救いたくても救えなかったもの
「…ショウバさん……!」
刺客たちが全員いなくなったのを見て、セシリオもショウバの元へ駆け寄った。
チユキの術によって身体の損傷は無く、まるでただ眠っているだけのようだ……
「…くそっ!一体なんだったんだ…!おれだけか?なんもわかんねーの…!」
激動の展開に混乱した様子のキサは、自らの頭をかきむしりながらしゃがみ込んだ。
「…キサさん…今回ばかりはキサさんだけではなく…おそらく僕たちの誰も何も理解出来ていません……」
同じく目の前で起こった出来事に顔を青くしているフィミリーも、力が抜けたようにその場に座り込む。
「…っ!……まだ、まだ何も…分かってないのに……!」
サクリーシャはとめどなく流れる涙をぬぐうこともせずに、ショウバの手を強く握った。
「ど…して……デュアン……なんで……?」
セシリオでさえも色々なことが頭を駆け巡り未だ思考がまとまらない……目の前で恋人がいとも簡単に殺人を行った上、刺客と関わっていたことが発覚したサクリーシャの混乱は計り知れない………
「……うう……ショウバさん…わたし…わたしの…せいで……」
サクリーシャは泣きながら小さくそう呟くと、座ったままの姿勢でその場に倒れてしまった。
「―サクさん!!」
チユキは慌ててサクリーシャを抱き起こした。
「……気を失ってしまったようです……」
「…そりゃそうだよな……」
「可哀想にのう…そこのベッドへ寝かしてあげて下さい…今朝シーツも変えましたから」
「そうですね…ショウバさんには悪いかもしれませんが……お借りしましょう」
セシリオは皆の言葉を聞いて頷きサクリーシャを抱き上げてベッドへと横たわらせた。
ぐったりと青ざめたサクリーシャの頬には、涙の跡が……
「「――えっ!?」」
思わずサクリーシャを床に落としそうになりながらもなんとか踏みとどまり、先に彼女を寝かせ振り返る。
するとセシリオだけではなく、全員が先ほどの声の主を凝視していた。
「…いやあ、驚かせてしまいましたな…」
そう言って微笑んだのは紛れもなくショウバだった…が、その身体はどう見ても半透明である。
「…ひぇっ…しょ、ショウバさん…まさかひょっとして幽霊…!?」
「…少し違いますが…いや似たようなものですな……」
青ざめて問うフィミリーに対し、ショウバは笑いながら返した。
「厳密に言いますと……デュアン様が来られる直前の私の姿…思念の塊とでも言いましょうか…」
「…思念の……塊……」
説明しながら歩くショウバは自身の身体に戻る訳でもなく、足もあるので確かに幽霊ではないのかもしれない……そもそもこれが幽霊だとする根拠そのものが正しいのかも分からないが。
「…私は今日が自らの命日であり、それが誰によってもたらされるのかという所まで視えておりました」
なるほど…それでデュアンの来訪にも驚かず寧ろ来ることが分かっていたかのような発言があった訳だ……
「そのためあの方が来られる少し前の自分の意識をこちらの小瓶に封じることで、短時間にはなりますが復活を遂げることに成功したのです」
成功するかどうかかなりの賭けだったと笑うショウバは、机の上にあった小瓶を指差した。
…それにしてもなんという芸当だ……これほどのことをやってのける人物であれば、デュアン達相手でも互角に渡り合えたのではなかろうか……
「…という訳で、私はあの方々が来られてからの記憶は持ちませんが……まぁ予想通り、デュアン様の逆鱗に触れてしまったのですな……」
ショウバはそう言うと悲しげな表情を浮かべ、少しだけうつむいた。
「……仕方ない…元より説得出来るとは思っておりませんでしたが……それより、時間がありませんのぅ。私の知っている限りの話をしましょう」
「……と、その前に…ピナシェさんを起こしていただけますかな?」
時間がないと言うわりにサクリーシャを起こそうとする辺り、これからする話の中に彼女も関わってくるのだろう。
チユキはサクリーシャに術をかけた後、彼女の肩を軽く叩いた。
するとその術で体力を取り戻した様子のサクリーシャはすぐに起き上がり、ショウバの姿を見て驚いたがその流れは割愛する。
「…ピナシェさん、寝起きに悪いですがデュアン様からもらった物で、常に身に付けているようなものはありますかな?」
「ええと…はい……このチョーカーと、彼の家へ飛ぶ機械鳥を…」
「ぬう…なるほど、このチョーカーかの……申し訳ないのですがすぐに壊していただけますか?…盗聴の恐れがあります」
それを聞いたサクリーシャはかなりのショックを受けたような顔をしたが、ショウバの言葉に従いどちらも破壊した。
「あの方の到着した早さから言っても、盗聴で間違いないでしょう……まあ今、ここまでのやり取りを聞かれていれば既に無意味ですが…」
ここでセシリオはフィルたち刺客が行く先々にタイミング良く現れた理由や、シントライデル大橋でのデュアンの対応の速さについて納得した。
「…これまでの刺客たちの行動も……」
「…!…また私のせいで……皆、ごめんなさい……」
責めるつもりはまったくなかったのだが、自然と考えを口にしてしまったことでまたしてもサクリーシャを追い込んでしまったことを後悔する。
「すまん。そういう意味で言ったのではない…」
「ピナシェさん、何故デュアン様はこれほど貴女にこだわったのか、心当たりはありますか?贈り物をされるような出来事がありましたかな?」
「…彼はとても心配性だったので……あ、私と彼はこれまで恋人関係…でした……」
ここまで言うとサクリーシャは泣き出してしまった。
「…なんと……!…セルディアに訪れたのは何度ですか?いつの間にそのような仲に……」
「…えっ…セルディアには…子供の頃に行ったことはあるかもしれませんが、覚えていません……デュアンとは元々ピナシェでの幼なじみで……」
「……!!」
サクリーシャの話を聞いたショウバは絶句した。
「……なんと……なんとまさか、あの方は……罪深いことを……!」
そう言って彼は目頭を押さえて少しだけ考え込んだ後、衝撃的なことを口にする。
「……驚くでしょうが……ピナシェさんの記憶は…操作されている可能性が非常に高い……デュアン様との関係は、すべて作られた記憶やもしれません……!」
「―!!」
これにはサクリーシャのみならず全員が言葉を失った。
しかしショウバは続けて更なる驚愕の事実を語る。
「何故ならピナシェさんが、あの方と幼少期を共に過ごした筈はありませんので……あの方…デュアン様は―」
「セルディア第二王子…つまりセシリオ様の実弟であらせられます……!」
「――な―――!?」
…なんということだろうか…もう思考が追い付かない。いっそ考えることをやめてしまいたい。
ズキズキと痛んでくる頭を押さえながら、セシリオは思った。
あれほどまでに自分に憎悪を向けるデュアンが……?…まさか、信じられない……
「ち、ちょ、ちょっと待って下さい!セシリオ様にご兄弟がいたなんて…!僕たちセルディアの住人もそんな話…!」
慌てた様子のフィミリーは立ち上がり叫んだ。隣に座るキサもただならぬ表情で頷く。
「…おそらく、セルディア全土にそういった記憶の操作がなされたのでしょう……さらにデュアン様の存在自体が他国へ知れることのない、極秘情報でしたので……」
そう話すショウバは、悲しみと悔しさを織り混ぜたような顔をしていた。
「……順を追って説明しましょう……まずは“王家の予言”…あれは遥か昔にインセルズ家に滅ぼされた魔王が、その報復のためだけに流した根拠のないものです――」
――古の時代…魔王は勇者であるピナシェの一族に滅ぼされたのだが、その際に共に魔王討伐に大きく貢献したのがインセルズの先祖だった。
その出来事からあと数年で千年が経とうかという現在、恐らく魔王は既に数年前ひっそりと復活を遂げていることが予想される。
しかし直接的に人類に被害をもたらすほどの魔力は持たない状態である魔王は、ただじっと復讐する為の充分な力を蓄えるのではなく、狡猾な手段でじわじわと人類を滅ぼすことを選んだ。
「…それがあの“王家の予言”…恐らく魔王には、人々の負の感情に働きかけ憑依するなどという程度のことしか今は出来ないのでしょう……」
ショウバは人生をかけて世界を回ったが、王家の予言の出所は結局掴めなかった。
『王家』という名の通りどこかの王国から出たというのが有力な情報だったが、どこにもその具体的な記録は残されていなかったのだ。
「…ならばと今度は視点を変え、あの予言で何か大きな影響を受けた国はどこだったのかを調べると……元々私があの予言を調べるに至った原因である、セルディアで起きた出来事のみが当てはまった訳です…」
ショウバの調べによると被害の報告自体は多々あったものの、セルディアほど大きな動きがあった場所は、その範囲を国のみならず町や村…と広げても存在しなかったらしい……
「…そしてセルディアで起こった出来事というのが…その予言に沿ってお産まれになったデュアン様、その後ほどなくしてインセルズ王様と王妃様の事故死……そしてデュアン様の…幽閉…です……」
…ショウバの透けた瞳から、涙がつたうのが見えた。
今、ここまでショウバから聞いたことはセシリオの記憶には存在しないことばかりである。
…にも関わらずいつの間にかセシリオの頬にも、ショウバと同様に幾筋もの涙がつたっていた。
それが何故かと問われれば自分にも答えは分からない……しかしあえてその理由を考えるとするならば、セシリオの心そのものが過去を思って涙しているということなのかもしれない………




