あまりに酷な命の終わり
まもなくして切り替わった映像は、またしても例の地下室のものだった。
寝床に仰向けに寝転ぶデュアンは、自室の扉が何度も叩かれる音で目を覚ます。
「…さま……デュアンさま………」
「………ん………ショウバ………?」
深く眠っていたのだろう、デュアンは少し掠れ気味の声で呟く。
そしてゆっくりと身体を起こすとふらふらと扉の方へ歩き出した。
深夜の映像なのか………とするとこの記憶は祭りの日ではないようだ。
「…どうしたの。ショウバ………こんな夜中に―――」
扉を少し開け、部屋の外に目をやるが………そこには誰もいない。
「………?」
寝ぼけていたのか…デュアンは気だるげに目を擦りながら、そのまま部屋を出てキョロキョロと周りを見渡した。
「…ショウバ」
夜中の地下室付近はなんとも恐ろしげな雰囲気を放っていた。
裸足のままで寒そうに身体を強張らせるデュアンは、少しだけ部屋の周囲を歩き回ると小さくため息をついた。
「…夢………?」
夢でも見ていたのかと首を傾げるが、今この映像を見ているセシリオ達も確かにショウバの声を聞いたが―――
「!!」
突如デュアンの視界が揺らぐ。
否、それはデュアンが目線を滑らせた訳ではなく―――
「よし!捕まえた…!」
「こいつがセシリオだな。さて、とっとと済ませるぞ」
口を塞がれており、声を上げることも出来ない。
身体全体を使ってデュアンは激しく抵抗するが、相手の太い腕に固く捕まれて逃げ出すことも叶わなかった。
「おい!大人しくしろ、セシリオ王子!」
「すぐにぶっ殺してやるよ。王子様……」
―――違う。やめろ!彼はセシリオではない!
セシリオはその映像を見ながら、思わず叫び出しそうになってしまう。
このような緊急事態にも関わらず、ここからただ見ているだけで何も出来ないという事実に強く歯痒さを感じる。
しかしそんなセシリオ達の願いは虚しく―――
「―――ッッ!!」
謎の男達が振りかざした小刀によって、デュアンの首から大量の鮮血が勢いよく吹き出した。
視界に広がる紅、紅………喉を切り裂かれたデュアンは断末魔の叫びを上げることすら出来ずにひゅうひゅうとただ空気だけを漏らしていた………
………そしてそのままデュアンが力無く目を閉じたことで、映像はぷつりと止んでしまった………
「―――うわあああああ!!」
映像が終わるやいなや、セシリオは絶叫しながら感触のない地面を叩き付けた。
もはや冷静でなどいられる筈もなかった。
自分のせいで、デュアンはあのような人生を送り、幾度となく絶望を味わい、そしてその尊い命をも―――
「…デュアン………ああ…あ………」
すべて自分のせいで、このような目に………自分のせいで………
サクリーシャも隣で静かに肩を震わせていた。
セシリオとサクリーシャの二人がデュアンの記憶を辿るということは、それだけで拷問にもなりうるほどの苦痛と言えよう。
………いまだ感情の整理がまったく出来ぬ内に、その短い一生を終えた筈のデュアンの記憶が再び流れ始めた。
―――
そこは現在セシリオ達がいるこの場所と同じような異空間だった。
ふわふわと浮いているような状態のデュアンは、一言も発することなく下界を見ていた。
「…ぼく………死んだんだっけ」
ぼんやりと城の様子を眺めながらそうぽつりと呟く。
下界には自分の死体を抱きしめながら号泣するショウバの姿があった。
しかしその他の者はまるで何事もなかったかのようにショウバの周囲で片付けを進めている。
中にはあろうことか薄く笑みを浮かべる者まで見られた。
「………」
………死して尚もこのような扱いを目の当たりにせねばならないのか。
デュアンが、あの純粋な少年が、一体何をしたというのだ………
「…本当に、良かったです」
ふいに耳に入った声のする方に、デュアンはふわふわと流れて行く。
そこには豪華な食事をとるセシリオの姿があった。
「…誰も被害には合わなかったのだな?」
食事の手を止めてセシリオが尋ねた。
すると嫌みな顔をした相手はにっこりと不気味に微笑んで答える。
「ええ。強盗だったようですが金品などの被害もなく………皆、無事です」
隠し事をしているといった素振りすらなく、誇らしげにそう言い放った。
それを聞いたセシリオ少年は少し腑に落ちないといった表情を浮かべつつも、やがてこくりと頷いた。
「…はは………“被害は無かった”………そうか………」
それを聞いたデュアンは乾いた笑い声を上げている。
やがてセシリオに一礼し部屋を後にした先ほどの男は、今は他の使用人と談笑している。
「セシリオ様と間違われて殺されたんだってな」
先ほどなに食わぬ顔であのように言い放ったこの男、やはり何も知らされていなかったという訳ではなかったらしい。
………それにしてもこのような痩せぎすの嫌みな顔をした男など、セシリオの記憶には残っていない………現在はもう城にはいない人間だと思われる。
「身代わりになってくれて良かったよな。あんな忌み子………死んでくれて…まさに一石二鳥ってやつか!」
男がそう言って笑い声を上げると同時に、セシリオは怒りで地面を強く叩いていた。
叩いた地面には感触すらないが、握り締めた掌には爪が食い込み血が滲んでいる。
しかしそれに気が付かないほどに、セシリオは使用人の男に怒り狂っていた。
「………」
当然のことだがあまりの言われようにデュアンも言葉を失っている………
彼はどこまでひどい仕打ちを受け続けるのだろう………
《………憎いか………》
突然、デュアンに対し何かが語りかけた。
「―――誰?」
ぎょっと身体をびくつかせたデュアンが声のする方へ目を向けると―――そこには誰もいないが、代わりに一箇所だけ黒くもやが掛かったようになっていた。
「………何だ………?」
デュアンは警戒した様子で呟く。
《………セシリオが、憎いか………》
『セシリオ』という名前が出たことで、これまで警戒して固まっていたデュアンの身体がピクリと反応した。
「…何者だ………」
《………我は………魔王………貴様が望むならば………復讐の助けとなろう………》
黒いもやはその色を濃くしながら確かにそう言った。
デュアンは少しだけ沈黙し、やがて
「………何をすれば良い………」
ぎりりと音がするほど強く歯を食いしばりながらそう尋ねた。
《くくく…物分かりの良い人間だ………貴様には我の復活の為に動いてもらう………》
………この時デュアンの心にはもう、セシリオに対する憎しみしか残っていないようだった。
「セシリオをこの手で地獄に突き落とせるならば………ぼくはどんなことでもしよう」
決意を滲ませた暗く静かな声で彼はそう呟いた。
こうしてデュアンが魔王と契約を交わしたところで、この映像は静かに幕を下ろした………
―――
無理もなかった。
同じ血を分けた兄弟であるにも関わらず、天と地の差以上にひどすぎる扱いを受け、挙げ句の果てにはその兄と間違われ殺害されてしまう。
たとえ相手が実の兄であっても、言葉すらろくに交わしたこともないのだ………憎むなという方がどうかしている。
(…デュアン………)
セシリオは罪悪感で押し潰されそうになっていた。
自分のせいでデュアンは………いや、それだけではない。
デュアンやサイファスたち刺客が魔王復活のために起こした騒ぎの被害者たちも、元を辿ればすべて…すべてが………
「俺の責任だ………!」
セシリオは噛みしめるようにそう言うと、その場でがっくりと項垂れた。
「…違う………違うよ………こんな…こんなのって………!」
大粒の涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらサクリーシャは言った。
彼女の優しい心もまた、デュアン少年の立たされたあまりの仕打ちに限界が来ているようだ………
………しかしそんな彼女の言葉にも、セシリオは頷くことすら出来ない。
今はサクリーシャの優しい慰めであれ、セシリオの心に響くことはなかった………




