ただ、傍にいてほしいだけ
それから毎日を大切に過ごしたサイファス達であったが、その時はあっという間におとずれてしまった。
レンの話…もとい、情報源であるゼヴァールの話では、レンの様子を見る限り魔物化はいつ起こってもおかしくはない状態であるとのことだった。
「…自分の身体のことだからよく分かるよ……今夜にももう……」
レンは気丈な態度でそう言った。
サイファスが直接手を下すというのはあまりにも酷すぎるというゼヴァールの計らいで、レンの最期には強い催眠効果のある薬草などで調合した薬を使うことに決まっていた。
本人もどのくらい生きているのか分からないというゼヴァールはさすがにその知識量も膨大で、眠るように逝ける薬品の調合もたやすく行った。
「レン、今マデ本当ニアリガトウ。君ガ来テカラ楽シイ日々ダッタ…」
ゼヴァールは簡単にそれだけ言うと薬品を机に置いて小屋から出て行った。
彼と過ごすようになってから、人造人間とは心を持たない造られた存在だという訳ではないと考えるようになっていたが、ゼヴァールにしてはこの態度は冷たいように感じた。
そしてこの不可解なゼヴァールの行動の意味は、自分とレンが二人きりで過ごす最後の時間を確保するためだとサイファスにはすぐに分かった。
(…ったく、変な気ぃ使いやがって…)
悲しみに押し潰されそうな心に、ゼヴァールの優しさが一層突き刺さる。
しかしゼヴァールのそんな気遣いもむなしく、すぐにその時はおとずれた。
レンが胸を押さえ激しく苦しみ始めたのだ。
「…サイファス……ダメだ、ごめん、もう時間がなさそう……」
このところレンの動悸が起こる間隔はどんどん狭くなっており、その度にレンは姿を消しては傷だらけになって戻って来ていた。
レンは今この瞬間も顔を真っ青にして大量の冷や汗をかき地面に爪を立てている。
その爪はもはや人間のものとはいえない形になっていた……
「…サイファス…サイファス…苦しいよ…痛いよ……サイファスが…おいしそうダヨォ…」
その瞬間レンの目がカッと見開かれたかと思えば、彼女はサイファスに向かって牙を剥いた。
苦しむレンを抱き抱えていたサイファスは、逃げ出すこともせず甘んじてそれを受け止める。
鋭い痛みが腕に走る。その牙ももうレンのそれではない。
「ああ、サイファスの血が、血が…なんて素敵な色ダロオ!」
大声でそう叫ぶレンは既に錯乱状態にあるようだった。
サイファスは涙でレンの姿を見ることが出来ない。
(…このままこいつに食われて…一緒に…)
変わり果てた彼女の姿を見続けるそのあまりの辛さに、サイファスが諦めかけたその時、レンが自分の右腕に思い切り噛み付いた。
「フーッ…フーッ…サイ、ファス…お願い……薬…くす、リ……」
腕から血を流しながら涙を浮かべるレンの目は、あの美しい瞳だった。
この綺麗な瞳を隣でずっと、見つめていたかった。
ただそれだけで良かったのに――
「レン、愛しているよ」
―――
どのくらいの時間が経ったのだろうか。すぐそばで横たわるレンを、サイファスはずっと見つめていた。
目を閉じてまるで眠っているだけのようにも見える。
「…サイファス…」
ゼヴァールに声をかけられるまで、彼が小屋に戻って来ていたことにすら気が付かなかった。
「…よう。ゼヴァール…」
かすれ声で力なくそう言ったサイファスだが、レンから目を離すことはない。
「オレ様、とうとう好きなヤツまで殺し―」
「サイファス、ソレハ違ウ!自分ヲ責メテシマッテハ、レンガ悲シムゾ!」
ゼヴァールはサイファスの肩を勢いよく掴み、無理やり自分の方へ向き直らせる。
ここで初めてサイファスはレンから目を離した。
「…ゼ…ヴァー…ル……」
ゼヴァールの姿を見たサイファスは、張り詰めていた糸が切れたようにまた泣き出した。
涙というものは枯れることはないのだということを、サイファスが知った日であった。
―――
「…サイファス…」
ここに来ると色々なことを思い出してしまう。サイファスはゼヴァールと作ったレンの墓に、時間を忘れて寄り添っていた。
「…おう。悪ぃな…そろそろ行くか」
今でもこうしてサイファスのことを現実に引き戻すのはゼヴァールの役目だ。
「…しかしあれだな、オレらあんな失敗したのに休みくれるとか優しいよな」
「……」
ゼヴァールはサイファスの言葉に無言でこくりと頷いた。
セシリオ一行の殺害に失敗し、返り討ちに合ってしまったサイファスとゼヴァール。
しかしその後、救出に来た仲間によってなんとか命は助かっていた。
とはいえ任務には失敗していたために重い処罰を覚悟していた二人だったが、それどころかレンの命日には昨年同様に休暇が与えられた。
「―お、パネイラじゃん」
墓参りを終え、主のもとへ戻るサイファスとゼヴァールと入れ替わるように屋敷から出て来たのはパネイラだった。
「おまえ、こないだこってり絞られたらしーじゃん。バーカバーカ!」
いつもの調子を取り戻したサイファスはパネイラを指差してゲラゲラと笑う。
「うるっさいわよ!!池ポチャ共が!」
パネイラは嫌悪感を露にしながら吐き捨てるように言うと、ヒールの踵をカツカツと鳴らしながらその場を去った。
「…けっババアが。あの人に惚れるヤツがバカってもんだよなあ、ゼヴァール?」
「…アマリ喧嘩シテタラマタ怒ラレルゾ……」
ゼヴァールは呆れ気味に呟く。
サイファス、ゼヴァール、パネイラ、そしてフィルの4人は同じ主のもとで動く組織の一員である。
つまりセシリオ一行の敵組織にあたる彼らは皆、不幸な境遇にあった野良集団であり、それを拾った主に頭が上がらない。
中でもパネイラは主に対して主従関係以上の感情を抱いているが、セシリオ達の前で暴走したことによって大目玉をくらったのだ。
「うぃ~戻ったぜ~休みありがとな!」
サイファスはノックもせずに主の部屋へ入る。
主は勇者のチョーカーに仕込んだ盗聴機を使って、セシリオ達がジャジュから旅立ったことを盗み聞いていた。
「…ああ…おかえり…」
サイファスより幼い主は、当然のようにため口をきく彼に特に何も感じていないようで、一瞬だけ視線をやるとまた盗聴に戻った。
そんなサイファスに対して、ゼヴァールはしっかりと背筋を伸ばして一礼する。
「タダイマ戻リマシタ。休暇ヲアリガトウゴザイマシタ…デュアン様」
主―デュアンにはゼヴァールの声は半ば届いていなかった。
『よーし、みんな!頑張ろう!』
(…サクちゃん…そんな奴らは放っておいて、早く僕のもとへ戻っておいでよ……)
今の彼の耳に響くのは、新たな目標に向けて意気込むサクリーシャの声だけだった。
主であるデュアンが一番に望むのは、セシリオをはじめとする一行の殺害…ただしサクリーシャにだけは一切傷を付けないことである。
…とはいえサイファス達にはセシリオ一行への襲撃のみが課せられている訳ではない。
「…じゃ行くか、ゼヴァール」
デュアンの指示には分からないことも多々あるが、詮索する気も逆らう気もないサイファスとゼヴァールは、今日も獲物を求めて屋敷を後にした。




