朱己の虚勢の解除の仕方
閑話的立ち位置です。
センナを暴走させてから数日。すっかり体の痛みも消え、センナ自体も大分回復傾向にあることを、身を持って実感していた。
センナが傷つくと外傷が治っても体が思うように動かなかったり、痛みが引かないというのは新たな発見だ。自由に動くようになった手を何度か動かしながら、辺りを見渡した。
まだ辺りは仄暗い闇の中。
どうにも休んでばかりで落ち着かないため、最近の寝室となっている薬乃の治療室を抜け出す。
いつもの自分の部屋なら、朱公や久岳が見張りをしているが、薬乃の屋敷に来てからは見張る必要がないため彼らも休んでくれる。見張り自体は、あの二人が来るまでは屋敷の使用人や隠密室の者がやってくれたりしていたが、個人的にはどうも落ち着かなくて嫌だった。かといって、見張りをしなくていいなどと言えば、父から怒号が飛ぶのは経験済みだ。
父に怒られたときを思い出して、少しだけ苦笑いをしながら気配を消して歩いていると、突如聞こえる耳馴染みのいい声。
「これ、どこに行くのだ? 逃亡常習犯め」
「よっ……葉季」
じとっとした目でこちらを睨んで仁王立ちしている葉季を見れば、引きつった笑顔しかでなくなる。
「ちょっと、お散歩に」
「……ついて行く。危ないからの」
葉季は頭を掻きながら私の隣に来てゆっくり歩き始めた。千草色の瞳と、千草色の髪。無駄な肉がついていない、細いながらに筋肉質な体。服装はいつも着流しだ。歩調を合わせて歩いてくれる葉季を見上げて、お礼を言う。
「葉季、ありがとう。……貴方に少し話もあったの。執務室に行ってもいいかしら」
さして驚く様子もなく、目線だけこちらに落とすと頷いて答えた。
「うむ、そう言うと思っておった」
本当は執務室ではなく秘密基地に行きたいのだが、伯父上の襲来、そして自分のセンナの暴走により秘密基地は破壊されているため、今は出入り禁止となっている。
誰もいない寝静まった廊下を抜けて、執務塔に入る。廊下の窓の外には月が登っていて、辺りを照らしていた。
執務室の扉を開けて入ると、最初に目に入ったのは書類の山。思わずため息が出るが、仕方ない。
基本的に執務室は十二祭冠同士は出入り自由になっているため、気がつくと承認書類等が山積みになっていることはよくある。
「……そろそろ、紙の承認方式も変えたいわね」
「そうだのう。これでは、仕事が進まぬな」
近くの椅子に腰掛けると、隣に葉季も腰掛けてきた。背もたれに体重を乗せるように体を預けて、葉季は思い切り伸びていた。
「して、お主の話とはなんだ?」
伸び終わると手を体の前で組み、こちらを見てくる。
「ええ、この前の白蓮伯父上の話を思い返していたんだけど、少し気になることがあって。白蓮伯父上は、時雨伯父上の目的は偲様のセンナを手に入れて自分のセンナと融合させ、ナルス全土を消し去ることと言っていたけど、本当にそうなのかしら」
「……本当に、とは?」
訝しげにこちらを見てくる葉季は、真意を真剣に脳内で探っているようだった。
「伯父上の目的は、本当に偲様のセンナを自分に取り込むこと? 玉解きと玉結びを、研究に研究を重ねて独自の方法で生み出したなら、人工的にセンナを作ることも可能なんじゃないのかしら」
「ふむ」
「仮にそうであるなら、わざわざ取り返さなくても、完璧に作ったセンナを自分に取り込んだらいいんじゃないのかしら。そして、白蓮伯父上はそれに気づいている気がしているの」
「……時雨伯父上が、偲伯母上と一つになりたいだけなのではないか? ……いや、違うか、それでは説明がつかんな……」
何やら考え始めた葉季は、眉間に拳を当てながら唸っている。
変なことを言ったかと、思わず自分の考えを反芻して確認する。でもやっぱりおかしいのだ。偲様のセンナを取りに来る以外の目的があるとしか思えない。それが果たして、本当に私のセンナを手に入れ、時雨伯父上自身と偲様を融合することなのだろうか。
「……朝になったら、父上のところからあの時雨伯父上の殴り書きの紙束をもらって来よう。何かあるやもしれんし、なにもないかも知れんが。もしかしたら、父上の読みは最悪の方向で正解なのかもしれんしの」
「最悪の方向……」
問いかける前に、言いかけて止めた。
そうか。やり方はいくらでもあるが、例えば中央の者たちのセンナをこぞって暴走させれば、特に何もせずとも中央は絶滅するだろう。そして、ナルス全土が崩壊するに違いない。
時雨伯父上が、ただナルスを葬りたいのであれば、もう出来ているはずなのだから。やらない理由があるはずだ。
「時雨伯父上の目的は、もっと別なことな気がして……いや、推測だけどね」
「ふむ、あるかもしれん。むしろ、本気を出せば襲来した折にちょちょいと二条家に来て奪っていけるはずだしのう」
「そう! それなのよ! 何度か手合わせした実績からしても、六芒の存在を見ても……簡単なはずなのに」
葉季は少し驚いたように目を見開いてから、口に手を当ててぶはっと吹き出した。
「すまぬ、話の腰を折るが。……お主、やっと元気になったのう」
「え?」
思っても見ない言葉に、今度はこちらが目を見開くことになった。葉季は私の頬に手を当てると、柔らかく微笑んだ。慣れない温もりが、少しだけこそばゆい。
「久方ぶりに、人らしい顔を見た」
「……私は人じゃなかったのかしら?」
思わずひねくれたことを言うと、頬にあった手は頭の上に移動し、頭を撫でてきた。
「いや、光蘭が亡くなってから今まで、わしらにでさえ外面だったであろう。人形のようだったぞ? 今のような話し方ではなく、会合のときのような話し方で話しておったしのう……まあ、途中からわしにはちょいと砕けておったが」
確かに、内輪にも会合のときのような硬い話し方をしていたかもしれない。虚勢をはって、大切な人を失って脆く弱い自分を見せないために。心配などかけないために。
「お主は、お主のままでいい。人は一人では生きられぬのだから、そのままさらけ出していいのだ」
葉季のおかげで、また自然と普通の話し方に、虚勢をはらない、自然体になれたのかもしれない。勿論、葉季だけでなく、みんなのおかげだが。
なんだか気恥ずかしく、少し俯くとそのまま頭の後ろに手が移り、葉季の肩に引き寄せられた。
「よしよし」
「……葉季。面白がってるでしょう」
少し睨みながら見上げると、頭を撫でる彼は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「まあ、しばらくこのままでおれ。よしよししたい日もあるでの」
「……そう」
「また忙しくなる。今のうちにゆっくり過ごそうではないか」
「そうね」
そのまましばらく、肩に顔を埋めながらされるがまま頭を撫でられ続けた。
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