない事実が、降り掛かってくる現実を、受け止めることだけで手一杯だ。


「まずは、この国をなんとかしないと……」


 ため息を吐きながら、しんしんと降る雪を見つめていた。



お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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