想いを告げる時
サイファスが目を覚ますと、そこは古びた小屋の中だった。
木造の壁は至るところに隙間が空いており外の風を容赦無く通す。
サイファスが横になっているこの場所にも、粗末な布のようなものが敷いてあるだけで―
(待てよ?オレ…助かったのか?)
サイファスはレンと共に魔物の群れに襲われて意識を失ってしまったことを思い出した。
「レン!!」
上体を起こし辺りを見回したサイファスの目に飛び込んできたのは―
自身の2倍はあろうかという巨体の人間…であった。
“それ”が一体何者なのか、そもそも人間なのかどうかすら分からないサイファスに、“それ”はずしり、ずしりと近付いてくる。
「…んだよ…オマエ……」
慌てて距離を取ろうとするサイファスだったが恐怖で身体がうまく動かない。
それもそのはず、“それ”は全身をぼろぼろの布切れで覆っている上に、頭部だと思われる場所に顔は無く、代わりに機械仕掛けの目のようなものだけがギョロギョロと耐えず動き続けているという、なんとも奇怪な生き物であったからだ。
「レンをどうした…おい!なんとか言え!!」
「ボクは元気だよ~」
サイファスは言葉を失った。
目の前の異形の存在から、紛れもないレンの声がしたからだ。
「……な………」
と、思いきやレンは小屋の出入口…その異形の者の後ろからひょこっと顔を覗かせニヤリと笑っていた。
「サイファスやっと目が覚めたんだね。人間はちょっと脆いよねぇゼヴァール?」
「……」
レンは親しげに“それ”と話をしながら、水の入ったバケツと食料をその場に並べた。
「…え?…何がどうなってんだ……?」
―――
「ったく!先に説明しろよなぁ!レン!」
「はははゴメンゴメン。ボクも最初はびっくりだったからさ、サイファスも驚かせたくて」
「…ゴメン……」
サイファスはレンをじろりと睨んだ。
レンは悪びれる様子はなく笑い転げていたが、代わりに命の恩人である大男…もとい人造人間であるゼヴァールが申し訳なさそうに呟いた。
サイファスが意識を失った後、最後の力を振り絞った魔物も倒れたようで、命の危機は免れていた二人。
そこをたまたま通りかかったゼヴァールによって、二人はこの小屋で保護されていたらしい。
「ったくよぉ…」
サイファスはぶつぶつと文句を垂れつつレンの持ってきたリンゴにかぶりつく。
しかしリンゴは萎びており味もほとんどしなかった。
「…ゼヴァールの名前出したら、他の人よりたくさん譲ってくれたんだけどね…」
サイファスがリンゴの不味さに顔を歪めるのを見て、レンがフォローを入れる。
たくさんとは言ってもリンゴ4つに薬草が少しである。
ゼヴァールの住むこの場所は、呪いで有名なジャジュ村……への道をジャジュ方面へ進まずに右折した樹海の奥にある名もなき村であった。
ここは城下町やその他の村で暮らすことの出来ないさまざまな事情を抱えた者のための貧しい村であり、流れの村と呼ばれることもある。
隣にどんな人間が住んでいるのかも分からない、住人同士の交流も最低限である、というこの村は入れ替わりも激しく、来るもの拒まず去るもの追わずといったスタンスから“流れ”という名で呼ばれているのかもしれない。
人造人間であるゼヴァールはもう自身がどれほど生きているのかすら分からないらしく、出生についての記憶に至ってはほぼないらしい。
寝食を必要とせず力も強いゼヴァールは、この村の先代の村長と親しかったそうで無法地帯であるこの村の用心棒を務めていたらしい。
村長が代わってからは村人から恐れられているそうだが、律儀に約束を守りこの村に住み続けているという。
…正直この見た目なので、ゼヴァール自身もここ以外に居場所がないのかもしれない。
だが見ず知らずのサイファス達を助けてくれた辺り心優しい人物(?)である。
それからサイファスとレンはゼヴァールの小屋に厄介になることになった。
ゼヴァールは人造人間で休息などを必要としないため、二人が狭い小屋に住み続けることを快く引き受けた。
サイファスはこれほどまでに質素な暮らしをしたのは初めてであったが、貧しくてもこれまでの人生で最も幸せな時を過ごした。
相変わらず、レンとの関係は進展しなかったが……
―――
「サイファス」
「おーゼヴァール!なんだよ」
「サイファス、レンノコト好キナラチャント伝エタ方ガ良イ」
暗い樹海の奥深くだが、唯一光の射すゼヴァールお気に入りのこの場所で、いつものように動物達と戯れながらゼヴァールは言った。
ゼヴァールは自身の持たない暖かい血が流れる動物達が大好きだった。
一人でいた頃から毎日ここでゆったりと時間を過ごしていたらしい。
いや、そんなことは今はどうでもよい。それよりもその発言の方だ。
あまりにも唐突なゼヴァールからの言葉に、サイファスは取り乱してしまう。
「な、何を言ってんだか!アイツはほら、悪友っつうかほら、男みてーだから気ぃ遣わなくて良いんだよ!」
「……ズットコノ時ガ、続ク訳デハナイカモシレナイ……」
ゼヴァールはそう言って悲しそうに俯いた。
彼は人造人間というが時折こうして感情があるような仕草を見せる。
「…?なんだよ、それ…まぁそうかもしれねぇけどさ……」
この時のサイファスはこうやって分かったような事を言ったが、まだ何も理解していなかった。
―――
それからまた数日が過ぎたある日、それは突然起こった。
「うぐ…」
レンはうめき声を上げながら突然その場にうずくまってしまった。
「!レン!?どうした!!」
サイファスは慌てて駆け寄ったがレンはその手を払いのけ、また急に立ち上がったかと思えばそのまま小屋を飛び出してしまった。
「!?レン!!」
全速力で逃げられれば獣人であるレンに敵う筈もなく、あっという間に彼女を見失ってしまったサイファスは、しばらく村中を探したあと諦めて小屋へと戻った。
すると小屋の中ではレンとゼヴァールが座って会話しているではないか。
「レン!おまえどこ行ってたんだよ!」
「あは、ゴメン…急に夜の風を浴びたくなってさ…」
「…レン。モウ…隠セナイ……」
へらへらと笑うレンに、ゼヴァールは一言そう言うとそのまま小屋から出て行ってしまった。
するとレンの表情も真面目なものに変わった。
サイファスには何が何だかひとつも理解出来なかった。
ただ呆然と立ち尽くすサイファスに対し、レンは静かに語り始めた。
「…あのさ、ボクたち魔物に襲われた時あったでしょ」
レンが語り始めたのは、あの不甲斐ない日のことであった。
あの日は大切なレンを守れなかったことからサイファスの中で非常に嫌な記憶となっていた。
しかしそれを別にしても、何故かレンからその話の続きを聞くのが怖いとサイファスは思った。
「あの魔物は普段、動物を主食としている魔物で…動物に対して有効な毒を持っていたみたいなんだ…」
「…そうだった…のか……」
サイファスは重すぎるこの空気に力ない相槌を打つので精一杯だった。
「…でね、ボクにも半分くらい獣の血が流れているから…その毒が効いてしまうみたいでね…」
もう、これ以上レンの話を聞きたくはなかった。
だが最も辛いのはレン自身である。彼女のこれほど悲しそうな顔を見たのは初めてだった…
「…このままだと…ボクは魔物になってしまうらしい。…自我を失った獣に…」
レンはそう言うと両手で顔を覆い俯いた。
「…か、関係ねぇよ!肉食になるってんならオレが毎日―」
「…そんな可愛いものじゃないんだよ!!」
本当はレンの話の意味が理解出来ない訳ではなかった。
だがどうしてもそれを受け入れられないサイファスを、レンは一喝した。
「…ごめん……サイファス…」
「……」
そこから少しの間、沈黙が続いた。
たった数分の沈黙が、数時間のように感じた。
「…サイファス、最後にお願いがあるんだ」
レンはゆっくり顔を上げると作り笑いを浮かべてサイファスを見た。
「ボクが魔物になる前に…キミの手でボクを、殺めてくれないか…」
「―!な――!」
「…ボクのわがままで、残酷なことをさせようとしていることは分かっている…だけど自我を失って皆を襲ってしまうくらいなら……愛する人の腕に抱かれて人生を終えたいんだ……」
情報の処理が思うように出来ない。
レンをこの手で殺す?そんなことが自分に出来る筈があろうか?
(…だがそれがレンの最後の望み…いや、本当に助からないのか?どうしてもそれしか方法は無いのか?レンは愛する人に―)
「…愛する…人?」
「ぷっ、何その顔」
かなり間の抜けた表情になっていたのであろうサイファスの顔を見て、レンは初めて笑った。
そして何も理解出来ないサイファスに対して、レンは微笑みながら言った。
「いくらなんでも、ただの友達に付いてここまで来るほどボクはお人好しじゃないよ。サイファスって本当は女の子の気持ち全然分かってないんだね」
ははは、とレンは笑う。
残り少ない時の中で、レンが少しでも多く笑ってくれるのは嬉しいのだが、サイファスは嬉しいやら辛いやら様々な感情が渦巻き相変わらずぽかんとしていた。
しかし、色々な感情を整理してから落ち着いて見たレンの表情が、ただのから笑いだと気付いたサイファスは、レンの細い身体を引き寄せ強く抱き締めた。
「…レン…オレ……ごめんな、ごめん……」
サイファスの腕の中でも少しだけ笑い続けていたレンだが、その声はやがて嗚咽へと変わった。
「……サイファスと、ゼヴァールと、まだまだ暮らして、いたかった、よお……」
そこまで言って大声で泣き始めたレンを強く抱き締めながら、サイファスも静かに涙した。
「レン…愛してるよ……」
サイファスは生まれて初めて偽りのないこの言葉を口にした。
これまで言い訳をし続けて伝えなかったこの想いを、いくらでも伝えるチャンスがあったこの気持ちを、何故もっと早くに告げなかったのか。
サイファスはその後悔と共に声を上げて泣いた。




