紙束の交換条件
翌日、十二祭冠の定期会合。
「というわけで、皆には大変迷惑をかけたが、瑪瑙との婚約は破棄したのでご承知おき願いたい」
深々と頭を下げる葉季に合わせて、瑪瑙と私も頭を下げる。
「あの日のセンナの暴走については、既に父様からご報告いただいた通りで、私の油断にほかならない。私の処罰については、白蓮殿から五家会で決定すると言われているので、それを待つ。皆にも迷惑をかけた、本当にすまない」
複雑な雰囲気と固い面持ちの中、杏奈が口を開く。
「何はともあれ、無事で本当に良かった。朱己と葉季が無事であった事はこれ以上にない不幸中の幸いだ。傷も癒えたようだし、これからまた働きで返していこう、朱己」
「ええ。ありがとう、杏奈」
強い眼差しでこちらの身を案じてくれる杏奈に、心の底から感謝しつつ手を握りしめる。
「時雨伯父上の襲来については、少し気になることがあるため、策を検討したいと思っている」
「朱己姉、何か思い当たる節があるの?」
檸檬色の髪の毛を両耳の上で結ぶ彼女は、杏奈の妹、神奈。彼女は霧雲系筆頭の霜尉だ。
姉の杏奈とは対照的で、愛嬌と妹属性の人懐っこい性格が彼女の魅力だ。
「ええ、さすがにこんなに入られるのは異常。少しずつ結界の仕組みを変えてるのにも関わらず、だからね。色々と試してみたいと思っている。ただまだ考えあぐねているから、まとまったら報告する」
「わかった! 神奈の霧雲部隊はいつでも朱己姉に従うよ。隠密室がまだうまく機能してないなら、姉様と神奈の組合せのほうが何かと都合いいだろうしね!」
笑顔で拳を突きだす彼女。
神奈の霧雲系と、杏奈の五感支配が組み合わされば、敵の侵入はある程度防げるだろう。今までは隠密室お手製の石盤を要とする結界だったが、そろそろ限界を感じているというのはここにいる十二祭冠なら察しがついているはずだ。
「ああ、そうだな。朱己、いつでも言ってくれ。対応する」
神奈の提案に笑顔で肯定する杏奈を見て、私も笑顔でありがとうと返す。扉を叩く音がして返事をすると、白蓮伯父上が側近と入ってきた。
「失礼するよ、十二祭冠の皆」
「兄上」
「兄貴! 珍しいな、帰ってたのか」
私の父と声を揃えて同じ意味の言葉を発したのは、夏能殿。白蓮伯父上の側近は、夏能殿の兄君である夏采殿だ。
普段は、白蓮伯父上の激しいお使いに駆り出されているためにあまり一緒にいることはないが、今日はどうやら珍しく一緒らしい。
「よっ、夏能。壮透もおひさ! 元気そうで何よりだぜ」
小麦色の肌に臙脂色の髪の毛は、健康体の鑑のように映る。性格もカラッと晴れた晴天のような人だ。四条家は、こういう晴れやかな人が多い気がして、真面目な気質が多い二条家とは、性格も対比として映る。
父は夏采殿の呼びかけに頷くと、白蓮伯父上へと視線を移した。
「夏采が帰ってきたからね、少しお土産話を持ってきたよ」
白蓮伯父上は自分よりも高い夏采殿を見上げて促した。夏采殿は笑顔で頷くと、なんてことはないという風に話し始めた。
「ナルスの外で用を足してたら、時雨の側近、六芒の一人と戦闘になってな。半殺しにして、生け捕りにしてきたぜ」
「なっ!?」
そこにいる全員が目を見開く。言葉を失っていると、夏能殿が口を開いた。
「お、おい兄貴。六芒を生け捕りって……」
「おうよ! 弟よ褒めてくれてもいいんだぜ! まあ、時雨に一泡吹かせるために殺しても良かったんだが、一応俺たち四条家は二条家以外は指示がねえと手にかけられねえからよ!」
笑顔で親指を立てる。
あくまで、職権乱用はしないというのが夏采殿の信念ということだろう。
「おい朱己! 朱己も半殺しにしたんだろ? 確か、市松?だったか。俺が捕まえて来たのは、籠目って奴だったぜ」
「は、はい。夏采殿、彼らは何か力を持っていませんでしたか? センナに関わるような」
相も変わらず笑顔でいる夏采殿は、その時初めて考える素振りをしたが、すぐに笑顔になった。
「ああ! センナの気配を読む力? だった気がするな。まあ関係なく殴りまくったから、あんまわかんねーけどよ!」
思わず苦笑いする。かく言う私も、同じことをしたため何も言えない。白蓮伯父上がいつもの微笑みで私を見てきたのに気がついて視線を向ける。
「朱己。君がこれをほしいだろうと思って持ってきたよ」
白蓮伯父上が差し出してきたのは、夜中に葉季と話していた時雨伯父上の殴り書きの紙束。
「それは! ちょうど、頂きたいと思っておりましたが……」
怪しい。
これは、何か交換条件があるに違いない。顔にそう書いてある。あの完璧な笑顔の中にある、絶対的な要求。思わず構えると、白蓮伯父上は笑顔を崩さずに紙束を私のところまで持ってきた。
「はい。それから、これもあげるよ。私の研究結果だ。ただし、今回の件。明日の五家会の場でしっかり五家の幹部全員を納得させることが条件だ。いいね?」
五家会での幹部を納得させること。
思わず息を呑んだ。
「兄上。……何度も言いましたが、それは我々の役目です」
白蓮伯父上の私への要求を跳ね除けようとする父上は相変わらず整った顔で、ただ少しだけ静かに怒気を放っていた。
その場にいた者たちは、珍しく感情を表に出す父に驚きを隠せなかったのか、空気が緊張していた。
「壮透。君も譲らないね。いいかい、長の役目は次代長の尻ぬぐいではないんだよ。朱己は前科が沢山あるのは、わかっているね?」
「前科と表現するのは、いささか悪意を感じざるを得ません、兄上。朱己が首謀者ではない」
「時雨兄上の差金にまんまと嵌まったのにかい? あの一筆箋を忘れたわけじゃないだろう」
伯父上が言いたいことは、私自身が一番わかっている。
一年半前の婚約者の裏切り、側近に迎えた霊獣はそもそも時雨伯父上が南の村へ送り込んでいただろうこと、幾度となく時雨伯父上の侵入を許し、今回は暴走だ。
正直言って、並大抵のことではない。
「勿論、黒幕は兄上なのは理解しているけどね。五家会の面子が皆理解を示してくれるわけではないよ。議長として、どこかの家に肩入れする気も無いしね」
白蓮伯父上の目は冷たい。
単に白蓮伯父上が白髪に碧眼だからではない。
何より白蓮伯父上も、まだ納得していないのだ。
父が白蓮伯父上と対峙することが耐えられず、勝手に口から出てしまった言葉。
「わかりました。二条家代理として五家会には元々席を連ねておりますし、その場で何かあれば対応させて頂きます」
私の言葉を聞いた父が静かにため息をつくのがわかったが、こればかりは譲れない。
「いい目だ。朱己、それでは頼んだよ」
「朱己! ついでにあの六芒の絞め上げ方法も考えといてくれよ!」
満足したように笑い、嵐のように現れた二人は去っていった。
「朱己」
名を呼ばれ父の方を見ると、眉間に深く刻まれた皺。
「父様、申し訳ございません。必ず、伯父上も五家会の面子も納得させてみせますので、ご容赦を」
「……勝手にしろ。今日の定期会合は終了だ」
いつまでも父の影に隠れているわけにはいかない。そうして、今日の十二祭冠の定期会合は幕を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございました!
つづきます。




