電光石火
妹と、親友の側近をこれだけ痛めつけた、敵。怒りをそのままぶつけるように睨みつける。
「高能! 好きに暴れていい。私が奴の動きを止める」
「っし、任せたぜ!」
電光石火の如く、目にも留まらぬ速さで駆け抜ける高能は、雷尉たる腕の持ち主だと認識させられる。普段はボケていて頼りなく思うこともある側近だが、いざという時には頼りがいのあるやつだ。
「稲妻ぁ!」
眩い光が辺りを包み込み、ウキルが顔を覆った。同時に奴の動きを封じる。
「固結!」
顔の前に腕を出したまま動けなくなったウキルは、もろに高能の攻撃をくらって弾き飛ばされた。
敵の隙をつき朱公と共に神奈を奪還する。
青ざめた神奈の頬を叩きながら、意識を呼び戻すために声をかける。
「神奈、しっかりしろ!」
「申し訳ございません杏奈様、毒は拭き取ったのですが……少し遅かったようです。毒の効き目が早く……」
血まみれの朱公が、顔を歪めながら頭を下げていた。よく見れば、朱公の腕も所々赤斑が出ているし、体は震えている。
「朱公、お前も毒が回ってるんじゃないのか? 大丈夫なのか?」
「私は多少の毒は耐性があります、この程度なら帰るまで保ちます。神奈様は、おそらく毒が強すぎたのだと……」
耐性があると言うだけあって、目はしっかりしていた。今は彼女の言葉を信じ、妹の解毒を優先する。
「毒のめぐりを確認する。透視」
体のどこまで毒が回っているのかわかる。
かなり全身に回ってきているようで、これでは確かに倒れるのも無理はない。
傷口と口から、急いで解毒用の薬を流し込む。
即効性のある解毒剤は早くも効き目を示し、妹の顔は随分と血の気を取り戻してきた。
「この分なら、もう少しすれば回復できるな。残るは……」
視線を移せば、側近と戦闘中の男が見えた。
かなり白熱した戦いを繰り広げていて、今から割って入るのは少々骨が折れる。
ここは、任せるか。
「高能! 殺すなよ!」
いくら先に仕掛けてきたのが相手とはいえ、こちらが向こうを殺せば、報復の大義名分ができてしまう。毒を盛られた側としては私達も同じことが言えるだろうが、幸いにも生きている。
「ちっ……これくらいで、勘弁してやらあ!」
高能がウキルの脳天から大剣を振り下ろした。
血しぶきが舞ったかと思えば、まるで噴水のように肩口から噴き出る鮮血。
「ぐっ……」
「早く逃げ帰れ。じゃねーと死ぬぜ」
面倒くさそうに大剣を肩に担ぎ、目の前の血まみれの男を見下ろす高能。
「勝負あったな……高能。帰るぞ」
まだ意識の戻らない妹と、毒が徐々に回っているであろう親友の側近を担ぎ、自分の側近に声をかけた。
「ああ」
高能が彼に背を向け、歩き始める。
足を踏み出したのと同時だった。
高能の胸を貫く刃は、私の眼の前で止まった。
しばらく目を見開いて、刃が刺さったままの高能を見上げる。
高能自身も目をまんまるにして、必死に脳内で処理しているようだった。
「……お返しです。では」
言葉と共に抜かれる刃。
塵のように姿を消したウキル。
同時に溢れ出す真赤な血が辺りを染めた。
膝から崩れ落ちた高能の背中に見える、球体。
すぐに察した。
「高能……!」
抱えていた二人を下ろして手を差し出せば、胸の傷はすぐに塞がった。おそらく自力で塞いだのだろう。
問題は背中の球体だ。
「これは、どの型だ……甲か、丙か……!」
センナに寄生する、甲型。
肉体に寄生する、丙型。
もし、甲型だったら。あの時みたいに。
朱己と味わった悪夢が蘇る。枝乃の、悪夢が。
背中が冷たくなり、目眩がしてふらつく体を支えようとすれば、手が震えていた。
「おい、杏奈。心配すんな、とりあえず帰るぞ。神奈たちがもたねえ」
「でも、爆弾が……」
落ち着け、落ち着け。
まともな思考回路にならない。
爆弾を切り離すには。
爆弾を爆破させないためには。
妹たちを助けるためには。
焦りと緊張で汗を滴らせた私の顔を包み込むように、高能が両手で挟んできた。
「よくわかんねーけど、とりあえず帰るぞ! ここで止まっててもしかたねーだろ、爆破するんならその時どうにかすればいい! 朱己がなんか知ってるかもしれねーしな。俺の足ならすぐに帰れる」
「あ、ああ……そうだな」
雷の速さなら確かになんとかなる。
まずは妹たちを助けなければ。
時限が設定されていないことから察するに、センナか肉体の限界が来たら、もしくは他の条件で爆発するのかもしれない。
だが今は、爆発する可能性よりも、早くたどり着ける方法をまずは選んだほうが吉か。
すぐ立ち上がると、妹たちを抱えて口を開く。
「高能、抱えられるか? 頼む、すまない」
「任せろ、そんなにやわじゃねえ」
女三人を抱えて、電光石火の如く走り抜ける高能。来た道をただ帰るだけなのに、酷く長く感じた。
ーーー
「杏奈! 高能! 皆無事!?」
戻ってくるやいなや、なだれ込むように治療室に来た四人へ駆け寄る。
「朱己、ああ、無事だ。解毒が間に合っているかどうかだが……」
「任せよ、わしの風で治療する」
回復系にはいくつか種類がある。
薬乃のように、音の波長で細胞を活性化させて回復を早める方法。
そして、葉季のように風で傷口を止血し、目には見えない程度の、大気中にあるありとあらゆる物質を駆使してすべての毒や損傷を治療する方法。
私は咄嗟に傷口を焼いて止血するくらいしかできなかったが、練習すればできるようになるかもしれない。
葉季の技は偲様がやっていた方法を白蓮伯父上から聞き、試していくうちに習得したらしい。
光属性である光琳も、光属性の主の効力である細胞の活性化で治癒をすることができる。光琳の場合は、センナの病気があるためにあまり力を使わせたくはないが。
センナ自身にも体の修復機能を促進させ、瞬間的に傷口を治す力はある。
しかし、センナの扱いに慣れていない者は、センナへの負担が大きく回復に時間がかかるため、基本的に危機的状況出ない限りは自分で治療することはない。
故に、回復技を使えるというのは、センナの消耗を最小限にしながら、最大限の速度で回復させることができるということ。自他を回復できる者が一人でも多いことが、国の運営にもかなり重要になってくる。
傷は綺麗に治ったが目を覚まさない二人の手を握り、顔を覗き込む。
「神奈……朱公……!」
「朱公と杏奈の解毒剤のおかげだのう、大丈夫、もうしばしすれば目を覚まそう」
葉季の言葉に胸をなでおろす。
彼を見上げれば、笑顔で頷いていた。
「して、高能。一番の問題はお主だ」
「ああ、なんとかできるか? これ」
背中を指さしながらあっけらかんと話す高能は、全く動じていなかった。
「……見せて、センナへ到達しているか見る」
見た瞬間は、息が止まるかと思った。
苦い枝乃の記憶。
高能の胸に手を当てる時点で、センナに到達していないことはわかった。
「体に入ってるね、センナじゃない。ちょっと我慢して」
言いながら彼の背中側へ回り、闇属性の右手の義手で背中を容赦なく貫く。
「がはっ……いっ……」
苦悶の表情を浮かべる高能の顔が、窓に反射して見えた。
それもそのはず。背中から貫いた闇の義手は、根を張る爆弾の周りの細胞を闇属性で壊死させていっているのだから。
「もう少しだから、我慢して。ごめん」
正直我慢して、という領域の話ではないのだが、高能だから何とかなるだろう、という期待をしている。
しばらくして、根が巣食う周りを完全に壊死させると、爆弾は消滅した。急ぎ壊死した部分の細胞に光属性を吹き込み、新しい細胞を生み出していく。
しばらく続け、完全に治ったのを確認して、高能から腕を引き抜いた。
「これで大丈夫だと思う。どう?」
「ああ、今はもうなんともねえ」
笑顔で返すと、首を回しながら悪態をつかれた。
「だけどもう少し痛くならねー方法ねえのか? 死ぬかと思ったぜ」
「そうね……考えるわ」
苦笑しながら彼の頑丈さに感謝した。
隣で杏奈が安心したように傷がふさがったばかりの高能の背中を叩き、彼の絶叫が聞こえたのはまた別の話。
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