よみがえる記憶
項垂れて唇を噛むセシリオの肩を、サクリーシャが優しく叩いた。
だがしかし、彼女の優しさも今は―――
「…サクリーシャ………すまないが―――」
顔を上げ、彼女の方に目を向けたセシリオはあまりの衝撃に目を疑った。
そこにいたのはサクリーシャではなく、なんとデュアンだったのだ。
「………!!」
彼がここに立っていることなど考えもしなかったセシリオは驚きで言葉を失ってしまう。
そんなセシリオの状態を理解しきっている様子のデュアンは小さく微笑んだ。
「…僕のこれまでのこと、見てくれたんだね………」
落ち着いた物言いのデュアンに対しセシリオとサクリーシャは依然驚いたままで、もはや感情をどこへ持って行くべきか分からない。
「ここは僕の創った精神世界………魔王のいる現実世界の時は今止まっている状態だよ」
混乱している様子のセシリオ達を差し置いて、デュアンは冷静に状況を説明し始める。
「…僕が鍵となる言葉を言うことで…二人がここに飛ばされて、真実を知ってもらい………記憶を取り戻す、ということになってる」
色々と思うところがあるのだろう…デュアンは俯き、少し言いにくそうに言った。
「………僕が貴方を………“兄”と呼ぶことが鍵だった………」
悲しそうな、しかしどこか嬉しそうにも見える………そんな何とも言えぬ複雑な表情で、デュアンはセシリオを見つめた。
「………デュアン…俺は………」
セシリオの頬を、また一筋の涙がつたう。
「………僕だって、貴方に何の罪もないことは分かっていた………」
二人のやり取りを黙って見守るサクリーシャもまた、とめどなく溢れる涙に両手で顔を覆っていた。
「…だけど何かを、誰かを恨んでいないと………自分を保てなくて………」
デュアンは右手で自分の前髪を強く握りしめ、静かに涙を流した。
その場が、少しの間だけ静寂に包まれた。
それぞれの誤解や無知…それにより生じたわだかまりが少しずつ、ゆっくりと浄化されていくような気がした。
「………今にして思えば、僕を襲った強盗や兄さんに僕の悪口を吹き込んだ奴、そしてショウバの声で僕を呼んだのも…すべて魔王だ………」
デュアンは目を閉じて静かに意見を述べた。
「奴は武力はそれほどないのだけど………人に化けたり、欺いたり洗脳したり…そういうことに関してはものすごく長けている」
すべての元凶となった満月の忌み子に関する予言もすべて魔王の差し金………なんという狡猾さだろうか。
人が人を疑い、いがみ合い、そしてその果てに傷付け合う………そんな様を自らは一切手を下すことなく嘲笑っているのだ………
「………なんという奴だ………」
セシリオは語気を強める。
これほどまでに憤りを感じたことはなかった。魔王が憎くて憎くて仕方がない…それ以外に考えることすら出来ない。
「…あまりゆっくり話している時間はないね………要点だけ話す」
セシリオの言葉に頷き、同調しながらデュアンが口を開いた。
「まず、魔王は僕たちインセルズの血族には殺せない………何度でも蘇ってしまう」
人が絶望する様を楽しむ魔王………あの時わざわざああ言っていたのは、あえて希望を絶つ為であり事実だったらしい。
「魔王を封印出来るのは………勇者ピナシェの血族、つまりサクちゃんだけなんだ」
デュアンの大きな瞳がサクリーシャへまっすぐ向いた。
「………ぇ…私?」
あからさまに戸惑いを見せるサクリーシャ………無理もない…彼女は―――
「…心配ないよ。この後、僕が二人の呪いを解くから………」
曇った表情のデュアンは、セシリオともサクリーシャとも目を合わせずに呟いた。
「…その前に………サクちゃんに、これを」
そう言ってデュアンが差し出したのは―――
「…これ、デュアンの―――」
「…呪いが解けて、すべて思い出したらきっと分かる………それで魔王を滅ぼしてくれ」
俯いたままの彼が、どんな顔で、どんな気持ちでそう言ったのかは分からない。
デュアンはセシリオの目元とサクリーシャの首筋に手を当て、目を閉じた。
「………二人とも………今まで、ごめん………」
彼の細い指から、とても懐かしい何かを感じたセシリオはそのまま意識を失ってしまった。
―――と、いうより意識が別世界に飛ばされたと言う方が適切かもしれない。
そしてセシリオと同様に意識を飛ばしたサクリーシャにも、二人に何度も謝罪しながら涙を流すデュアンに目をやる余裕はなかった―――
―――
「―――王様が乗っておられた馬車が、馬車ごと―――!」
「…そんな…!!セシリオ様は―――!」
「あの予言が当たっちまったのか!!あんなに素晴らしい王様と王妃様が!!」
「殺しちまえ!!やっぱりアイツは呪われた子だ!!アイツのせいだ!!」
「―何を言う!デュアン様も王子であらせられるのだぞ!!口を慎め!!」
「―しかし―――!」
………これは………父さんと母さんが亡くなった日のことか………
当時は幼く、何も分からなかったが…大人達が慌てている様を見て、恐ろしかったということだけは感じたな………
…そしてこの時にデュアンは………
「アウラークからひっこしてきた、キサです!みんなよろしくな!」
「…で、あっちのヤツは?みんなであそぼうぜ!」
「…ああ、あいつは王子だからって偉そうだよな」
「話したことないし…別に友達じゃないもん」
「え~?王子とかかんけーねーだろ!…おーい!おれと友達になろーぜ!」
「………え………」
「おれキサ!おまえは?」
そうだ。キサが越して来たから、俺も皆の輪の中に入れる様になって………
「あ、えっと…そのう………広すぎて迷ってしまって~…はは、すみません………」
「…案内しよう。どこへ行くつもりだ…?」
さっきの記憶と繋がる部分か…この時がサクリーシャとの初めての出会いだったのか………
同年代の女性とまともに会話したのはこれがほぼ初めてだったから…緊張しているな………
「満月の忌み子…?」
「―セシリオ様!!そんな文献をどこで!!セシリオ様がお気になさるようなお話ではございません!!」
………俺がデュアンの存在に感づかぬように、城全体を魔王が先導していたのか………
「…セシリオ様は、弟や妹…兄弟が欲しいと思ったことは、ありますかな?」
「もちろんほしい!!………城の者は皆、親切だが…やはり………家族がほしい………」
「………セシリオ様………いやはや、妙なことを尋ねてしまい申し訳ない………」
………ショウバ………彼だけが惑わされることなく………
いつもデュアンの傍に………そして彼が俺と和解出来るように………
「セシリオ様、十二のお誕生日おめでとうございます!!では早速、乾杯と―――」
「…やだちょっと、何あれ………」
「先ほどまで晴れていたのに…不吉な黒雲………」
『………セシリオ・インセルズ………』
「―――おい!あれを見ろ!!…あいつは―――満月の………!」
『おまえのこれから歩む道が、どうか限りなく不幸なものでありますように………』
「―――!!」
「うわああぁあ!!」
「きゃあぁぁ…!!」
「せっセシリオ様あぁあ………!!!」
轟く雷鳴、見たこともない漆黒の雲。
あの日…そんな黒雲と共に突如パーティー会場に現れたデュアンが、自分に刺すような憎悪を向けそして………
その腕が振りかざされた時―――右目に焼けるような痛みが走り、いつの間にか気を失っていた………
そして次に目が覚めると………俺はこれまでの記憶と声を、失ってしまったんだ………
白く剥いた右目の周りに、痛々しいアザを刻んで―――
―――
「…そう…か………」
次に目を開くとそこは、魔王のいたあの異空間のようだった。
今まで無くなっていた身体中の痛みが再びセシリオを襲う………精神のみが飛んでいただけで、傷が癒えた訳では決してないのだ。
しかし先ほどと違う唯一の点、それは―――
「…すべて………思い出した………」
セシリオの呪いが、すべてきれいに解けたことだった。
失われていた記憶は何もかもよみがえった。
声は…他人に届いているのか。
アザは消えているのか。
その点は今は確かめようもないが………
痛む身体に鞭を打ち、セシリオは首を少しひねり魔王の様子を確認した。
…必死の形相で今はデュアンに襲いかかっている。
おそらくデュアンが解呪の意志を示したことで慌てているのだろう………
助太刀せねば………しかし身体が…動かない………
…自らの血が訴えかける………インセルズでは魔王は滅ぼせない。しかしピナシェが魔王に止めを刺せるように補佐するのは、インセルズでなければならないのだ。
このふたつの血族が揃って初めて魔王を封印することが出来る。
そして…迷いがあってもいけない。
今回千年もの時が経ったとはいえ、魔王が蘇ってしまったのは以前の封印に何かしらの欠陥があったためだろう。
全力で魔王を封じなければならない………だがその為には身体が動かせなければどうしようもない………
悔しさともどかしさに顔を歪めるセシリオの身体に、突然強い光が差し込んだ。
一体、誰が何をしてそうなったのか…驚きで目を丸くするセシリオだが、どうやらデュアンもサクリーシャも魔王でさえも予想外の出来事だったようだ。
天の救いか、はたまたセシリオ達を陥れる更なる試練か………戸惑うセシリオがその原因に気が付くのは少しだけ後のことである。
少し捕捉します。
今回よみがえったセシリオの記憶について…
通常だと幼少の頃の記憶など鮮明に持っていることはないと思われますが、セシリオの記憶はいわば冷凍保存のような仕組みとなっています。
呪いをかけられた12歳の時点で冷凍されている記憶を、今現在再現しているために、普通よりも鮮明に昔のことを思い出すことが出来るようになっています。
ちなみにサクリーシャは記憶を一部改竄されているだけなのでセシリオのケースとは異なります。
以上、だからどうということでもないですが捕捉でした。




