優しい貴方
溢れる涙を少しだけ拭ったショウバは、一呼吸置いてからまた口を開いた。
「…デュアン様があのようになってしまったのは、お世話係を務めておりました私の責任です……」
王子でありながら産まれた瞬間からその存在を忌避されていた彼は、程なくして数少ない味方であった両親に先立たれてしまう。
元より“満月の忌み子”は王子として相応しくないとされていた中で続けざまに起こった不幸により、不慮の事故の全責任は幼い彼に重くのしかかる……
「しかし私は信じられませんでした!出所も曖昧な予言ひとつで人が殺せるものか!と…!」
一時はデュアン処刑の案までもが出たがショウバはそれを強く反対し、彼専属の世話係となりさらに彼を幽閉するということでその場を収めた。
「…あの時の人々の様子は異常だった……そうなるように誰かが先導したとしか……」
当時を思うショウバの瞳は暗く濁っていた……それほどまでに幼いデュアンへの風当たりは強かったのだろう……
「…それからデュアン様は外出することすら許されず、10年もの時を地下室で孤独に過ごされ……」
そこまで言うとショウバは再び悲痛の表情を浮かべて口をつぐんだ。
「…十になったばかりのある日……城に侵入した族によって、その命を奪われました……」
ショウバはうつむき数秒沈黙した。
涙が止まらず同じくうつむくセシリオに加え、サクリーシャも両手で顔を覆いながら重すぎる真実を聞くのにやっとという状態だった。
「…デュアン様の死後、あろうことか安堵の声を漏らす使用人を目の当たりにした私は、もうここには留まることが出来ないと城を出ました……」
セシリオのことは心残りだったショウバだが、一人息子のように愛したデュアンをそのように扱う空気には耐えられなかった。
「…私には妻も子もおりません……一使用人ごときがおこがましい話ですが、デュアン様は私にとってかけがえのない御方でした…!」
「…そしてさらにその数ヶ月後、セシリオ様が生誕祭で…不幸な呪いに冒されてしまったことを知りました……」
残りの人生を、セルディアを混乱の渦に突き落とした予言について調べると決意していたショウバは、旅先でセシリオの身に起こった不幸を知った。
「……しかしまさか…セルディア全域を対象とした記憶の改竄までもが行われていたとは……」
「…あれほど有名な予言を、セシリオ様やサクリーシャさんがご存知なかったのは…意図的な力によるものだったのですね……」
フィミリーはぽつりと呟いた。
「…それほどに強力な魔力……やはりデュアン様は何らかの方法で魔王と繋がり、蘇ったと考えるのが自然でしょうな……」
…そして自分を強く憎み呪いをかけたのだ……当時の自分は一体どのように彼と接していたのだろう……自分の振る舞いが彼を追い込んでしまったのではないかとセシリオは自らを責めた。
「ある時、私が持つ能力はセルディアへ戻るという道を断ちました……そのため各地を転々とした後、こうして孤独に過ごしていた…という訳です」
おそらくショウバの言う『能力』とは予知能力のことだろう。
彼はこの地で孤独に真実を守り続けていれば、いつかそれを必要とする者―つまりセシリオ達が訪れるということが視えていたのだろう。
「…そしてまたある時、デュアン様が私を始末するという未来が視えましたが…私は抵抗する気は持ちませんでした」
…悲しい話であるが、そうすることが彼なりの償いだったのかもしれない……
「それからは見ての通り、わずかな可能性に賭けて説得を試みましたが…やはり私には出来ませんでした……」
ショウバは悲しく微笑んだ。
「……デュアンにもう一度会わねばならん……」
セシリオは周囲に聞こえるかどうかなど気にせずに、強い気持ちでそう言った。
するとずっと泣き続けていたサクリーシャもそれに反応し、セシリオの方へ向き直った。
「…うん……私も…そう思う……」
彼女もセシリオと同様、周囲からすれば話の流れが読めないということを気にせずにそう返した。
「デュアンは俺のことだけは直接葬るつもりでいるようだ……ならばそれを待つのではなく、こちらから出向こう」
そう、彼は去り際に強い殺意をセシリオに向けて――
「―そうだ。思えばあの時、デュアンは俺の声を聞いていたな……」
デュアン達が小屋を出る際に思わず呼び止めたセシリオの叫びに、彼は反応していたのだ。
それは彼がセシリオを呪った張本人であるからなのか、それとも――
「…デュアン様が魔王にそそのかされているのだとすれば、奴の狙いは世界の滅亡…」
「……出て行く時に、それらしきことも言っていました…よね……」
確かにチユキの言う通り、サクリーシャの拒絶に絶望したデュアンはそう言った……だとすればあまり時間はない。
「…残された時間はそう長くないでしょう……そしてデュアン様が居られるのは、おそらくセルディアにある魔王の封印されし塔……」
そこで何らかの方法で完全に魔王を復活させ、全てを破壊するつもりなのだろうか……
「…そして私がこうして思念を維持出来る時間も…もうあと僅かです……」
改めてショウバに目を向けると彼の姿は先程より明らかに薄くなっており、いつ消えてしまってもおかしくないほどだった。
「…!…ショウバさん…っ…!……本当に…なんと言って良いのか……!」
サクリーシャは大粒の涙をこぼしながら何度も何度も彼に頭を下げた。
ショウバは自分やデュアンのためにその生涯を捧げた上、思念として留まってまで真実を伝えてくれた。
セシリオには非常に残念なことに彼との思い出がまったく無いのだが、この数時間だけでも言葉に出来ないほどの感謝の念でいっぱいだった。
「ありがとうございました……!…そして本当に申し訳ありませんでした……!」
聞こえないことは分かっている。しかし筆談でそれを伝えることをしたくなかった。
強く思えば気持ちは伝わると、セシリオも涙ながらに深く頭を下げた。
「…セシリオ様、もしや謝っておられるんじゃないかのう……」
そんなセシリオの姿を見たショウバは優しい笑顔でそう尋ねた。
「ふぉふぉふぉ……そういう所は子供の時からお変わりないですなあ……」
ショウバは既に上半身のみを何とか残している状態であるにも関わらず、とても可笑しそうに笑っている。
「…本当にお優しいご兄弟じゃ…最後にお声が聞けんのが残念じゃのう……」
ショウバの薄く消えかかった右手が、セシリオの肩をぽんと叩いた。
「世話係には世話をかけるものなんですぞ……しかしお優しい方々にお仕え出来て、おかげさまで私はとても幸せでした……」
それを彼が言い終わる頃には、ショウバの姿を捉えることはもう誰にも出来なかった。
しかし最後にショウバが触れたセシリオの肩には、確かに温もりが残っていた。
「…デュアン様を……どうかお願いします……」
ショウバが最後に思いの全てを込めて言ったその言葉は、彼がまばゆい光に消えていく姿と共にはっきりと全員の心に刻み込まれた―――




