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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
76/92

来世に、今とは異なる夢を見て

 死を覚悟する時間すら与えられず、ただ迫りくる恐怖に目を閉じたサクリーシャだったが、一向にその瞬間は訪れなかった。

「………?」

 恐る恐る目の前に視線をやった彼女の瞳に映ったのは―――腹部から刃物を露出し血しぶきをあげるパネイラの姿だった。

「………ひっ………!」

 身体中の血の気が一斉に引いていくのが分かる…恐怖と混乱で気が狂ってしまいそうになる。

 この時には既にセシリオの意識は戻り、サクリーシャの元へ駆け寄って彼女に呼び掛けていたのだがその声すら一切届いていなかった。


 わなわなと震えるサクリーシャの足元にパネイラの身体が倒れ込んできた。

 …そしてその後ろから現れたのは―――血みどろの槍を構えたデュアンであった。

「………デュアン………?」

 自分にすら聞こえないほどのか細い声でそう呟く………サクリーシャを見つめる彼の表情は悲しげであり、身体はなんだか透けているように見える………

「………」

 まったく声を発することのないデュアンはパネイラとセシリオにひどく冷たい視線を向けた後、身体ごと跡形もなく消えてしまった。



「サクリーシャ!おい!しっかりしろ!」

 セシリオの必死の呼び掛けでようやく意識を取り戻したサクリーシャは、消え入るような声で言葉を紡いだ。

「…ぁ………デュアンが………」

 今しがたそこにいたデュアンの残像を追うように、サクリーシャは視線を泳がせている。


 そんな彼女の様子を見て少し時間が必要だと感じたセシリオは、わずかな力を振り絞り起き上がろうとするパネイラの方へ向き直った。

「………ぐ………っ」

 パネイラは右手に固く拳を握り懸命に体勢を変えようともがいているが、身体から流れ出る血の量を見るに助かる状態だとは思えない。


「…仲間割れか…?」

 そう問いかけたとて返事がある筈もないのだが………先ほどまでの激しさをすっかり失ってしまったパネイラに、語りかけずにはいられなかった。

 もがく彼女を少し気の毒に思ったセシリオは、そのまま彼女の身体を抱き起こす。

「…同情…?………いらな…わ………わか、てて…やった…のよ………」

 荒い呼吸をしつつも尚も強気な視線のパネイラだが、セシリオの手を振りほどく力も残っていないようだった。


「…あの…女に……手、出せば………止めに来て…くれ……っ……から………」

 途切れ途切れになるパネイラの言葉。セシリオには彼女の言わんとすることはもはやほぼ伝わってこない。

「…デュアンは…ここ…には、いな………わよ………」

「そうか…」

 それは分かりきったことだが、目の前で息絶えようとしている女性に対しては優しく頷くことしか出来なかった。


「………最後………くらい…幻……じゃ…くて………直接……ふれて………った……」

 少しばかりの沈黙の後、パネイラは絞り出すようにそう言うととたんに険の取れた柔らかな表情になり大粒の涙を流し始めた。

「…デュアン………」

 そしてそんな哀しみに満ちた表情を浮かべたまま………

「………」

 セシリオは出来るだけ優しく、そっとパネイラの身体をその場所に寝かせ涙をぬぐってやった。


「…セシリオ……」

 その様子を見守っていたサクリーシャがゆっくりとこちらに向かって来る。

 まだ少しやつれた表情をしているものの、正気を取り戻したサクリーシャは事の顛末を語った。


「…先ほどのデュアンは幻…実体ではなかったわけだな………」

「デュアン…一体どこにいるの………」

 頂上が囮だったと判明したとはいえ、デュアンの居場所は依然として分からないままである。


 チユキのことも探す必要があるとひとまず部屋の出口へと向かったその時に、それは起こった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………


 足下の激しい揺れと割れるような音と共に、視界が大きく揺れる。

「―――!?な、なんだ!?」

 サクリーシャの方に向きたくとも身体の自由がまったくきかない。

 それもそのはず、部屋全体が大きく揺れており―――そう、崩れようとしていたのである。


「せ、セシリオ!………塔が…崩れて―――!」

 そう言いながらサクリーシャは、急斜面となった地面を勢いよく滑り落ちてしまった。

「サクリーシャ!!」

 彼女の手を取ろうとするセシリオも成す術もなく床を滑り降り、やがてあっという間に空中へ投げ出されてしまった。


 ―――


「よお!お待たせ、フィミリー!」

 へらへらと笑みを浮かべて手を振るキサを、フィミリーは鬼の形相で睨み付けた。

「…キサさん………っ!…本っ当にどれだけ無茶を………!」

「わりぃわりぃ!でもほら、助かったし!おれもチユキもみんな助かったから、な!」

 チユキは顔のみならず全身真っ赤にさせてふらついているが、怪我などはなさそうだ。

 ここでこれ以上どうこう言っても時間の無駄だと判断したフィミリーは、むくれつつも口を閉じた。


「おしっ!じゃあ遅くなったけど………アイツにトドメ刺さねーとな………」

 これまで力を無くしたようにその場に座り込んでいたサイファスが、その言葉に反応しキサに詰め寄る。

「おい!もうあれで良いだろ!!まだ何か―――」

「…残念だけどさ、あれはおまえの知ってる親友じゃねぇよ………」

 今も身体中に植物が巻き付いている状態だというのに、近くに獲物がいないというだけで動作を停止してピクリとも動かぬゼヴァール。

 そんな彼に優しかった頃の心がまだ存在しているとは到底思えない………それは誰が見ても明らかだった。


「………………」

 現に変わり果てた彼に手を上げられたサイファスも、そのことは痛いほどに理解していた。

「…アイツもオマエもかわいそうだけど…おれたちはこの塔をぶっ壊さねーといけねぇから………」

 キサの発言には味方であるフィミリーとチユキも目を丸くした。

「キサさん!?何を言って―――」

「うん、大丈夫だ。おれもゾディに、上に行ってもダメだってこと教えてもらったから」

「しかしまだ上にはセシリオ様達が!」

「おれたちと同じように、神鳥様に救ってもらう!…時間ねーから、みんなは先に神鳥様に乗ってくれ!」

 そう言うとキサはフィミリーたちを無理矢理に神鳥へ乗せた。


「…よし、じゃあゾディ!頼む!」

 キサがそう叫ぶと彼はみるみるサドへと姿を変えた。

「………無茶をする………」

 サドは言葉少なにそれだけ言うと、ゼヴァールのいる部屋へ向かって爆発を起こした。


 戦いの最中に無数の傷を付けられた柱たちは、この爆発でいとも簡単に崩れ落ちてゆく。

 まさかキサがここまで考えて策を練るとは…サドは何とも言えぬ不思議な気持ちになりながら、素早く神鳥の背中へ飛び移った。


 植物に身体を固定されたままのゼヴァールは、一切の抵抗を見せずにやがて瓦礫の雨の中へ消えて行った。

 それは射程範囲に獲物が存在しないがためにただ動くことを必要としない人造人間だったのか、それとも自ら抵抗することを放棄したゼヴァールだったのか―――その答えは神鳥の背中で悔し涙を流すサイファスにさえ分かる筈のないことだった。

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