たとえこの命尽きても
少年の細い身体の中心に貫かれた大剣。
その光景を息をすることも忘れてただ見つめるメフィとファース。
「っあっはははっっ!!ほんと弱っちいのコイツ!!ゴミクズみたいに簡単に死にやがった!!」
フィルは目を大きく見開いて心の底からおかしそうに笑った。
その大笑いがメフィ達の身体を動かす合図となり、怒りに燃える二人はフィルのもとへ再び走り出した。
「おのれぇぇえぇ!!!!」
「………来ないで………!」
この場にまたも沈黙が訪れた。
ワイトのそのか細い声が、怒りで我を失いかけていたメフィに冷静さを思い出させる。
「………ワイトくん!…生きて―――」
彼の指示通りその場に立ち止まったメフィは、安堵しきった様子で口を開きかけたが―――
直後、ワイトを中心とした半径数メートルの空間を漆黒の闇が包み込んだ。
「!?」
少し霧がかったその空間が徐々に晴れ、やがてワイト達の姿が鮮明になると―――
「…ぁ………がは………………」
ワイトの傍らに、胸を抑え白目を剥いてもがくフィルの姿があった。
その様子を息も絶え絶えに見守るワイトは、やがてフィルが動かなくなるのを確認すると同時にぱたりと倒れた。
透き通るような白い肌を浅黒く焦がしたフィルは、驚愕と怒りが入り交じったような凄まじい形相で息絶えている。
「ワイトくん!!しっかりするんだ!!」
そこかしこに瓦礫が散らばる足場の悪い道を、メフィはよろめきながら走った。
ワイトの周辺の草は黒く焦げておりまだ煙も上がっている。
「………やっと…倒せた………良かったです………」
ワイトはジュリエットを抱き、ゼエゼエと苦しそうに息を吐きながら呟いた。
「よくやってくれた!大丈夫だぞ、今助けてやる!」
「………メフィさん、彼は………」
ワイトの傷口を止血しつつ彼の顔にハーブを塗るメフィに、ファースは歯をくいしばりながら言った。
「………あいつの髪の毛………取れたからよく……効いて………」
「ワイトくん、口を開かなくて良い」
ワイトの抱くジュリエットには、彼の言葉通りたくさんの金色の毛が刺さっている。
苦痛に顔を歪めながらもどこか満足げなワイトの肩に、メフィは優しく手を添えて言葉を制止した。
「…メフィさん…彼は自己を犠牲にする呪術を使用したのです………ですから…」
そんな二人の後ろに立つファースは苦々しそうに言う。
「…まさかこれほどの術を操るなんて………」
ジャジュの人間の中でも、長となれる実力を持つ者にしか使用出来ないとされる強力な呪術。
ワイトがフィルに使用したのはそんなとてつもない呪力と、対象者の身体の一部と、そして………自らの命が揃って初めて成功する自己犠牲の術だった。
このような年端もいかぬ少年が簡単に使用出来るようなものでは決してない。
「………憎しみ…の…力です………ぼくは、こいつらを…絶対に許さない………」
ふとワイトの瞳に悲しみの炎が揺らいだ。
彼の言う通り…ショウバを失ったことに対する強烈な憎しみが、ワイトの本来持つ呪力を何倍にも高めたのだろう。
「………こんな、ぼくでも………役に立てた…ありがと…う……セシ、リオさん…にも………ありがとう………」
そう言って涙を溢したワイトの瞳には、もう先ほどまでの憎しみの色は消えていた。
彼はとても晴れやかな笑顔を浮かべた後、ふっと目を閉じ…ジュリエットを抱いて事切れた。
「ワイトくん………!頼む、目を開けてくれ………!」
泣きながらワイトの身体にすがりつくメフィの背中を、ファースは悔しさに唇を噛みながら優しく擦った。
しかしこんな時でさえも、ゆっくりと別れを惜しむことが出来ない現実がそこにはあった。
二人の周りには無数の魔物が囲っており、隙だらけの二人を襲うタイミングを今か今かと伺っている。
その殺気を感じとったメフィは、涙に濡れた瞳を暗く染めて立ち上がりレイピアを強く握りしめた。
ゴガガガガガガッッ!!
メフィとファースのみならず魔物たちの視線をも奪ったのは、割れるような凄まじい音だった。
その音の発生源は文字通り“割れて”おり―――
「…な………っ!―――どういうことだ……!?」
中腹辺りで起きた爆発と共にゆっくりと崩れゆく塔を、メフィ達は唖然としながら見つめていた………
―――
「…やっと二人きりね………」
目だけで人が殺せてしまえそうなほどに鋭く恐ろしい目をしたパネイラは、サクリーシャに向かってそう呟いた。
高いヒールをカツカツと鳴らしながらゆっくりとこちらに近付いて来る彼女を前に、サクリーシャは腰を抜かしてしまい動けない。
自分を見下ろすような姿勢で目の前に立ったパネイラを、サクリーシャは美しいと思ってしまった。
近くで見るとよりはっきりと分かる目鼻立ちの良さ、そして鍛え抜かれてはいるが女性らしい肉感を保った絶妙なバランスの肢体………女性なら誰もが羨むプロポーションの持ち主だ…などと今考えるべきではないことばかり頭に浮かぶ。
「アタシね、アンタがずっと羨ましかった」
そんな女性からのこの発言は、当然サクリーシャを驚かせる。
「………ぇっ…あの、私は………」
「アンタみたいに何にも無い女が………ずっとデュアンの心を支配していて………」
ああ、この女性は…デュアンを………
サクリーシャはどういう表情で彼女の目を見れば良いか分からず、自然と視線を逸らしてしまっていた。
「どんなことがあっても!!ああやって裏切られてもなお!!デュアンはアンタを愛している!!」
改めて言葉にすることでパネイラの感情はどんどん高ぶっていく…彼女の激しさにサクリーシャの身体は凍り付いたように動かない。
「根深すぎるのよ………アンタなんか、アンタなんか!惨たらしく殺して灰にして!二度とデュアンの目に付かないようにしてやるわ!!!!」
パネイラが扇子を大きく振りかぶった瞬間、身動きすら取れないサクリーシャは固く目を閉じ身体に力を込めた。
―――
セシリオが次に意識を取り戻した時、頂上のこの部屋はやけに静まりかえっていた。
固く冷たい床から素早く身体を起こしたセシリオは、痛む頭を押さえつつ慌てて周囲を見渡す。
「サクリーシャ!」
彼女は、部屋の中心で魂が抜けたように座り込んでいた。
急いで駆け寄るがこの位置からは一体どういった状況なのかが分からない………一見すると人形のように思えるほどに力がない………
「おい!しっかりしろ!何が―――」
彼女のもとへ駆け寄り、間近でその状況を見たセシリオは思わず息を呑んだ。
パネイラの美しい身体の中心に漆黒の大きな槍が貫かれており、そして今まさにそれが引き抜かれる瞬間だったのだ。
激痛に顔を歪めるパネイラはどこか諦めたような表情を浮かべると勢い良く吐血し、そのまま前屈みにドサリと倒れ込んだ。
「!―――デュアン!!」
彼女を貫いた見覚えのある漆黒の槍は、やはりデュアンのものであった。
「………」
セシリオの呼び掛けに彼は当然返事をすることなく、ちらりと一瞥だけしたかと思えばなんと一瞬で煙のように消えてしまった。
「!?一体何がどうなっているんだ………」
自らが意識を失っている間にどういう出来事があればこんな状態になるというのか………
真実を知っているはずのサクリーシャはただ虚空を見つめ、物言わぬ人形のようにへたり込んでしまっている。
この状況だけで経緯を理解するには、あまりに不可解なことが多すぎる………デュアンのいた辺りをぼうっと見つめながら、セシリオも思わず立ち尽くしてしまう………




