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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
66/92

セルディアへ

 ショウバが光の中へ消え、静まりかえった室内の空気はとても重苦しかった。

 いくつもの衝撃的な事実に混乱し、セシリオも何も考えられない状態ではあったが……自分のことよりサクリーシャが心配だ。


「…少し、休もうか……」

 その場に座り込むサクリーシャの隣にしゃがみ、恐る恐る声をかける。

「…ありがとう……でも、いいの……行かなくちゃ…」

 大きくよろめきながらもサクリーシャは立ち上がった。

 その瞳は涙で真っ赤な上にかなり腫れていたが、表情には決意の色が見えた。


(…そうだ。休んでいる暇などない……こいつは本当に強い……)

 これまでどんな困難や理不尽な不幸に見舞われても、彼女はこうして何度も立ち上がってきたのだろう……

 セシリオはサクリーシャのそんな所を本当に尊敬している。



「…魔王の封印されている場所……セルディアの塔ですよね…」

 気丈なサクリーシャの言葉を受けて、フィミリーは静かに口を開いた。

「でもあそこって立ち入り禁止じゃなかったか?」

 重い空気や小難しい話にめっぽう弱いキサは数時間ぶりにやっと発言した。


 キサの言う通り、セルディア各地に存在する魔物たちの集う場所の中でも群を抜いて危険なその塔は、屈強なセルディアの住人でさえも立ち入ることを禁じられた場所だ。

 セルディア国が管理している場所とはいえ、王子であるセシリオの発言でどうこう出来る問題ではない…そもそも今のセシリオにそんな権限は無い。

 その上さらに、セルディアに住まう腕の立つ魔術師たちがあの周辺を強力な結界で覆っており、並の人間では近付くことさえ出来ない筈だ。


「…ひとまずセルディアの町へ行ってみよう。ここで案じていてもどうにもならない」

 こうしている間にもデュアンは魔王復活へ向けて動いているのだ……下手をすれば塔に行くことなくそれを可能とするのかもしれない。

「そうだね。みんな、セルディアへ行こう」

 背筋をピンと伸ばしたサクリーシャが外への扉を開くと、そこには既に神鳥の姿があった。


 《次の地はセルディアじゃな……急ぐぞ。魔の気が高まっている……》


 本当はいつものように、今にも思考の渦に引き込まれてしまいそうなセシリオだがそんなことをしている場合ではない。

 立ち止まってしまう前に、そしてデュアンがまたさらに遠ざかってしまう前に……間違っている恐れがあっても、それでも前へ進むしかなかった。


 ―――


「……これは……!」

 神鳥の背から見下ろす久方ぶりのセルディアの大陸は、セシリオがよく知る姿とはまったく違っていた……

「いくらセルディアといえどこれは異常ですよ!…やはり魔王の影響で…!?」

 フィミリーが青ざめるのも無理はない。

 上空から目視出来るだけでも相当数の魔物が発生している状態で、木々は燃え上がりあちこちから煙が上がっている……


「…ま…町のみんなは……」

 セルディアに家族を残しているキサは震えた声で溢した。

 この有り様ではいくら何でも町も危ないかもしれない…城の人間は無事だろうか、ダン達は……?

 そんなセシリオ達の不安を汲み取ってか神鳥の速度が一気に上がり、まもなくセルディアの町が見えた。


 町は空から見る限り著しい損壊があるようには見えなかった。

 しかし神鳥に町の近くで着地してもらい、急いで駆け寄ると――町の出入口に大勢の魔物の群れが押し寄せているのが分かった。

「いかん!」

 セシリオは杖を構え魔法の詠唱を始め、キサもフィミリーも素早く群れに飛び込んで行く。


 腕に自信のある住民やガーディアンの職員がなんとか魔物の侵入を防いでいる状態のようだが、戦況は決して良いとは言えなかった。

 チユキは群れをうまく避けながら怪我人の治療にあたり、サクリーシャは全身の痺れによって着地点にそのまま倒れていた。


「…こいつら……普段町の近くをうろつくレベルではないですね…っ!」

 フィミリーは強烈な暴風雨を巻き起こし、水を嫌う獣たちを退けながらそう言った。

 セシリオも広範囲に打つことの出来る十字架を象った光の槍を放ち、アンデットたちを一掃する。

 キサはいつの間にかサドに変身しており、相変わらずの手捌きで魔物を斬り裂いていく……その表情は非常にいきいきとしていた。


 ―――


「兄ちゃんたち!助太刀、本当にありがとな……」

 魔物の群れを片付けた後、一人の住民が泥だらけの笑顔で走り寄って来た。

 セシリオ達にとってはよく知った顔であるガーディアン職員の彼は、一行の顔を見て言葉を失い唖然とする。

「すぇッ!セェシリオ様っっ!!?」

 彼の出したすっとんきょうな声に他の町人も一斉に振り向いた。


「セシリオじゃねぇか!!元気そうだな!」

「…キサも!フィミリーも!…おかえり…!」

「…無事で良かった……」

 いましがた自分たちが危ない目に合っていたというのに、セシリオ達の元気な顔を見た人々はみな安堵と喜びを口にした。


「―で、お嬢さん達は…セシリオ達の嫁候補か?」

 住民の一人が茶化すようにそう口にすると、今度は一斉にサクリーシャとチユキに視線が注がれる。

「……っ…わた、私は勇…者…ですぅ……!」

 相変わらず痺れが抜けない様子のサクリーシャは、ほふく前進でゆっくりと地面を這いながら絞り出すように言った。

 彼女も命懸けで戦った結果、負傷してしまったのだと勘違いした町人たちはあわててサクリーシャのもとへ駆け寄った。


 ―――


 出入口に魔物たちがいなくなったのを確認して、セシリオ達はガーディアンの医務室に運ばれたサクリーシャに付き添った。

 …こんな時だが懐かしい場所だ…ここで合宿していたのがまるで何年も前のことのように……

「生きていやがったか!!悪運の強え奴らだな!!」

 医務室に入って来るテンションとはとても思えない人物が大股で近付いてきた。

 その勢いにサクリーシャとチユキは固まってしまっている。


「ダンさん、医務室ではお静かに……」

 室長のニルにピシャリと注意されたダンは、さすがに少しばつが悪い顔をして尻をボリボリとかいた。



「…セルディアの異変を聞き付けて来たのか?」

 そう声を落としたダンは、これまでのセシリオ達をなめきった態度とは違って真剣そのものだった。

 この旅で成長したセシリオ達のことを少しは認めてくれたのだろうか。

「…はい…しかしまさかこれほどまでとは……詳しい状況をお聞かせ下さい」

 そんな彼の様子に少しだけ戸惑ったフィミリーだったが、すぐに冷静さを取り戻して問い掛ける。


「数時間前か?いきなり外から魔物どもが襲って来やがって……(ゲート)の奴らからも連絡があった…おめぇらも門から来たんだろ?」

「……いえ、色々とありまして今回は門は使ってないんです…」

 門の使用なしに一体どうやってこの大陸まで来たのだと、ダンは面食らったような顔をしたが今はそれどころではない。


「まああそこにはローシュの奴らがいるから心配もしてねぇが……」

 ダンは腕を組んであさっての方向を見ながらそう言った。

「塔の方からやべえ感じがしてやがる……うちの職員と、城の奴らが何人か向かったが……」

「俺達も行こう。ダンにそう伝えてくれ」

 この口振りから相当ダンも気になっているのだろう…しかしダンが町を離れてしまえば、今度は町の戦力が手薄になってしまうとの判断だろう。


「うん、そうだね。…あの、私たちが見て来ます。セシリオがそう言って―」

 いつものように何気なくそう言ったサクリーシャだったが、ダンとニルは目を丸くして固まっていた。

「…セシちゃんが…言ってるの…?…貴女は……?」

 ニルは口元を押さえ少し震えている。

「―いやニル。今は話し込んでる暇はねえ……冗談って訳では無さそうだからな」

 そこで初めて当たり前になっていたこの光景が、セルディアの…特にセシリオをよく知る人間からすれば如何に仰天なものかを思い出す。


「…いずれまた、落ち着いたらゆっくりお話しますと…これもセシリオが」

 ニルはセシリオの通訳を務めるサクリーシャを羨ましげに見つめていた。

 まだ気になって仕方がない様子のニルだったが、ダンの言った通り今がそんな場合ではないことを考慮し黙っていた。


「あの、それと……塔に入ることは出来るのでしょうか…?」

「…なんだと?」

 サクリーシャの言葉に反応したダンは、彼女ではなくセシリオを見た。

 セシリオはまっすぐにダンの目を見つめゆっくりと頷く。

「…今あそこがどれほど危険な状態かは分かって言ってんだな?命の保証はねぇぞ?」

 この問いかけにもセシリオは頷いた。


「…ったく……知らねぇぞ……」

 小さく舌打ちしながらも、ダンはその場にあった紙切れに何かを書いてセシリオに手渡した。

「…ちったぁ力を付けたみてぇだが……調子に乗ってんじゃねぇよ……」

 そこにはガーディアンマスターとして、一行の塔への侵入を許可する旨が殴り書きされていた。


「…ありがとうございます……!」

 様々な思いが沸き上がり複雑な心境なのか、ダンはそっぽを向いて返事はしなかった。

 しかしこうもあっさり塔への立ち入りを許可してもらえるとは思っていなかったセシリオとしては、こうしてダンに認められたことを嬉しく思った。

 そしてこんな形であれ再びセルディアに戻って来ることが出来たのを幸運に思うと同時に、もしかしたらこれが最後になってしまうのかもしれないという不安も少しあった。



「しかし嬢ちゃんのケガはどうすんだ?相当ひどい麻痺を喰らってただろう…しばらくは動けねぇぞ?」

 ダンがそう言ってサクリーシャの方を向くと、彼女は軽やかな足取りでベッドから降りる所だった。

「…!?特殊能力持ちか…!?」

「…ある意味、そうです……あの、体質というか……」

 特殊能力といえばそうなのだが、悪い方の特殊能力を持たされたサクリーシャは恥ずかしそうに言った。


「…久しぶりに帰って来やがったと思えば……訳分かんねぇことばっかりじゃねぇか」

 ダンは下を向いて大きなため息をつき、部屋から出て行ってしまった。

 それに自分のことが大きく含まれると感じたのか、サクリーシャは申し訳なさそうな顔をした。

「ふふ…気にしないでね。あの人なりに『つもる話もあるから、お互い早く問題を解決して色々話そうね』って言ってるだけだからね」

 ニルはクスクスと笑いながら解説した……とてつもなく素直でないダンと、それをすべて見透かすニルの関係は相変わらずだった。


 しかしそれはセシリオも当然同じ気持ちだ……絶対にまたここに戻って来て、これまでの旅の話を嫌と言うほど語ってやると強く決意した。

 そして可能であればその時は…自分の声で直接話したい……とも思った。

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