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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第一章 ナルス
39/239

朱己の処罰(下)

上から時間があきまして恐縮です。

下です。


 盛大なため息が会場に響き渡る。

 ため息の主へと全員が視線を向けた。彼女は悪びれる素振りもなく口を開く。


「……三条家当主が、聞いて呆れるわねえ」


 椅子に深く腰掛けて、紺色の髪の毛の先を指に絡めながらあくびをする女性。


「さっきから、七宝は朱己をいじめたくて仕方ないみたいね。そんなに婚約破棄が嫌? なんなら瑪瑙の最適の相手、占ってあげましょうか。有料で」

「口を慎め! 朔! この守銭奴が!」


 怒声を上げる七宝殿には目もくれず、どうでもいいと言わんばかりに髪の毛をいじり続ける。しまいにはまたあくびをし始めた。


「……それでは、朱己の働きを見てから、と言うことでいいかな、七宝。意味がないことは時間の無駄だ」

「私も同意だ、白蓮殿。七宝殿、いかがか」

「神威、ありがとう。まあ、七宝以外は同意のようだけどね」


 議長の白蓮伯父上が笑顔で七宝殿を見ると、七宝殿は全員に聞こえるくらいの舌打ちをした。


「壮透。何か()()()()()()()()言いたいことはあるかい」

「……もとより、罪人時雨も二条家。二条家の者たちが迷惑を掛けること、心よりお詫び申し上げる」

「全くだ! 二条家こそ立て直しが必要なのではないか!?」

「七宝、お言葉だが我々は五家。民に関わるすべての責任は、全ての家が背負う。罪人時雨を止められなかったことによる、民への危険行為の責任はここにいる全員にある」

「ぐっ……! だが!」

「納得できぬならいくらでも喚けばいい。だが全員が肝に命じろ。我々五家は、時雨を必ず捕らえ、処刑することが大命題だ。それを忘れるな。以上」


 真っ直ぐ見る父の瞳は、他の追随を許さない能力同様、逆らえないものがある。見られた者は視線を外すこともはばかられるほど、固まってしまう。


「……いいだろう。皆納得したね。それでは、朱己の件はしばらく保留と言うことで。今後の朱己の働きに期待してくれていいよ。罪人時雨の件含め、引き続き厳秘案件だ。全員、いいね」


 白蓮伯父上の言葉で会は終わった。

 全員が部屋を後にしたあと、席にまだ座ったままの白蓮伯父上は私を見てくつくつと笑った。


「格好良かったよ、七宝に真正面から喧嘩を売りに行く姿」


 白蓮伯父上は笑いながら椅子から立ち上がり、父の横まで歩いてくると、父の肩を叩きながら呟く。


「まあまあだったんじゃないかな。ね、壮透」

「兄上。火に油を注ぐ悪趣味がまた露見しましたね」

「言い方が酷いね。まあ……これでしばらくは、五家は黙っているだろう。その間に、君は朱公を育てる。それから、あの紙束を解読し、時雨兄上の侵入を阻止する、なんなら捕まえる」


 伯父上の言葉に頷きながら父を見れば、父はこちらを一瞥して言った。


「朱己を除名することになんの利益もないことはあの場にいる全員がわかっている。それを、あえて言ってきた七宝は、朔が言うとおり私念もあるだろう」

「瑪瑙と葉季の婚約破棄ですね」


 瑪瑙は自分から父に持ちかけた、と言っていたけど、七宝殿にとっても利益のある婚約だったのは間違いない。


「婚約を壊された挙げ句、家業も任せられないからこっちで育てます、って言われたら怒るのも無理はない。本当のことだから誰も七宝を庇わなかったけどね。朱己……もとい、二条家のせいだけにしようとしてる時点で、五家の当主には本来相応(ふさわ)しくない」

「ええ、ただ七宝のような者が当主にならねばならぬほど、三条家は人財が枯渇しているということでしょう」

「ああ。……とはいえ、だ。今日の会合は面白かったね。壮透」


 相変わらず美しい笑顔で父のことを叩く。

 父はそれを軽くかわしながら踵を返すと、扉に向かって歩いていった。


「朱己。改めてわかったと思うが、五家は根幹が腐っている。だが、必ず味方もいる。中立だが理解している者もいる。負けてはいけないよ。まあ、壮透が釘を刺したから何か言ってくるような奴はいないと思うが、ね」


 そう残して、父を追いかけるように白蓮伯父上も部屋をあとにした。


ーー生かすも殺すも、私次第。

 部屋に戻ると、ちょうど外勤から帰ってきた葉季と廊下で会い、そのまま部屋に入った。


「して、無事に終わったのか?」

「ええ、滞りなく」

「……の割には、何かつっかえたような顔をしておるが?」

「あら、葉季はなんでもお見通しなのね。……三条家の家業を立て直すという喧嘩を売ったから、少し疲れたのかも」

 

 予想通りだったからか、驚く素振りもなく葉季は声をあげて笑い始めた。


「お主、やりおったのう! まあ、至極真っ当であるがの」

「真っ当かはわからないけど、これでやっと朱公たちが育った後も居場所がある、と思ってね」


 私の言葉に微笑む葉季は、私の考えなどお見通しのようだった。


「ああ、先日の父上の話し以降、お主が朱公や久岳のことを気にかけておることはわかっておったよ。縁もゆかりもない彼らにすれば、朱己に何かあった場合、中央に居場所がなくなるからのう。お主はそれを良しとはせんだろうしの」

「ええ、いつか私が居なくなっても十二祭冠という居場所があれば、彼らはやっていけるからね」

「居場所は、いつからでも作れる。と、お主は瑪瑙にも言っておったのう」

「ええ。無理やりはめられた場所ではなく、本来の自分で居られる場所で、輝いてほしいから……彼女が努力してきたことは、わかっているし。朱公も、久岳も、みんな」


 膝の上で手を握りしめると、葉季が手を重ねてきた。葉季を見上げると、額に唇が触れて、咄嗟に目を瞑った。肩を引き寄せられると、葉季の胸に収まる。


「人にはそう言っときながら……はめられた枠から、お主は逃げぬのだろう」

「元より、逃げる気もないわ。私の背負う業だもの」

「長ともなれば、こうもみな頑固になるものなのかのう!」

「そうかもしれないわね」


 しばらく笑い合って、指を絡めた。

 きっと彼なりの慰めなのだろう。


「安心せい。お主を一人にはせん」

「え?」

「お主が長としての業を背負うなら、例えナルスや他国が敵になったとしても、わしがお主の居場所になろう。けして、一人にはせぬ」

「……ありがとう、葉季」


 彼の胸の中は、酷く心地いい。彼の手を握り返して、深呼吸した。願わくば。彼を失わずに済むように。


---


 夜もふけたころ、父の部屋の扉を叩く。

 入れと言われて扉を開けると、父は一人で仕事をこなしていた。父はこちらに目を向けることなく最低限の言葉を放つ。


「用は何だ」

「教えていただきたいことがあります。香卦良(かけら)とは、何者ですか」


 父の手が止まった。

 顔をこちらに向けると、しばらく考えた後椅子に座るよう促される。

 近くの椅子に腰掛けると、父が近くの椅子に移動する。


「兄上の紙束に書いてあったか」

「はい。ただ名前以上は分からず、父様のところへ参りました」

「そうか」


 父は紙に何かを書いて渡してきた。


「ここにいる。ただし、一人で行け。そして、そこでのことは誰にも言うな」

「厳秘案件……ですか」

「ああ」


 紙を受け取って確認すると、今まで聞いたことも見たこともない場所だった。


「これは、どこですか?」


 父は顔色を変えることなく、こちらを見て答える。


「……二条家の古い書斎の奥の本棚に、一つだけ毛色の違う本がある。その本を押すと、本棚のある部分がとある空間に繋がっている」


 そこに、香卦良がいる。

 少しだけ脈拍が早くなった気がした。

 手が少しだけ汗ばんだ気がして、服に手を擦りつけた。


「朱己。けして、触れられる程に近づくな。危ない」

「猛獣か何かなのですか」

「いや。……とにかく近づくな。何があっても」


 父のその発言の意味を知るのは、実際にそうなってからだった。


お読みいただきありがとうございました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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